言い争いの終わり
「わざわざここに来た理由を訊ねた時あなたは、自分の授業を取っている生徒がここに残っているのを見て口出しせずにはいられなかった、と言いましたよね。
授業のためのこの敷地、何となく通って見えるような場所にはありません。むしろ、校内全体から見れば隅っこにあるじゃないですか」
全員が授業に出ても九人。日によっては半数にもなる授業の敷地だ。広々としているはずもないし、そんな目立つような場所にもない。
「つまり、自分から進んで足を運ばないといけない訳じゃないですか。
ならあなたは、どうしてここまで来たのか。
もしかしてですけど、ここでドールを相手に自分の実力を見せて、自分の授業に引き込むつもりだったんじゃないですか?」
「…………」
事実を認めているような静寂が満ちた。
「という訳で、どうしますか? というところに戻しますけど……ここで『強化』の魔法を使って、ドールか私を殴りますか? もちろん私は、自分の授業に自信があるので、喜んでその不意打ちを受けますよ」
そこまで筋肉質ではないが、細いという訳でもなく、平均より少しだけ肩幅が広い程度の男性教師。
そこに魔力移動が乗った──彼風に言うと『強化』された攻撃力がどうなるのか、個人的にそれなりに興味はある。
まあ、この程度防ぎきれなければ、私の身体が鈍ってしまったなという判断基準になる、という意味でだけれど。
「…………」
いつものように喋り続けず、珍しく言葉を止めて返事を待っても、その男性教師はただ戸惑いのままこちらを見ているだけ。
自分の考えを見抜かれての言い訳を考えている間に喋り続けられ、気付いたら話が変わってしまっては返事が出来なかったのかもしれない。
ただそれは周りからしてみれば、図星を突かれすぎて言葉に詰まり続けているようにしか見えなかった。
元々私のことを評価してくれている生徒たちの中でこんなことになれば、当たり前だ。
だからここで、何をしても彼の評価は戻らない。
全てに対して的確に、自分の意見で反論できたとしても、それは醜い言い訳にしか見えないだろう。
それは彼も察したに違いない。
この敵地に飛び込んだかのような空気を。
「……いえ、今日はもう良いです。
ともかく、あまりわたしの授業の邪魔はしないでくださいね」
もし私に対して『強化』の魔法とやらを匠に使い、私を圧倒できたなら空気も違っただろうが……まあ、今の空気を読めただけ頭は良いのだろう。
私に殴りかかってくることもなく、霧散した怒りのまま堂々巡りにしかならない捨て台詞だけを残して、足早にこの場を立ち去った。
◇ ◇ ◇
「さて……」
戻るか、と男性教師が完全に去ったのを見計らって、私も同じ方向へと足を向け始めたところで──
「ちょっと」
──今更ながら、側に寄ってきたレイスに呼び止められた。
「どうしました? さっきから私、ボーッとしていたんですから、その時に声をかけてこれば良かったのに」
「ああ、あれボーッとしてたの? 言い争ったあとだから何か心を落ち着けてるのかと思った」
「そんな、言い争いだなんて……争いにもなっていなかったでしょう?
私がいつものように、一人勝手に喋り続けたようなものじゃないですか」
「……そんな子供っぽい見た目だからか、これでも殴られたのを見た瞬間、こっちは肝が冷えたもんよ。
まあ後になって考えたら、アンタだってこの授業教える立場なんだから、魔力で防御ぐらい出来て当たり前なんだけど」
「心配してくれてありがとうございます」
「そんなんじゃないって。
こっちは聞きたいことがあったから声をかけたんだし」
これで少しでも表情に照れが見えたら可愛気があるんだけど。
まあ肌を焼いたギャルさんにそんなものを求めるのは酷か(偏見)。
「アンタ、魔王と知り合いなんだって? どういうこと?」
「どういうことも何も、そのままの意味ですよ。
私やドールみたいなのが一年限定で色々な学校を教えて回れているのは、ただただそのおかげです。
だって普通に考えてくださいよ。
魔王の後ろ盾も無いようなただの魔法使いが、一年間だけ教師として雇ってくれなんて学校に来て、雇うと思いますか?」
「思わないけど、まあそういうのもあるのかと思って。
よほど強かったらまあ、あり得るんじゃない?」
「厳密な教育機関ではないと言っても、さすがにそんな強いだけのヤツを雇っていては生徒たちに不信感を与えるじゃないですか。
兵士としての魔法使いを育てたいというなら話は変わってくるんでしょうけれど」
何となく、周りが聞き耳を立てていることに気付いた。
ただ、そんな必死になって聞くほどのことじゃないのになぁ、とも同時に思ったが。
「それでレイスの聞きたいことというのは、どの魔王が私達の後ろ盾になってくれているか、ということですか?」
「そ。それが気になってね」
「どうしてですか? 何か、どれかの魔王に恨みでも?」
「まさか。ただ、天才のあたしが魔王を超えたいと思うのは普通じゃない?」
「魔王を超える、ですか……それは、どうすれば超えたことになるんですか? もしかして、戦って?」
「当然」
「だったら、簡単に勝てるんじゃないですかね。そんな戦いに活用できる魔王じゃないですし」
「戦いに活用できない魔王……ってことは」
「大分限られるので後はご自分で……と言ってもいいですけれど、隠すほどのことでもないですからね。
私達を支えてくれているのは、占い師などがよく使う、『並行世界』の魔王ですよ」




