これまでのレイス
二回目の授業では、自称天才のレイス・パラットはやってこなかった。
初日起きた人生初の敗北が受け入れられなかったのだろう……とその時は思っていたのだが、そうでないことはその日の内に分かった。
授業を終え、生徒たちからコツを訊かれていたドールを、遠くから見る気配。
おそらくはドール自身も気付き、無視していたソレを放っていたのが、何を隠そうレイスだったのだ。
……とはいえ私は、その日の夜にドールからレイスだと聞いて分かっただけで、その時は彼女の気配だということまでは分からなかったのだけれど。
ともかく、授業を辞める気だとか、敗北を受け入れられないのだというのなら、ドールに向けて探るような気配を向けはしない。
そう思った私は、授業が終わってから、その気配を追いかけることに努めた。
しかしさすが、天才を自称するだけはある。
私程度では、追いかけているのが向こうに悟られた瞬間、すぐに逃げられてしまった。
授業を受けている間に私が追いかけ始め、見つかりたくないからとレイスが逃げてしまっては、そこから何も学べなくなってしまう。
だからその授業が終わってからしか、彼女を探しに行けない。
だからか、半月ほど、彼女を捕まえることが出来なかった。
しかしある日、彼女と接触することが出来た。
その日もまた、授業終わりに追いかけようとして逃げられて……でも、追いかけるべきだと、事前に自分の『魔法』を使って分かっていた私は、その日だけはしつこく、彼女を探すために、校内全てを見回るかのように、歩き回った。
午後の二時間分の授業を終え、一時間程も歩き回ったからか、外は夕陽に染まっている。
そんな中で、レイスを見つけたのだ。
……校舎裏でドールの授業の練習をしていたウリシャと、その友人──エスリン・ミュリクアートを、上の階からただ静かに見つめていた。
「混じりたいなら混じれば良いんじゃないですか?」
静かに近づき、その背中に声をかける。
その声にビクリと大きく肩を震わせ、慌てた表情でこちらを見下ろした。
「ビックリした~……いきなり声かけてこないでよ」
「いきなりではありません。ちゃんといつものように気配を消したじゃないですか」
「いつも気配を消して近づくこと自体が間違いなんだっての。
大体さっきの、いつもと違って籠の中の音しなかったんだけど?」
「そうでしたか? それだけ集中して見てたってことですね」
なんて返事をしながらも、狙い通り上手くいったことに安堵した。
そう。今日この日に至るまでの追いかけっこは、レイスに「私が近づいてきたら籠の音がする」という印象を植え付けるためだ。
私は常に、例えドールの傍を離れることになっても、この様々な武器が入った籠を降ろすことはない。
そのためガチャガチャと、武器同士がぶつかる音を鳴らしながら歩いていくことになる。
これまでレイスを追いかけていた時だってそうだ。
だけど今日は、彼女と会うべきだと分かっていたから、魔力を集めることで速く走れるようになるのと同じ要領で、魔力を籠とその中身に集め、音を鳴らさないようにして接近した──という訳だ。
「っていうかついでだから聞くけど、今までなんで追いかけてきてた訳? 説教?」
「いえいえまさか。二日ある授業の内の一日──それもドールと戦う時しか来られないとはいえ、それ以外でも遠くから授業を見ていたでしょう? それだけで十分ですよ。
今はコツを学びたい人だけが授業に参加すれば良い時期ですから」
「……それを教師が言うの?」
「魔法使いの学校なんて、自主学習の場所を提供するぐらいでちょうど良いんですよ。
その場を利用するか、利用料を支払っているのに何もしないかなんて、それこそ自由です」
とは言うものの、これはあくまで、この学校に常勤しないからこそ言えることだ。
もし教師として勤め続けるなら、ちゃんとした授業はそのまま学外の評価へと繋がり、翌年からの生徒を呼び、学校を存続させ、給料を上げることになる。。
「それで、混じりに行かないんですか?」
「行けるわけ無いっしょ。だってあたし、去年はアイツのことバカにしてたし」
話を戻した私の言葉に、あっさりと事情を話してくれるレイス。
私の幼い見た目がプラスに働く日なのか、はたまた今日は何となく喋りたい気分なだけなのかは分からないが、私の『魔法』で今日に会うべきだと暗に示された理由は、おそらくこういうことだろう。
「アイツ、まだ魔法も開花してないのよ。でも、魔王の力を借りる『魔力繋合』を使った魔法薬学の先生に認められて、弟子みたいな立場になってる」
「……それを僻んで、何か言ってしまったんですか?」
「違うわよ。あたしが文句言ってたのは、むしろその前。
去年、その『魔力繋合』の授業で一緒になったんだけどさ、アイツ、めっちゃ必死になって努力するの。
『魔力繋合』以外の授業でも。
最初は魔法が使えないけど魔力があるから、それを利用できるようにって『魔力繋合』の授業取ってたのかとも思ったんだけど、アイツはそれ以外の魔法関係の授業でも、努力してたの。
でもさ、それって無駄じゃん?
