星降る夜の林道
私は迫り来る魔物を始末し、背後の馬車を見やる。
可視化の領域で確認したが今のが最後の魔物のようだ。
「大丈夫?」
私は蹲っていた少年に手を差し出す。
「だっ、大丈夫だ!こんな奴ら僕一人で大丈夫だったんだ」
私はその言葉を聞きながら、辺りを見渡す。
残念ながら、この少年以外生存者はいない。
この世界は街以外の外には魔物が蔓延り、自由に出歩くことさえ危険だ。
傭兵を雇い街から街へ行き交う人もいるが今回この少年のいた集団は運が悪かったらしい。
傭兵が弱く、しかも二十を超える魔物に襲われたのだから。
この強がる少年の命が助かっただけでも僥倖だろう。
「私はこの先の街へ行くけどあなたはどうするの?」
少年は私の手を取り立ち上がる。
そして周りを見て膝をおり、両手を付いて吐き出した。私の靴が……
私は吐瀉物に塗れた靴を凝視して鼻をつまむ。血の匂いと吐瀉物の匂いが混ざりなんとも言えない……
「あっちにいるから落ち着いたら来なさい。助けた縁よ」
そう言って私は側にあった大岩に座り夜空を見上げる。
私が作られて数百年。時代は変わるけど空の景色は変わらないな。
月明かりに照らされながらそんな事を考えていた。
暫くすると、私の可視化の領域に人が五人入ってくる。
旅人?いえ、この感じは?
五人の異様な気配に私は私を握り少年に近づいた。
「真夜中のお客さんね。どう?少しは落ち着いたかしら?」
「こんな場所で落ち着けるかよ!」
「それだけ悪態がつければ十分ね」
一迅の風が吹く。その風とともに五人の男が私たちの前と左右を取り囲む。私たちの背後には馬車があり逃げることはできない。
「あなたたちの目的は何?」
「…………」
男たちは全身黒い服で目元以外全てを隠していた。
男たちは私の質問に答えず、小さいナイフを構え前に付き出す。
「ところがどっこい。そう簡単には行かないんだぜ!」
突然馬車の上から声が聞こえる。黒装束の男たちは声のした私たちの頭上を見上げる。
私がその隙きを見逃す訳がない。
私は正面の男に肉薄し、私を人振りして両断する。私は両断した勢いのまま、あたしから見て右側の男を蹴り飛ばす。
「とうっ!」
馬車の上に現れた馬鹿はそう叫んで飛び降り、少年に向う男二人のナイフを奪い取り更には二人の頭を軽々とぶつけその命を奪う。
真正面でそんなものを見せられた少年は血飛沫を浴び再び吐く。
もう出すものもないだろうに……
少年を憐れに思いながら、残り二人となった黒装束の男たちを見ると男たちは頷き合いあっさりと引いていった。
「わりーわりー。ちょっと迷子になってな」
主は全く謝意の感じない言葉を吐いて私に近づく。
「だからあれほど可視化の領域くらい使えるようになりなさいといつも言ってるのよ」
私は全く悪びれない主にそう言って、二人して少年を見る。少年は顔面蒼白だ。
「坊主、大丈夫か?」
「だ、大丈夫に……こんな奴ら……」
ふらふらと立ち上がり、吐瀉物や血溜まりに崩れ落ちる。
「どうするよ……」
「とりあえずあなたが助け起こしてあげなさい」
私はそう言ってもう一度空を見上げた。夜空に浮かぶ大きな星が綺麗に丸く輝いていた。
私たちは林道から離れた川岸に焚き火を作って野営していた。
可視化の領域で確認したが特に魔物の気配はない。と言うか舗装された林道に魔物が出るのが稀なのだ。
「恐らく魔物と引き合わされたんだな」
私を帯剣することを嫌う主がそう言った。まぁ、そんなところだろう。
「よく私の考えていた事がわかったわね」
「お前はわかりやすい」
そう言って川魚を頭から食らう。主が身体一つで捕まえた獲物だ。
「食わねーのか?」
「私は食べなくても平気。それにあなたが取ったものよ」
焼けた川魚の串を取り私に差し出してくるが私は断る。具現化した身体に食べるという行為は必要ない。
ぎゅうぅぅぅー。
お腹が鳴る音が響く。
