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第20章 関西への旅で清算できた人生

大阪に寄って、ユニバーサル・スタジオにも行きたかった。大阪で鏡子はホテルを取った。純子は一泊だけ実家に泊まるというので南海線の堺東駅で降りた。鏡子も大阪出身だったが、豊中市の実家はもうない。父が死んで、母が数年前再婚。実家は売って、お墓も永代供養にして処分してしまったからだ。母の住んでいる所も知らない。一度年賀状が来ていたが、住所も電話も登録しないまま捨ててしまったからだ。多分、これからも会うことなどない。相手の男とも二度と会いたくない。油ぎっていて、一番嫌いなタイプだった。母は、まだ50代だったから、それからの余生、誰かに頼りたくなったのかも知れない。父は自営業だったので、社会保険にも入っていなかったので、年金もない。母は父が亡くなってすぐは鏡子に「同居したい」と言って来ていたのだが、旦那の浮気に病んでいた当時の鏡子は受け入れる余裕がなかった。そして、忙しさにかまけて大阪に帰らなかった。父が死んで借金が発覚。相続放棄して住む所も無くなった母は、スーパーのアルバイトやヘルパーや、様々な仕事をして、市営住宅で暮らしていた。鏡子は毎月5万円の仕送りをしていた。子供でも出来たのなら、母と、これほど疎遠になることもなかったかも知れない。母が結婚すると報告があって、内心安心したものだ。しかし、結婚式もなく、ホテルで紹介されただけの母の連れ添いは、父とは呼びたくないほど、下品で見た目も太っていて年老いていた。女を家政婦くらいにしか見ていないような態度が気に入らなくて、つい喧嘩してしまった。母をみじめな女にしてしまったのは自分だとわかっていたけれど、許せなかった。生活のために、身売りしたかのようで。 「お母さんは疲れたのよ。親戚も頼る人もいないし、経済的にも不安定で。娘も相談に乗ってくれない。市営住宅での暮らしも、孤独でこのまま一人死んでも誰も気がつかないと思った瞬間、怖くなって再婚を考えた。婚活パーティで見初められて、見た目ほど悪い人じゃないのよ。もう80代だし、ヘルパーの資格は持っているから老後の世話さえしてあげたらいいんだと思うと、財産はあるし、あんたにも老後の苦労はかけなくて済むとおもってね」と言っていた。そう、結婚と同時に母から縁を切られたのだと思った。元々、19歳で上京し、専門学校を出て、今の会社に入ってからは実家に帰ることもなかった。結婚式に両親が来てから、父のお葬式まで何回実家に帰っただろう?「お正月くらい帰って来たら?」と言われても、ハワイやスキーや旅行に行っていて、帰ることは無かった。父が亡くなって確か7回忌が終わってすぐ母は結婚したと思う。今年は父の13回忌ではなかったか?夫婦仲が悪いのも、子供が出来ないのも、癌になったのも、こうして祖先をないがしろにし、親孝行もしないからバチが当たったのかも知れない。今母は何歳?幸せに暮らしているのだろうか?好きで結婚したって、3年もすれば愛は消える。好きな相手ではなくても、一緒に暮らしていれば情が湧いて、仲良く暮らしているかも知れない。会った時の印象は悪かったけれど、娘は父親以外は受け入れないのかも。化粧が派手になって、女を感じて母に嫌悪を感じただけかも知れないと。偏狭で、母のことなど気にもしないで、自分のことばかり考えていたことを、今頃後悔したって始まらないのに。大阪のこの空気が、この匂いがこんなことを色々考えてしまうのだろうか?天涯孤独なのだと、考えると、父が亡くなった時の母の気持ちが初めてわかったような気がした。帰る所もない。昔の友人とも連絡を取っていないので、こんな時付き合ってももらえない。寂しい。早く純子に会いたい。思わず純子にメールする。「明日は、何時になる?」と。「今どこ?」と返信がすぐ来る。「梅田。もうすぐホテルに帰る予定」と返信する。「飲みに行こうか?ホテルどこ?部屋空いてるかな?」と。「ネットで調べてメールする。」「シングルまだ空いているみたい。」と。「じゃあ予約入れておいて。ロビーで30分後に行くから」と。何かあったのかわからないけれど、嬉しかった。食事も一人だと取る気にもなれず、ウロウロしていたから。すぐに、ホテルに帰ってシングルをツインに変えてもらった。まだ、チェックインしていなかったので、すぐに変更してくれた。部屋に入り「ツインに変更。1203号室だよ」とメールした。 純子も、久しぶりに帰ったら、長男夫婦が迷惑そうな顔をして、居心地が悪いので早々に引き上げて来たのだと言った。休暇は、あと3日。湯の里の水も3日分はある。明日はユニバーサル・スタジオにも行きたい。大阪グルメも、まだ食べていない。ネットで検索して、格安ホテルを取って、あれこれ旅の予定を作る。