喧嘩の相手
「だから、あなたの授業が、わたしの授業の邪魔をしているんです!」
「それはお互い様だろ?」
苛立ちをぶつけているのが分かる男性の言葉に、あしらうような態度が言葉だけで透けて見えるドールの声が聞こえてくる。
「何度も言っているが、こちらが教えている魔力操作とそちらが教えている『強化』とかいう魔法は、魔力を無意識に動かすものと意識的に動かすものとで違いがある。その大きな違いで互いに邪魔し合ってしまうのは仕方がないだろ」
「仕方がないじゃなくて! 無意識に魔力を動かすような真似をされては、上手く『強化』の魔法が使えなくなるんです! そんな弱くなる方法、生徒たちに教えないで下さい!」
「無意識に魔力移動できることが弱くなる、というのは理屈に沿わないだろ? 自分の身を守る上でも便利になるじゃないか」
「ですからそれだと、魔力の出力が弱くなって、満足な強化が出来なくなるんですよっ」
「それは違う。そもそも魔力の出力という概念自体が間違えている。
魔力は体内を巡るものだ。出力と言う事は外へと出すということだろ? それなら魔法を使うしか方法がない」
「『強化』の“魔法”なんですから、出来て当然です!」
「そんなものは存在しない。
いや、厳密には“存在はするが、誰でも使えるなんて夢物語だ”とでも言えば良いかな」
「そちらのおかしな理屈にしてみればそうなんでしょうけど、一般的な魔法使いの理論として、『強化』の魔法は誰にでも扱えるものなんです!」
「それはそうだろう。なんせそれは、そんな名前の皮を被ったただの魔力操作だからな」
「その理屈がおかしいんですって!
そんなおかしなもののせいで、わたしの授業を取っている子たちにまで悪影響を及ぼしているんです!」
「悪影響? それはお互い様だろ。何度も言っているが──」
「聞きましたよ! なんでそうあなたは同じ話を何度も何度も繰り返すかなぁっ!?」
「はい、そこまでです」
フェンスの出入口から遠い敷地の奥で言い合っていたせいで、二人の間に割って入るまで結構な時間を要してしまった。
ただ、ゆっくりと歩いて二人の元へと辿り着こうとしていた私を、居残っている生徒はどれぐらい気付いたのだろうか。そう思ってしまうほど生徒たちのほとんどが、二人の口論に注目していた。
「ドール、居残っている生徒のアドバイスに戻ってください。こちらは私が」
「ああ」
ごねることなく忠実に、まるで最初から中身のない世間話でもしていたかのように、あっさりと話を切り上げて、こちらに注目していた生徒の一人──居残っている唯一の男子生徒、アボニーの元へと向かった。
「ちょっと、まだ話は終わってませんよ!?」
「その話の続きは私が」
「……なんですか、あなたは?」
普通に考えれば、フードを被ったままのどう見ても子供にしか見えない褐色少女が、大人のドールの代わりに話をすると言っても、満足のいく話が出来るとは思わないだろう。
いやむしろ、お前の相手はこの付き人にしている子供で十分だ、とドールに暗に言われ、馬鹿にされたと思っているかもしれない。
三十代前半、といったところか。
まだまだ十分に若いけれど、本当に若い二十代よりは大人びているような老けているような……そんな印象を、顔立ちと雰囲気から受ける。
日頃はそれなりに落ち着いていそうな、物苦しさや暑苦しさも感じないその表情が、内から沸いてくる怒りを必死に抑えようとしているものへと変わっていく。
そのまま言葉を交わすことなく殴りかかられるのは面倒なので、とりあえず自分の立場だけは説明しておく。
「実技担当がドールだとしたら、事務系担当みたいなものが私です。
授業の方針とか、私たちをここで雇うよう進言してくれた魔王との連絡とかは全て私がやっています。
この魔力操作の授業だって、その魔王の頼みですよ」
魔王、という単語が聞こえたのだろう。
ドールとのやり合いすらも見ず夢中になって、長い棒に魔力を通していたレイスまでもが、一瞬こちらを向いてきた。
それぐらい、魔法使いにとって魔王という存在は大きい。
そんな存在がバックに居ることを伝えれば、一瞬でも気勢が削がれてくれるかと思ったのたが──
「だから、そちらの授業が正しくて、私の『強化』魔法の理屈が間違えているから、こちらが折れろ、と?」
──まさか、逆に怒りを買うことになろうとは。
強大なバックがいるからお前なんて怖くない、という挑発に受け止められてしまったか。
こういう時、やはり日頃からの態度が物を言うのだろう。
いつもドールを傍に置き、一人黙々と事務処理をする様は、声をかけ辛かったに違いない。それだけで教師同士の繋がりを結ぶキッカケを失っていることになる。
これで私の出来が悪ければ、事務処理で戸惑ったりして他の教師に質問し、そのまま会話が始まったりするのだろうが、やはり色々な学校に行っているせいか、中々そういうので困ることが無い。
そもそもどうせ関わったところで、すぐに関係が途切れてしまうのもまた事実。
一年しかいない以上、そこまで深く付き合う必要性もない。
今とは違う面倒事も増えそうだし……それなら瞬発的な、今のような面倒事の方がマシだろうか。




