相浦へ
朝の羽田空港搭乗ゲート。
長崎空港行きの優先搭乗開始のアナウンスが流れる。女性の地上スタッフが声をかけてくれる。
「立花様、ご案内いたします。搭乗券はありますか?」
「お願いします。こちらです」
搭乗券を渡すと、女性は僕の杖を持たない右側のわきに腕を通してしっかり保持し、ゆっくりと案内してくれる。視覚障害の方を案内することに慣れているようで、とても安心できる。僕はスムーズに機内最後尾、窓際の席に収まる。席に着くと客室乗務員の方が声をかけてくれる。
「荷物と杖は収納棚に納めますか?前席の下に置くこともできますが?」
「ありがとうございます。足元に置きます。あの、今お手洗いを利用してもいいですか?」
「どうぞ。ご案内いたします」
僕は席が空いているうちにお手洗いを済ませ着席する。周囲の乗客が搭乗してきた音が聞こえる。
ここまでは順調だ。
*****
最後尾の窓側の席は2列、窓際に座る僕の隣は空席のようだ。
席に座り客室乗務員に渡された点字による『安全のしおり』を指でなぞる。
大丈夫、問題なく読める。
席に座り暫くすると通路を挟んだ隣席の乗客の様子が気になり始める。この乗客、具合でも悪いんだろうか。大丈夫かな?苦しそうな・・・いや、泣いているのかな?
声をかけるかどうか悩んでいると、客室乗務員の方が声をかけてようだ。その乗客の声は聞こえないけど乗務員は確認を終えていなくなった。きっと大丈夫だろう。
飛行機のプッシュバックが始まり、滑走路への移動を開始する。
陸上自衛隊員は、業務上色々な輸送手段に乗せられる。その多くは座席が進行方向に対して横向きになっている。地上を走る兵員輸送のトラックも、空を飛ぶ輸送機でも。だから民間機の前向きの座席に座るととても落ち着く。思わず独り言が出てしまう。
「はあ。やっぱり前向きはいいな」
「ぷっ!くくく!!!」
先ほど、具合が悪そうにしていた乗客が、僕の独り言で一瞬笑ったようだ。
そんなに変なこと言ったかな?一般の人には良くわからないと思うけど。でも心配するような状態ではないらしい。安心する。
飛行機は滑走路を加速し始める。2時間の空の旅。
僕は相浦までの道のりに備え少し眠ることにする。
*****
長崎空港に着地する揺れで目が覚める。
飛行機が搭乗ゲートで停止し、ベルト着用サインが消える音がすると周囲の乗客が立ち上がり始める。
他のお客さんの迷惑にならないよう、僕は最後まで待つ。その前に、もう一度、お手洗いを使わせてもらう。乗客がほとんど下りたころ、現地の空港関係者が声をかけてくれて、到着ゲートまで案内してくれる。とても助かる。僕は到着ゲートの外で案内してくれた方にお礼を言う。
ここからが勝負だ。
まずは空港のバス乗り場に行き、佐々バスセンター行きのバスに乗る必要がある。
僕は記憶を頼りにまっすぐ空港ビルの外に向かう。バス乗り場までは外に出て左に曲がり、少し進むだけだ。
まっすぐ進むと、誘導ブロックに気づく。ここが建物の出口だ。
左に曲がって再び進む。確かこのあたりがバス乗り場のはずだ。でも、様子が分からない。どうしようか。周囲に人の気配がする。
誰かに声をかけて確認しようとした瞬間、親切な人が僕のわきに手を入れて支えてくれる。とても身長が高そうな女性。僕はその人に声をかける。
「あの。すいません。佐々バスセンター行きのバス乗り場はこのあたりですか?」
その人は、返事の代わりに、僕の手のひらに指で字を書いてくれる。
事情があって、声を出せないようだ。
<さ・せ・ぼ、わ・た・し・も。あ・ん・な・い・す・る>
「ありがとうございます。助かります」
あれ?この人も泣いている?もしかして、さっき飛行機で泣いていた人かな?
