魔法使いと機械の関係
「え、えっ? レイスが勝った……んですの?」
私の内心を代弁したメイジの言葉に、ドールは木の剣を降ろすような仕草で、自分の脇腹をその切っ先で指さした。
「ここにな、こいつの『蛇』が一匹噛み付いている」
言われ、ようやく私も魔力を目へと集めて、その箇所を見る。
すると確かに、あの無数に広がった小さな『蛇』の一つが、彼の脇腹に喰らいついていた。
……あんな小さな物、ドールには何のダメージも無いだろう。
現に彼の脇腹には、今生徒たちに指導している魔力移動が施され、しっかりと守られている。
「勝利条件は俺に魔法を当てることだったからな。こんな小さなものでも、その条件はしっかりと満たしている。
だからパラットの勝ちで間違いない」
霧を満たした中、霧を喰らいながら『蛇』を突撃させる。
しかしその中の一匹だけ、霧を喰らわず透明化したまま、ドールの四角から襲わせる。
その隙を僅かにでも広げるために、不格好で慣れない格闘行動にも出た……といったところか。
『透明』属性の変質、か……。
一部にだけ属性を適応させ──いや、一部だけをそのままに、他は敢えて見せるようにしていた。
闇討ちに適している『蛇』の属性を、さらに活かすための方法と言えるだろう。
「と、ということはですよ、先生……レイスはもう、この授業をしないということですの?」
「そこは自由だな。
最初に言った通り、別の授業のために必要書類を揃えて無茶をしろというのならちゃんとするさ」
いや、するのは私なんだけど……まあ約束だから、勝手に決められても文句は言えないか。
「もちろん、この授業を取ったまま、自由にサボってくれても構わない。
こんな時期に別の授業を取るぐらいなら、このままいたほうが良い気もするがな」
「でも、それでしたらレイスは、このまま魔力の移動が出来ないのに練習もせず、ずっとここにいるということですの?」
「その心配は無いだろう」
どうしてですの?
──と発しようとしたのだろう開いたメイジの口が、言葉を発するよりも速く、自分の脇腹を指していたその木の剣の切っ先を、手首の力だけで動かし、レイスの首元に“叩きつけた”。
「ほらな。ちゃんと魔力移動が出来ている」
それは、痛みがこないレイス自身が驚きの表情を浮かべている程の疾さ。
打ち込まれた彼女自身が、何の反応も出来なかった、不意を衝いた攻撃。
しかし思考は──本能は間違いなく、その攻撃に反応し……魔力を移動させ、レイス自身を守った。
それこそまさしく、私達が今、生徒たちに教えていることの完成形。
「どうせ授業に週一回、しかも僅かな時間しか参加しなかったのは、もう出来るようになったことをバレたくなかったからだろ? 出来ることがこちらに分かると、俺との勝負をしてもらえなくなると考えたか」
「……チッ。その通りよ。
ホンット最後までムカつく教師なんだから、アナタってやつは……」
負けた悔しさを払拭するため、勝負に拘り続けてようやく勝てたのに……最後の最後、自分の考えを読まれたことに、新たな悔しさを噛み締めている。
「さて、それじゃあパラットの次からさっきの続き……といきたいところだが、一人でもこの完璧な状態が出来るようになれば、これから先どういった授業をしていくのかを伝えようと思っていたからな。
まずはその話からしよう。
全員、俺の声が届くところまで来い」
少し大きくしたドールの言葉を受け、ぞろぞろとフェンス内の敷地へと入っていく生徒たち。
そして全員が入ったのを確認して、ドールはさっきよりもさらに、もう少しだけ大きな声で、いつものように、極力簡潔にした言葉を発した。
「本能での魔力移動ができるようになったその次は……お前たちには、機械との触れ合いをする足がかりを身につけてもらう」
◇ ◇ ◇
魔法というのは、謂わば才能があるが故に行える奇跡の御業だ。
魔力さえあれば己の才能と併せることで、物理法則を無視してあらゆる奇跡を、この世界に具現化させることが出来る。
……とはいえ、魔法使い達はその能力が当たり前にありすぎて、誰もソレが奇跡だということを理解していない節がある。
だからこそ、分からないのかもしれない。
その、魔力を持たない普通の人たちが、魔法使いと同じようなことを出来るようになれればと思う、その気持ちが。
魔法使いたちは、普通の人間に出来ないのは当たり前なのだから、自分たちを頼れば良いと思っている。
しかしそれは、精神的な服従に近い。
もしそれが常態化した時、魔法使いが「日ごろから助けてやっているのに」という感情を抱かないとは限らない。
少なくとも魔法が使えない人間たちは、必ずそう思ってしまう。
思わざるを得ない。
だから魔法使いたちに出来ることを、自分たちの力だけで、まるで道具を使うよう誰でも扱えるようになれればと思うのは、ある意味当然の帰結と言えた。
そしてそのタイミングは、魔法使いの王たる百数人の魔王が、一人の人間──後に尊敬と侮蔑を込めて『勇者』と呼ばれることになる人間によって、次々と殺されていく時期と符合する。
魔法使いが行っていたことが出来なくなる恐怖と、魔法使いが出来ていたことをしたいという憧憬。
魔王が死んでいくのに比例して、世界には、あらゆる機械文化が広まっていった。
もちろん、魔法使いが全盛だったそれまでも、僅かな機械技術はあった。
ただその“僅か”とは、技術の質ではなく、量を指す意味である。
一部地域ではとっくに、剣でも魔法でもなく、銃やミサイルが栄えていた。
そんな地域にとって機械の広がりは、自分たちの国を繁栄させるいい足がかりだった。
だからより、機械を広めたかった。
そのために必要だったのは、その広がりを抑えていた存在そのものの抹消。
つまりは、魔法使いの虐殺。
……彼ら、機械を広めたい奴らが主導になって起こされようとしていた『魔女狩り』は、寸前で食い止められた。
しかし魔法使いたちにとっては、自分たちを滅ぼそうとしている存在=機械、という図式が一般化されてしまった。
その結果が今日まで広まり続けている、機械というのは才能がないやつが使う情けない代物、という、魔法使いの認識なのだ。




