起こるなにか
授業以外で授業スペースを利用する際は、そのスペースの管理担当者──あのエリアでは私とドールのどちらかが、その場で生徒を見ている必要がある。
居残りを手伝ったからと言って給料は増えないし、こちらが行わなければならない仕事は減らないので、ほとんどの教師たちは居残りさせたがらない。
しかし私たちの場合、授業とそれ以外とで、ドールと私の役割がしっかりと分断されているので、何の問題にもならない。
どうせドールが残らずにここに来たとしても、色々と事務処理を行う私の傍にいるだけになるのだし。
「…………」
それにしても、カーディナか。
さすがに探しているものにまで口出しは出来ないが、見つけた後に魔力操作関連で頼ってくれたら力にはなった方が良いだろ──
「先生!」
──と、事務処理が一息ついたからと、休憩がてら頭の片隅ですぐに忘れてしまいそうな思考に耽り始めようとしたところで、その当人たるカーディナが教師待機室のドアを開け、珍しい大声を中に響かせてきた。
「「「ん?」」」
「あ、えと……あれ?」
中に待機していた他の教師陣が一斉に視線を向けたせいか、カーディナがたじろぐ。
しかしその程度では引き下がれない用事なのか、キョドキョドしながらも誰かの姿を探す。
……いや、誰か、じゃなくて、私か。
「どうかしましたか?」
立ち上がり声をかけてあげるが、身長が低い私の姿が見つけられないのか、まだ私を探し続ける。
仕方なしに近づいていくと、動くフードが見えたのか、ようやくこちらを見据えてくれた。
「その……ドールさんが!」
「ドールがどうかしましたか?」
「あのっ、他の先生とっ!」
◇ ◇ ◇
なんて、めちゃくちゃ焦っているのが分かりはしたものの、私は至って冷静に、走ることもなく歩いて、いつもの授業スペースへと向かっていた。
「せ、先生! どうしてそこまでのんびりしてるんですか!? もっと急いでもらわないと……!」
「急ぐ? どうしてですか?」
「どうして、って……! だって──」
「ドールが先生と争っているんですよね? なら大丈夫ですよ。
暴力的なことは起こさないでしょうし、向こうから手を出してきても負けることはないですから」
「でもその先生、強化の魔法の先生なんですよっ!?」
それは新情報だが、それを踏まえても問題ない。
というかこの校内の先生なら誰が相手でも、本気で争うことになったドールが怪我をすることはあっても負けることはないだろう。
だからそれ以上に気になったのは、
「それは分かりましたけれど、それよりも私は、カーディナがどうしてそこまで焦っているのかが気になりますね」
「ど、うして、って……それは……」
「そこまでドールのことが大事な訳でもないでしょう? だからといって、真面目過ぎるウリシャ程、周りの騒動に口を挟むタイプでも無いでしょうし」
というか、ウリシャが来ていない段階で、そこまで焦ることがないことの証左でもある気がする。
「なにか……あなたに責任を感じるような何かが、あるんですか?
こと今回のことには何か引っかかりがあるんですよね? その思いつめたような表情は」
「…………」
「それが分かるぐらいには、私は生徒のことを見ていますよ。なんせ授業はドールに任せきりで、私はあなた達九人をよく見ることが出来ますからね」
その言葉に、思いつめていた表情は、喋っても大丈夫なのかどうか、自分の中にある後ろめたさと向き合っているようなものへと、変化した。
自分に自信がなくて、気弱で、色々と考え込みやすくて……だからこそここまで焦るということは、きっと何かがあるということなのだろう。
私に他の先生と関わるという、滅多にないことをさせることで見つかる、何かが。
「まあ、私が向かうことで、あなたが悩んでいる何かが解決するのでしたら、向かってあげますよ」
「っ!」
気付かれていないと思っていたのか。
私の言葉を聞いた彼女は驚きで息を呑み、先程までの焦った様子を忍ばせて、歩く私に黙って付いてきた。




