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退役医官の日常① ~ 道雪君が戻ってくる! 2~

佐世保駅のバス停。私は今、副長と道雪さんの到着を待っている。


今度の計画には無理がある。副長が佐世保駅まで道雪さんを案内した後に、副長と交代で私が案内したとして、道雪さんに私の正体が気づかれない自信はない。とは言え仮に私の正体がばれても、目の見えない道雪さんを放り出すわけにもいかない。もともと失明後3週間の男性が一人で羽田から相浦駐屯地に行くこと自体に無理がある。彼が気付くかどうかに関わらず、こちらは身分を隠し通して正門前までのタクシーに彼を送り届けるしかない。


バスの到着までの時間、私は道雪さんの今後について考えていた。

失明から3週間、今、道雪さんと小隊長は互いに会いたがっているはずだ。会うことしか今の二人には見えていないように思う。でも、現実はそれほど甘くはない。目の見えない彼にとって、肉親のいない、縁もゆかりもないこの土地で、たった一人家に引きこもり、小隊長との関係だけで生きていくことが長続きするとは思えない。多くの人と関わりを持つことがその人の人生を豊かにすると私は信じている。社会と関わりを持たないと、道雪さんが精神的にもたなくなることが心配だ。小隊長はそのことを考えているだろうか?



*****



長崎空港からのバスが到着する。

他の乗客が下りた後、最後の乗客として副長に支えられた道雪さんがバスを降りる。二人の様子を見て、バスの乗降が視覚障碍者にはむつかしい事だと納得する。副長はひどい顔をしている。ずいぶん泣いたのだろう。彼女と目線で合図を交わす。交代のタイミングだ。道雪さんは副長にお礼を言い、一人、佐世保駅の入り口に向かい歩き始める。副長はその場で立ち尽くしている。彼のことが心配なのだろう。ここで彼女はお役御免のはずだが、きっと駐屯地まで私と彼の後を付けてくるつもりだろう。


杖を使ってゆっくりと歩く道雪さんを見て、彼が失明したことを実感し胸が痛む。これまで何度も味わってきた強い後悔の念に再び駆られる。だが、彼は一人で前に進もうとしている。こちらが立ち止まっているわけにはいかない。私は気落ちしそうになる自分の心に活を入れ、彼の後ろに音を立てずに近づく。


JR佐世保駅の入り口付近、彼の杖が歩行者と接触する。

私は彼が落とした杖を拾い上げ、彼に握らせたうえでその腕に手を添える。松浦鉄道の大学駅まで案内すると、彼の手のひらに指で文字を書いて伝える。彼は不思議そうな顔をする。たった今、彼を案内した副長も同じように声を出さなかったのだから違和感を感じるのだろう。既に彼は私の正体に気づき始めているかもしれない。それならそれで仕方がない。私は彼の腕に手を回してしっかりと支え電車乗り場に向い進み始める。


松浦鉄道に乗車した後、道雪さんは私にあまり話しかけようとしなかった。何かを考えているような様子だ。その様子はとても儚く見える。彼のことを抱締めたくなる。でも、それは小隊長がすべきことだ。私は彼の横顔を見ながら、小隊長の携帯に予定通りと連絡を送る。もうすぐ大学駅だ。そこでは部下がタクシーを2台待たせている。彼を先にタクシーに乗せ駐屯地正門に向かわせた後、私たちも別のタクシーで後を追う予定だ。彼の乗ったタクシーが途中で事故に合う可能性も否定できないから、念のための措置だ。副長も少し離れたところからこちらの様子をうかがっており、タクシーに同乗するつもりだろう。



*****



大学駅に到着する。私は彼を支えながら駅の外に出て、部下が準備したタクシーに彼を案内する。別れ際、彼は私にお礼を言う。私にはずっと彼にかけたい言葉があった。たとえ失明しても、泣きごと一つ言わず、ただ小隊長の許に一人で向かおうとするその努力を讃えたかった。最後に私はその言葉を彼の手のひらに指で書く。


<が・ん・ば・れ>


私の書いた言葉に、彼はほんの一瞬、歯を食いしばって涙をこらえているように見えた。もしかしたら、今ので私の正体に気づいたのかもしれない。それでも、その一言を伝えたかった。彼の乗ったタクシーは正門に向かい出発する。



*****



タクシーを手配してくれた部下と副長の3人で、別のタクシーに乗り駐屯地正門に向かう。副長はずいぶん泣き濡らしたようだ。ひどい顔をしている。


「副長、大丈夫ですか?顔がすごいことになっていますよ?」


「ううう、だって、道雪君、本当に目が見えなくなっちゃったんだもの。見ていて辛くて・・・」


「ずっと泣いていたのですか?彼に気づかれてはいませんよね?いつから泣いていたんですか?」


「羽田空港で保安検査場から入ってくる彼を見つけてからずっとよ。飛行機に乗った時も、”安全のしおり”の点字版を必死で読んでいたの。あんな姿を見たら、もう我慢できないわ。曹長こそ、彼の案内をして、よく泣かずにいられるわね。むしろそちらの方が不思議だわ」


「さすがに途中、涙がこみ上げましたが、何とかこらえましたよ。さあ、もうすぐ正門です。道雪さんがちゃんと小隊長の下に着いたかどうか見届けましょう。それまでもう少しですから、頑張ってください副長」


「ううう。二人が抱き合っているところなんて、涙なしで見られるはずがないじゃない!もう涙腺が壊れちゃうわよお」



*****



タクシーを降りた私たちはすぐに二人を見つける。正門までの道をゆっくりと確実に進む道雪さんと、それを心配そうに見つめる小隊長。小隊長は正門の敷地内ギリギリのところで彼を見守っている。今にも駆け出して彼を抱締めたいと思っているのだろう。でも、その思いをこらえ、敷地の内側で彼を待ち構えている。二人の思いがこちらにも伝わる。私たちは遠くからそんな二人の様子を見守る。


正門につく直前、道雪さんは杖を捨て走り始めようする。見ていたこちらが危ないと思った瞬間、敷地を飛び出してしまった小隊長が彼に駆け寄り抱き締める。よかった、道雪さん。ようやく会えたんですね。


さすがに今度ばかりは涙を止めることができない。横では部下と副長が号泣している。このところずっと小隊の雰囲気は沈んでいた。こんなにうれしかったのは、尖閣諸島から戻ってきてから初めてかもしれない。正門の奥、駐屯地で待っていた別の隊員達も二人の様子を見守っている。みんな泣いているんだろうな。



*****



抱き合う二人を見て安心する一方で、私は別の決意を固める。これからの道雪さんのことだ。陸曹長には若い指揮官をたしなめる役割がある。私から小隊長に伝えなければならないだろう。


たとえ二人が一緒に暮らすことになっても、小隊長は道雪さんを家に閉じ込めるようなことはするべきではない。社会との関係を断ち、暗闇の中、小隊長とだけ関わるような生活を道雪さんにさせてはいけない。そんなのは長続きしない。


私は副長と共に、これからも積極的に道雪さんのところを尋ね、彼と関わっていきたいと思っている。そこには私たちなりの贖罪の気持ちもあるかもしれない。でも、それが彼の人生を豊かにするはずだ。そしてそれによって二人の生活が長く続くことに役立つと信じている。小隊長にはそのことを伝えたい。


道雪さんはみんなの道雪さんなのだから。





つぎは、帰宅前に駐屯地で小休止する二人と隊員達の交流です。

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