気の合う友達がいるだけで、旅は楽しい。朝一にユニバに行って、入場前から並んで、人気のアトラクションまでダッシュ。夏休みをずらして9月にしたので、それほど混んではいなかったが、外人観光客が多かった。 ミナミも心斎橋商店街も外国人観光客狙いのお店が圧倒的に多く、実際「ここは、日本なのか?」と疑いたくなるくらい、異国の言葉が、あちこちから聞こえて来る。アナウンスも英語、中国語、韓国語でどこでも流れている。観光地なんて、もう何年も行ってなかったので気がつかなかった。テレビではインバウンドとか中国人の爆買いなどと聞いてはいたが、ホテルでも飲み屋でも、高級料亭でも、中国人が幅をきかせているのには閉口した。いつの間にか、日本は中国人に実質乗っ取られてしまうのではないかと恐怖すら感じた。 京都にも行った。嵐山や嵯峨を歩いて、若かりし頃の恋話で盛り上がる。京料理でも食べたいと思っていたが、有名な日本料理店は外人の予約でいっぱいだった。お品書きを見ても高くて、入る勇気が出ない。ネットで口コミ情報を駆使して、おばんざいのお店で飲んだり、1巻100円のお寿司屋を見つけて行ったら、ロケーションも良かったし、何を食べてもリーズナブルでおいしかった。有名店よりも、口コミ情報を駆使して行ったお店が良かった。これは、広告業界も、変わらなければならない筈だ。情報誌を買って旅をする時代は、とっくに終わっているのだから。スポンサーに喜んでもらえる仕組み作りをしなければならないと実感。「遊ばなければ、ダメ」とよく言われていたのに。会社に行くだけでは、新しい時代の風に気がつけないと。純子といると、遊んでいても仕事の話になるから面白い。「自分らしくなかった」と鏡子は、昔の希望に溢れていた20代の頃の、自分を思い出していた。「実は、離婚を考えているの」と鏡子が純子に健二のことを相談出来たのは、旅の最終日だった。ずっと浮気して家に帰って来ないこと。子供が出来ないワケ。酔いに任せて、全てを吐露したら、塞き止めていた醜い感情がドロドロと噴出。涙と共に、止める術がわからなかった。純子も、知らなかった上司との不倫をカミングアウトして、一緒に泣き笑い。 言うだけで、心はスッキリ冴え始め、話をしているうちに考えもまとまった。女が人に話をする時は、アドバイスや解決法を知りたい時もあるかも知れないが、ただただ言いたいだけのことの方が多い。女同士だと、ただただ話を聞いて一緒に怒って泣いてくれるだけで、実は気が済むものだ。鏡子も純子も互いの人生に口出すつもりもないし、非難する気もサラサラ無かった。 男性は、話を聞くと何か解決してあげないといけないと思いがちだが、ただただ聞いてもらってうっぷんを晴らす場合が一番多い。意見やアドバイス、いわんや「お前が悪い」なんて、叱咤されたら、相手のことを嫌いになる。男と女はわかり合えない。そもそも違う生き物なのだ。だから興味がある。でこぼこだからジグソーパズルのように、苦手なところを埋めてくれれば、助かる。だから、きっと求め合うのだと。違うから面白いのだと思えるようになったのは、吐き出すことが出来たから。人は支え合って人となるのだと。と酔っぱらいながら、2人は心ゆくまで話して、溶けて行く。心の中で、いつも刺さってキズつけて来た、トゲのようなものが癒やされていく。怒りも悲しみも、罪も罰も。他人には言えなかった、恥ずかしい部分も。誰にも知られたくなかった秘密は、実は誰かに知ってもらいたかった。鍵のかかった日記帳のように。本当の自分を、本当の気持ちを知ってもらいたい誰かを意識して書いている。全部受け止めて、知っていて、尚、愛してくれる、気にかけてくれる人を求めている。父や母でも出来ない。夫婦や恋人でも無理だ。ソウルメイトのようなもの。鏡子にとって純子が、まさにそうだった。癌という病気の共通点が気がつく契機となった。不幸が幸せを気付ける一番の特効薬のように。今一番寄り添い、理解してくれる友達。一番いい情報を運んでくれる、命の恩人。病気をしなかったら今も悶々として、前に進むことは出来なかった。事なかれ主義で逃げてばかりいた。「何かを手放さなければ、何も掴めない」という格言を知っているけれど、怖くて手を放す勇気など無かった。でも、死を意識した時、手を放す決断に迫られた。鏡子も、そして健二も。これからの人生を考える時、「明日死んでも後悔しない」と思える今を生きているのだろうか?と。癌は、すぐに死は訪れない。だから、死ぬまでの用意が出来る、理想的な病気だと言う人もいる。 癌は医者や誰かの言うがまま自分で情報を取り、果敢に挑まなければ、残念な結果しかないのだから。

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