レイスに教える魔法薬学
エスリンには一つ、解せないことがあった。
「レイス……どうして魔法薬学を学ばないの……?」
かつては、ウリシャと二人だけで、魔力移動の練習をしていた放課後。
ある日急にやってきてウリシャに謝罪し、この復習のような特訓のようなものに参加するようになったレイスに、エスリンはずっと抱いていたその疑問をぶつけた。
「は? なにそれ」
「…………」
相変わらず胸元と太モモを露出した、そのイケてる見た目通りのふてぶてしい態度でそんなことを言われては、答えに窮するしかない。
二人の時は校舎裏など目立たない場所でしか練習を行えなかったが、レイスが来るようになってから、彼女の積極性のおかげなのか、隅っことはいえ広い場所を使わせてもらえている。
おかげでその僅かな無言が、周りの喧騒を引き立てたような気さえしてしまう。
前髪で隠れたその瞳の奥には、迷いの色が見え隠れ。
元々誰かと話すのが苦手なエスリンにとって、レイスのその疑問が何を聞きたがっているのか分からないのだろう。
具体的には、魔王薬学全般のことを聞いているのか、こんな質問をしてきた意図を聞いているのかの、どちらなのかが分からない。
「魔法を気体とか液体に封じ込めて、瓶の中に入れとくの」
と、困っているエスリンの代わりに、運動する時だけ掛けるメガネを外しつつ、ウリシャが話してくれる。
「で、その瓶を魔力を込めながら叩き割ったり蓋を開けたりとかして外気に触れさせると、封じ込めてた魔法が解放されるって訳。
掻い摘んで言っちゃえば、魔法をストックしておけるの」
「あ~……なんか授業選ぶときに聞いたことあるかも。
その時は確か、そんな手間かかることする必要なんてどこにもないって思ったかな~。
だってほら、あたし天才だし。
そんなことしなくても自分の魔法を咄嗟に使うほうが強いしね~」
努力をするウリシャを認めるようになっても、やっぱりこういう自分の力を過信するところは変わらない。
特にここ最近は、天才が努力しているのだから尚の事強い、と思っている節さえある。
「でも、先生に勝ちたいんだよね?」
「当然。だけど、あたしだけの力で勝ちたいの」
「……魔法薬学だと、自分の力にならないってこと?」
「だってそうっしょ? その場で出来ることをやって勝たないと、自分の力って言わないじゃん。
そんな事前準備みたいなずっこい方法、この天才のあたしが取れるはずないっての」
「…………」
この部分で、エスリンとレイスの考えは合わない。
事前準備を「自分の力じゃない」と断じれるのは、本当に天才だからこそだろう。
でもその事前準備が、果たして本当に「自分の力じゃない」ことに分類されるのか。
当然、エスリンは違うと考えている。
事前準備も含めての「自分の力」だ、と。
それはエスリン自身が魔法をまだ開花しておらず、魔王の力を借りた詠唱魔法しか使えないからでもある。
詠唱魔法はその性質上、どうしても時間が掛かってしまうので、その時間を短縮できる魔法薬学は、彼女にとって一種の生命線のようなものと言っても過言じゃない。
それを否定されては……いい気分がしない。
だがここで反論しないのがエスリンという少女。
喋るのが苦手である以上、口論になってもいい気分になれるはずもないと経験則で知っているからか、そのままもうこの話をするのは辞めれば良いかと諦めて、無言になる。
「いや、その考えはおかしくない?」
と、再びウリシャが口を開いてくれる。
だが今回はエスリンを気遣ってではなく、彼女自身がそう思っているから口を開いてくれたようだ。
そもそも、最初にこの訓練をしていたウリシャとエスリンが出会ったのは、去年の魔法薬学の授業。
しかもウリシャ自身、魔法薬学の教師が師匠となってくれている。
事前準備は実力じゃない、というのは、魔法薬学を教えてくれている師匠の考えに背くことになってしまうと思ったのだろう。
「その場で対応できるっていうのは確かにスゴいことだと思う。
思うけど、相手の情報があって、準備ができる期間があるのにそれをしないのって、逆に自分の力に胡座をかいてるだけじゃない?」
「いやでも、あたし実際に出来るし」
「出来てないから負けてるんじゃなくて?」
「は?」
一気に不機嫌になるが、それを言葉にしてウリシャにぶつけようものなら、図星を突かれていることを認めていることになる。
それはさすがに分かっているのか、オーラを発するだけで留めた。
「そもそも、レイスは魔法薬学についてどう思ってる?」
と、これはエスリン。
さっき発されたオーラを感じとり、このまま二人に会話をさせては喧嘩になる可能性があるからと、口を挟んだ形だ。
誰かと会話をするのは苦手だが、物事がこんがらがるぐらいならと思ったのだろう。
「どうも何も、なんか薬とか爆弾とか、そういうのと一緒じゃないの? 前もって瓶とかに魔法を封じ込めとくんだよね? その封じ込めとくのが、再生の魔法とか衝撃の魔法とかにしとけば便利、ってやつ。
持ち運べるし、咄嗟に投げつけることも出来るし、魔力さえ持ってれば他人が封じ込めた魔法でも使えるってやつ」
「うん。その認識で間違いないと思う。
じゃあ、それを使って戦うのは、魔法を使って戦うのとは違うの?」
「なぁ~んかさ、そうやって事前に準備して戦うのって、相手を脅威に感じてますって認めてるようなもんじゃない?」
「認めないと前に進めないこともあると思うけど?」
と言ったのはウリシャ。
それに鋭い眼光を向けたレイスが何かを言う前に、慌ててエスリンが口を挟む。
「それならば! だけど、その事前の準備と、今のこの魔力移動の練習って、何が違うの?」
「は? そんなの、自分の力かどうかじゃん」
「じゃあ、レイスが自分で魔法薬学を身に着けたら良いってこと?」
「…………ん?」
「言ってしまえば、今のこの練習だって、事前準備そのものでしょ? それが身体か知識かの違いなんだと思うんだけど……どう?」
「いやどうって……エスリン、なんでそこまであたしにソレを使わせたいの?」
「使わせたい、というより、勝たせたい、が正しいかも」
「なんでよ? 何の得もなくない?」
「私が教えた魔法薬学でレイスが勝つって、何かやってやった感出ない?」
「……いや、自分で勝たないとやった感なんて出ないっしょ」
そこはやはり、天才とそうじゃない者の差、なのだろうか。
「っていうか本当に、その魔法薬学って使えるの? 確か、『魔力繋合』の魔王の力を借りるんだよね? ってことは、詠唱が必要なんっしょ? あたしにその才能があるかどうかも分かんないし」
そこは静かに頷くエスリン。
「でも、試してみて使えたら、便利は便利じゃない?
戦いにおける手札の増加が有利に働く、っていうのは、天才のレイスなら尚の事分かることだと思うけど」
「あ~……まあ、そうかもね。
じゃあまあ、簡単そうだから覚えてみようかな~……。
……本当に使えるかどうか微妙感スゴいけど」
「じゃあ、まずは試してみる?」
「ん?」
「魔法薬学の事前準備がどれだけ有利になるか、私を相手にして、試してみる?」