「私じゃないわよ」
「わかってるよ。起きたか坊主!」
上体を起こしてこちらを見る少年に主は話しかける。
「飯はやるからとりあえず川に飛び込んでこい」
少年は主の言葉に目を丸くして絶望する。この川の流れはとてもじゃないが優しいものとは言えなかった。
言葉足らずな主に変わり私が補足を入れる。
「あなた臭いから早く水浴びして服を着替えなさい。服はそこに綺麗なのを選んで置いておいたから」
少年はそういう事かと納得した様子だが少し凹んでいた。
「お前……容赦ねえな」
主ほどではない。私は睨み返し、また空を見上げた。
まるで星が降ってくるように綺麗に輝いていた。
私たちは焚き火を囲み、夜の静けさの中に広がる川の流れる音、焚き火の音に耳を傾けながら思い思いに身体を休ませていた。
そんな中、私の主が少年に尋ねる。
「お前、さっきの連中の知り合いか?」
少年は首を振る。
「知らない。あんな奴ら」
「そうか、あいつらはお前に用がありそうだったけどな」
主はそれだけ言って、焚き火に木の枝を投げ込んだ。
カランと木炭になっていた木が崩れる音をだす。
「リーゼはどうする気だ?」
主は焚き火を見つめたまま、今度は私に尋ねてきた。
「助けた手前、次の街までは送るわ。放っておいて死なれても後味が悪いもの」
「助けなんて必要なかった。俺一人でやれたんだ」
少年は私にそう口答えをするが、身体は正直だ。震えている。
「坊主。言うのは簡単だけどな。そういう事はやってから言え」
主が少年を見つめてそう言い、少年は視線を落とす。
「何で狙われたのかも分からないの?」
「連中は知らない……。けど、狙われる理由なら沢山あるさ」
少年は落とした視線を焚き火に向ける。
「俺の両親は街の政治家でいて欲しい理由の方が少ない。権力ばかりに固執してホントに嫌な両親さ」
主と私は黙って話を聞く。私が空を見上げると星が流れた。
「どうせ、今回も俺を誘拐して両親の弱みを握ろうとしたか、身代金目当てだよ」
「今回も」と少年は言った。
「まあ、俺たちが家までは送ってやる。少なくとも坊主を護衛していた傭兵よりは強いぞ」
主は深く詮索せずにそう言って横になった。
「ありがとう」
素直に少年は謝意を述べ、私に視線を向ける。
「先程はすまない。話していたら冷静になれた」
「別に構わないわ。取り繕わなくても良いわよ。ただの旅人なんだから」
「ありがとう」
どうやら根は真面目というか正直というか、少年は頭を下げる。
「丁度隣町の学校が夏季休暇に入って帰省するところだったんだ」
「それは災難な夏休みの始まりだったわね」
ほんとにな、と先程より気さくに話し掛けてくる。どうやら緊張は解けたようだが残念ながらここまでのようだ。
「またきたな」
「懲りないわね」
主と私は川を背に立ち上がる。
「数は十人。さっきの倍ね」
「坊主、その焚き火から離れるなよ」
少年はコクコクと頭を上下させる。私は念の為、少年に全方位の魔法障壁をかける。
「これは!?」
少年が驚き、私に声をかけようとして止まる。
半円を描く様に私たちの周りを十人の黒装束が囲む。
「その少年を渡せ。もしくは殺せ」
「断ると言ったら?」
「死んでもらう……」
「お前がな!」
主がいつの間にか黒装束の横に立っており、ただのパンチで相手を吹き飛ばす。
きりもみしながら吹き飛んだ黒装束はピクリとも動きもしない。
「さて、誰の命令だ?素直に話せば命だけは助かるかもしれんぞ?」
助ける気なんてない癖に堂々とそう言い切る。
「やれ!」
「頭を使わん奴らだな」
「仕方ないわね」
…………
五分とかからずに黒装束を九人始末して、最初に殴り飛ばした男を近くの木に縛りあげる。
バッシャッ!!
私は水の魔法を使い、男の顔に水をかける。
「ごはっ!はぁ、はぁ!」
「ようやくお目覚め?」
黒装束の男が痛みに顔を歪ませながら、私を睨む。
ドスッ!