だって魔法ってのは、才能が無いと何も出来ないもんじゃん。
『魔力繋合』使って自分だけが扱える魔法薬を作ってりゃ良いのに、魔法を開花させるための授業、ってので習ったらしいことも頑張ってんの。
だからはっきりと、無駄なことして、って言ってやったのよ」
「それは……言葉が足りないんじゃないですか?」
「足りてるわよ。
だって友達でも何でもないヤツを相手に、どう無駄なのか説明する義理なんて無いでしょ。
ま、あたしとしても、こんな授業が一緒なだけの奴にそんなこと言われても、まあ腹が立って終わるだけだろうなぁ、とは思ってたけど。
でも……そうは思ってても、言いたくて仕方なかったのよ」
……まぁ、時間を効率的に使え、というのを、メチャクチャ下手に伝えた、と見れば、彼女の優しさと言えるのかもしれない。
「だけどアイツは、それを言われても、ずっと努力を続けた。
それこそ、成績が伸びなくても。
去年一年間、ずっと。
……それってさ、結構スゴいことじゃん? 成果が無いのに努力を続けるってさ。
で、今回の授業でも、ああして同じように頑張ってる。
まあ今回はそれなりに伸びてるみたいだから、まるっきり無駄って訳じゃあないんだろうけど……それでも、努力を続けることが出来るのって、本当にビックリなのよ。あたしとしては」
「レイスさんは、努力なんてしなくても、今みたいに魔法が使えていそうですもんね」
「当たり前っしょ。だって天才だもん。
だから……努力をしてきたことないから、やり方は分かんない。
でもそれが、しんどくて、辛くて、結果が無かったら諦めちゃうことだ、ってのは分かる。
なんでもすぐに出来たあたしだから、頑張っても頑張っても望むものに手が届かない恐怖と、頑張り続けることのキツさが、簡単に想像できるの。
想像できるから、実際はもっとじんどいんだってことも、分かるの」
「……レイスさんは、これからその努力をして、魔力操作を身につけるんですよね」
「は?」
心底バカにしたような目を向けられた。
「する訳ないっしょ。あたしはただ、アンタの相棒を倒したいだけ。
アンタ等がさせようとしてる授業なんて、あたしには必要ないって、分からせたいの。
だってあたし、天才だし」
自信満々にそういうと、うしろ髪を払う。
「そのためにも、あの子から色々と話を聞きたいだけ。
一緒に頑張りたいとかそういうのは全く無いの」
……素直じゃないなぁ。
「……それなら、行くしかないですね」
「わかってるわよ。んなこと」
「見ていても良いですか?」
「帰れクソガキ」
「口悪いですねっ!? 同じ褐色肌同士、もう少し仲良くなれると思ったんですが……」
「あたしのは焼いてるからこそのオシャレだから。生まれつきとかそういうのじゃないの。
っていうかあんた、ガキっぽい外見してんだから、そんな下手な敬語使うなっての。なんかバカにされてる気がする」
「これでも先生のような立場ですから。見た目的にバカにされるのは仕方ないですけど、せめて言葉遣いだけでも大人のように振る舞いたいと思っているんです」
「あ、そ」
……ここまでか。
これで私との会話に興味を失ったのか、私がやってきた方へと歩いていく。
「ウリシャさん達の所に行かないんですか?」
「あんたが見てるから、今日は行かない」
◇ ◇ ◇
そう言葉を残して立ち去ってから、しばらくして……放課後、練習をしているウリシャたちに混じるレイスを、見かけるようになった。