僕は思わず医者の習性で、患者に対するように声をかける。
「大丈夫ですか?どこか苦しいところでもありますか?」
<だ・い・じ・よ・う・ぶ>
その親切な人のおかげで、僕は無事、佐世保駅に到着する。バスに乗っている間も、その人は泣いているようだった。
僕はこの人によく似た雰囲気の人を知っている。
*****
佐世保駅について、親切な人と別れる。
その人はきっと飛行機からずっと一緒だった人だ。
優しくて背の高い女性で、ずっと泣いているようだった。
気を取り直して、腕時計の風防をあけ、指で直接、針を触り時間を確認する。
沼田二佐から頂いた視覚障碍者用の腕時計。大丈夫。予定通りだ。僕は松浦鉄道佐世保駅に向かって、記憶を頼りに歩き始める。
歩いている途中、杖がほかの歩行者の方に接触し落としてしまう。
「ごめんなさい!」
僕は即座に謝るが、ぶつかった人はすでに近くにはいないようだ。
病院で杖の練習中に言われた。杖の端には手を通す輪がある。でも歩くときはそこに手を通してはいけない。電車などでドアに杖が挟まれた時など、杖が引っ張られた場合、輪に手を通していると危険だ。
杖は、衝撃があったときには、すぐに放せるぐらいの強さで握る。落としたら、再び拾えば済む。
地面に落ちている杖を探そうとした時、親切な人が杖を拾って渡してくれる。
「ありがとうございます」
その人も、声を出すことなく、僕の手の平に指で字を書く。
偶然にしてはおかしい・・・・
<ど・ち・ら・に・い・き・ま・す・か>
「あの、松浦鉄道の大学駅までです」
<わ・た・し・も。あ・ん・な・い・し・ま・す>
「あ・・・ありがとうございます。お願いします」
その人は、しっかりとした力強い手で僕の腕を支えてくれる。
とても頼りがいがありそうな雰囲気の女性だ。
この人を知っているような気がする。
その女性のおかげで、僕は無事、松浦鉄道西九州線に乗り込み、大学駅に到着する。その女性は、タクシーまで僕を案内してくれる。僕はその女性にお礼を言う。
「いろいろありがとうございました」
その女性は、最後に僕の手に書いてくれる。
<が・ん・ば・れ>
・・・・やっぱり、そうなんだ。
先ほどの女性も・・・・
僕は自分の思い上がりと皆の優しさを噛み締める。
涙を止めることができない。
*****
僕はタクシーの座席に座り、相浦駐屯地までお願いする。
<もうすぐ会える>
<ずっと、会いたかった>
<声が聴きたかった>
タクシーはすぐに駐屯地の正門前に到着する。
僕は料金を支払い、タクシーを降りる。
<此処にあの人がいる>
ゆっくりと門に向かって歩き始める。
<会いたい、早く>
一歩づつ。ゆっくりと。転ばないように。
<早くあの人のところに>
<会いたい>
<早く>
正門に近づいたところで、気づく。
その人の香りだ。
<あの人が近くにいる>
僕はあの日、この香りに包まれたのだ。
杖を捨て、その人の香りのするほうに急いで歩き始める。
<会いたい>
突然、その人に抱き止められる。
忘れもしないその感触。
<やっと!>
その人は、僕の体を強く抱きしめる。
痛いほどの力が懐かしい。
涙が止まらない。
「教子さん・・・あの・・・」
「道雪」
言葉にならない。
僕は証明したかった。
僕が一人でやっていけることを。
でも・・・・
「教子さん。僕は・・・・
貴女に迷惑をかけたくなくて・・・
一人で来るつもりだったんです。
でも・・・
皆に助けられて・・・・」
涙でうまく話せない。
「道雪。貴方が出会ったのは、この町の親切よ。世の中捨てたものではないの。親切な人の好意は素直に受け取ればよいのよ。貴方は、ちゃんとここまで来た。貴方が頑張ったことを私はちゃんと知っているわ」
僕は約束を果たそうと、教子さんに尋ねる。
「教子さん・・・・・あの時、教子さんが伝えようとした言葉を聞きに来ました」
だけど、教子さんは僕の問いにすぐには答えてくれない。
「道雪。あなた、今日、泊まる当てはあるの?」
突然の話題に、僕は理解が追い付かない。
「え?いえ」
「そのリュック一つで、ここまで来たのね?」
「はい」
「そう。ちょうどよいわ」
教子さん?・・・・
「あの時私は言ったの。
<帰ったら一緒に暮らそう>って。
さ。帰りましょう。私たちの家に」
僕はしばらく黙った後、涙を拭いて笑顔で返事をした。
「はい!」
あと1話、エピローグがあります。




