魔法薬学者(エスリン)の戦い方
「……なに?」
エスリンが言いたいことが分かったのか、レイスの雰囲気が少し変わった。
事の成り行きを見守っていたウリシャも、エスリンの考えを察し、ちょっとだけ雰囲気が変わる。
「ついでだから、下に思ってる人に準備されて負けた時の悔しさとかも、教えてあげようかな、と」
「下に……?」
「レイス、あなたってウリシャのことは認めても、私のことは認めてないよね?」
「……あんたがやりたかったことって、要はそれでしょ?
あたしに認められたいってやつ」
「それもある、とだけ。さっき言ったのも本音なのは事実だし」
名前を覚えられてるだけで、認められてはいない。
さっきからウリシャとレイスが一触即発の空気になれるのは、ある意味お互いがお互いのことを認めているからでもある。
でもレイスは、ウリシャに対してソレが無い。
友人の友人という距離感……と言えば良いのか。
レイスは自分の“芯”を揺るがさないこと以外は、てきとうに合わせているところがある。
天才が天才らしく在る部分だけに集中するための犠牲部分、とでも言えば良いのか。
魔力移動の先生二人にも素を出し続けているのを見ているだけに、自分にだけ常に一定距離を置かれて認められていないのが、エスリンは落ち着かなかった。
要は、この天才に認められたいだけ。
この天才にだけは、自分を有象無象と思われるのが、我慢ならなかった。
喋るのが苦手なだけで、誰にも関心を抱いていないわけでも、誰に何を思われても構わないという考えを持っているわけでもない。
エスリン・ミュリクアートは、そういう意味でも普通の女の子だった。
「それでエスリン、どうやってその色々なことを教えてくれる感じ?」
「これから対等な条件で戦う、となると、それだけでレイスは私の事を認めていることになる。
だからズルいとは思うけど、こちらにとって有利な条件を付けさせてもらう」
「いや、そこはズルくないって。むしろそこで対等にしろなんてあたしがゴネようものなら、あたしはどんだけ情けないって話だし。
逆にあんたが対等な条件を付きつけてきてあたしに負けたら、心底舐め腐ることになると思う」
「それじゃあ、魔力操作の授業でやってるのと同じにしよっか。
そっちが先生役で、こっちが生徒役。
違いは、レイスの攻撃と防御の手段ぐらいで、こちらが一撃当てればこちらの勝ち。そっちは私から何も学べないと思ったら切り上げて終わり。切り上げた場合は、私の負け」
もしレイスが、エスリンから学べることがあるにも関わらず止めようものなら、それは彼女の天才としてのプライドの敗北を意味する。
条件としてはかなり妥当と言えるだろう。
「えっと……それで、私は何をすれば良い感じ……?」
と、今まで事の成り行きを見守っていた──というより口を挟めなかったウリシャが、自分を指差し訊ねてきた。
既にエスリンとの距離を取り始めているレイスは答える気がないのか、振り返りもしない。どんなことであれ戦いには集中するタイプなのだろう。
その様子をチラりと見た後、
「じゃあ、開始の合図お願い」
とエスリンは答え、服の内ポケットに入れていたキューブ状の小さな瓶を二つ取り出し、右手の中に握り込む。
「開始の合図? エスリン、それってどのタイミング?」
「ん~……授業と同じ条件だから……あれ? 授業の時って開始のタイミングとかあった……?」
「言われたら無かった気がする。いつも先生に相手が必要かどうか聞かれて攻撃されてたから……。
こっちから攻撃する場合ってどうだったっけ?」
「レイスは確か……授業に急に乱入して、それに気付いた先生が、それじゃあ掛かってこいって言ったら──」
そこまで言ったところで、エスリンは右手に握り込んでいた瓶を二つとも、振り返り対峙していたレイスに向け、魔力を込めて発動条件を満たした後、渡すよう投げていた。
ポーン、という音で表現できるぐらい、軽い動作。
二人の距離がもう少し近ければ、レイスは咄嗟に手を伸ばし、その小さな瓶を受け取ってしまっていたかもしれない程だ。
ボールをパスされたような、そんな感じが近いだろう。
いつもエスリンが使っている普通サイズの瓶とは違い、女の子の片手の中に二つ収まり見えなくなるぐらい小さな瓶なんて、ひと目では何を投げたのかなんて分かりづらい。
となれば受け取ってしまう可能性がある。
しかし実際に、これを受け取られると魔法が発動しないので、受け取らせる訳にはいかない。
受け取るか受け取るまいか、咄嗟に迷ってしまいながらも、かならず取られない距離で、不意を衝くよう投げる。
その微妙な境界線を作り出すために、エスリンはウリシャとの会話を利用した。
……そう。
エスリンは最初から、この会話の流れから、こうして自分から瓶を投げる事ができることも考えて、行動を起こしていた。
「あっ……」
その、投げたものが『魔力繋合』の魔法で封じ込められた魔法だと気付いたウリシャが、驚きの声を上げる。
真面目な彼女のこと。
一瞬その不意打ちに、審判を任された立場として、戦いを止めようとしてしまった。
しかし、それこそがルール違反だと気付き、思い留まる。
実際、さっきまでのエスリンとの会話がなければ、止めてしまっていたかもしれない。
これは授業を模した戦いだ。
となれば、こうした開始の合図がない戦いは当たり前。
それを先生役のレイスが吹っかけられたのなら、正しい始まりだったということに他ならない。
それに何より、自分は開始の合図を任されただけで、審判を任された訳じゃない。
反則か否か、それは当事者二人が自分たちのプライドを天秤にかけて判断すること。
そう、遅れて思い至ったのもあった。
「っ……」
お腹のあたりの高さで、放物線を描きながら迫るその小さな物体。
レイスはそれがさっきまで説明されていた魔法だということに気付いたものの、攻撃して良いものかどうか、一瞬の迷いを見せる。
その迷いこそ、接近するエスリンへの意識を、逸らすことになった。
……レイスの未熟な部分が顕になった。
これではあの瓶が魔法でなくても、彼女は敵への接近を許してしまっただろう。
一撃。
たった一撃受けるだけで負けになってしまうこの勝負で、それは大きすぎる。
「ふっ!」
レイスはとりあえずといった動作で、魔力の『蛇』で一つの瓶を割る。
が、それもまた悪手。
そもそもレイスの魔法を、エスリンは見ることが出来ない。
まだ魔力変質を教わっていない以上、その『蛇』に『透明』の属性を付与してしまえば、エスリンは為す術無く敗北するしかなかったのだ。
……尤も、それが分かっているからこそ、そんな卑怯なことは出来ないと考えたレイスが、敢えてしなかったのかもしれない。
だがエスリンは、その見えない攻撃を警戒していたからこそ──レイスの魔法が見えないことも考慮していたからこそ、策を講じていた。
それこそが、魔法薬学を戦闘で扱う上で最も重要な、“事前準備”だと言わんばかりに。
『蛇』で砕かれた瓶からは、目を潰さんばかりの光が溢れ出てきた。