「がっ!?……」
縛られたままの男はもろに主の蹴りをくらう。
「お前に許されていることは答えることだけだ。それ以外の行為が許されると思うな。それ以外は罪だ」
男は恐怖の眼差しを主に向け腹を殴られる。
「ぐはっ……!」
「返事が聞こえないな。声が出せないなら頷くとか他に方法があるだろ?」
男はカクカクと頭を上下させる。
「次にその癪に触る動作をしたら問答無用で殴るぞ。ただし安心しろ、気絶しないように手加減はしてやる」
男は一度だけ頷く。
こうして始まった主の尋問に、少年はガクガクと震え上がり、焚き火がそばにあるというのに寒そうにしている。
「私は休むから何かわかったら教えて」
「ああ、夜は長い。寝ててもいいぞ」
主がそう言って黒装束の男が絶望し、また殴られる。
「お前に表情を変える許可を出した覚えはない」
どっちが悪者かわからないな。
私はそう思いながら空を見上げた。
今度は二つの星が空を流れた。
黒装束の男の言葉に少年は言葉を失う。
「誰だそいつら?」
男の口からは二人の男女の名が告げられた。男の目は座っており、もう抵抗すらしない。
「そいつの両親だ」
表情を変えずに男は主にそう答える。
そういう事か……
私は視線を少年に向けると、少年は自身を抱きしめガクガクと先程とは違う意味で震えさせる。
「お前はもう寝てろ」
木に縛り付けた男を気絶させ、主は焚き火の周りにドカッと胡座をかいて座る。
「まあ、こんな世の中じゃよくある話だ」
なんの慰めにもならない事を言って焚き火を見つめる。
「わかってたんだ。けど、わかりたくないじゃないか!」
少年は涙を流しそう叫んだ。私と主は黙って少年の話を聞いた。
「何度も襲撃されたさ。その度お前は気にするな。私の後継者としてどしっと構えていればいい。そう言っていたのに今回は俺が見てもわかるくらいに傭兵の質が落ちていた。死んでほしかったんだよ!俺がいない方が楽だったんだ……」
少年がそう叫んだ後、パチパチという焚き火の音と川の流れる音だけが響く。
「俺なんて生まれなければ良かったんだ……」
「はぁー。やめだやめだ。リーゼ行くぞ」
主は立ち上がりその場を離れようとする。私も立ち上がる。
「ど、どこに行くんだよ!街まで連れて行ってくれるんじゃなかったのか?」
少年が驚いた顔を私たちに向ける。
「生きることを諦めたんだろ?だったら俺たちが助ける必要はないだろ。良かったな。ここは外だ。ほっつき歩いてたら勝手に死ねる」
そんな……と少年は涙を流し蹲る。
私は二人のやり取りに呆れて空を見上げる。また星が流れた。今日はよく星が流れる日だ。
「お前はどうしたい?親の言うとおりに野垂れ死んでやるのか?それとも拾った命で復讐するのか?」
極端な二択だなと思ったが私は口を挟まない。
視線を少年に戻すと少年は主を睨んでいた。
「復讐……」
「ああ、そうだ。どうしてお前がここにいる?誰のせいだ?」
「……」
少年は黙って頷いた。そして決意の篭った瞳が焚き火を見つめる。
「なら、もう少し付き合ってやるよ」
主は再び焚き火の近くにドカッと座り少年の肩を軽く叩いた。
私は再び空を見上げる。
「さっきから何を見てるんだよ」
「星よ。物凄く流れてるわ」
私の言葉に二人は空を見上げる。
物凄い数の星が流れていた。
「ほぉ、珍しいな」
「綺麗だ……」
星の流れは一時間ほど続いた。
「やっぱり復讐はやめるよ」
唐突に少年はそう口にした。
「なら、野垂れ死ぬのか?」
「そうだな。服はそこにあるし、馬車の周りに置いていけばいいだろ。俺はあそこで死んだんだ。」
少年は焚き火を見つめながら答える。
「金は払えない。けど次の街じゃないどこか俺の知らない街まで連れて行ってくれ。無理を言っているのはわかってるけど……お願いします」
頭を下げた少年に主は頭を掻いて私を見る。
私が決めていいのね。なら。
「いいわよ」
私はそう答える。
あれから何ヶ所かの街を三人で移動して数ヶ月が過ぎていた。少年はすっかり新人傭兵といった風体で言葉遣いも主に似てきていた。
私たちはこの街での用事を済ませ、この街に残る少年と別れの挨拶を街の入り口でしていた。
「すまなかったな。これまで世話になった」
「気にすんな。俺とお前の仲だろ」
「ああ」
すっかり意気投合していた二人は手を繋ぎ、お互いの健闘を称える。
「リーゼさんもありがとう」
「私は何もしてないわ」
私の言葉通り私は動向を許可しただけで特に協力はしていない。一重に少年が努力した結果だ。
「いえ、あの時空を見ていなかったら俺は感情に任せて復讐をしてたと思う」
「そんな事で?」
「そんな事でさ。昔あの時みたいに空に星が流れた夜に父さんと母さんとで空を見上げたことがあったんだ。俺が綺麗だねって言ったら二人とも幸せそうに笑ってた」
少年は少年らしい笑顔を私たちに見せる。
「あの時の幸せな気持ちは嘘じゃないと思うんだ。だから俺がいなくなって幸せならそれでいい。だけど」
「素直に死んでやる気もない。だろ?」
「ああ、だから二人には本当に感謝してる。ありがとう」
その二人とは私たちのことなのだろうか。
「じゃあ、行くぞ。また縁が合えば会えるだろ」
「ああ、その時は二人の子どもに会わせてくれ」
私と主は目を丸くする。それは物理的にもあり得ない。
「馬鹿言わないで」
私はそう言って踵を返し街を出て行く。
「だそうだ」
主はそう言って私に続いた。
その後、時が流れ、星が流れる日にふとその時の事と、再開することのなかった少年を思い出す。
あの少年はあの時代を幸せに生きたのだろうか?
「リーゼ。行くわよ」
私は新しい主に声をかけられ空を見上げるのをやめる。
少年の笑顔を思い出し私も微笑む。
「待って。今行くわ」




