第16章 がんがおしえてくれた友人や親たちの愛
昨日のお洋服のままで出社するわけにはいかなかった。帰ってシャワーか熱いお風呂にでも入りたい心境だった。誰とも親しくつきあっていなかった年月、こんなにも近くで癌に苦しんでいた同僚のことすら気がついていなかったなんて。何だか、とてもショックだった。純子は自分の変化に気付いてくれたのに。自分は?格好ばかり気にして、何年も臭いものに蓋をして、とうとう中から腐って癌になってしまった。決断の時が迫っている。癌のことを、まず家族に話さなければならない。税社にも、迷惑がかからないよう相談しなければならない。面倒なことばかりだが、避けて逃れられる事ではない。健二は嫌がるかも知れないけれど、手術する時だけでも立ち会ってもらわなければならない。その後、離婚してもいいし、そう長い命でもないようなら私が死んだら他の女性と一緒になればいい。悔しいけれど、今闘うのは愛人でも健二でもない。癌という病気になるまで、我慢して自分をないがしろにしていた孤独な魂をどうにか出来るのは自分しかない。怒りが、悲しみがエネルギーになるとは思いもよらなかった。
癌なんて、結構みんな経験し、乗り越えているのかも知れない。無関心だったが、姑も癌だと言っていた。両親の親戚も癌が多い。もしかしたら、自分も癌体質なのかも知れない。ネットで癌について色々調べてみる。代替医療も色々あるし、セカンドオピニオンに相談するのも良さそうだ。色々情報を取って、できるだけのことをするしかない。純子だって、今も癌の不安と闘っているに違いない。それでも、自分の体験を赤裸々に話して、自分を励ましてくれる。不思議だ。誰かに話せただけで、心はこんなに軽くなった。前向きになった。自分の中に封じ込めていた秘密の数々が涙と共に、流れたような。悲劇も笑い飛ばしてくれた。同じ立場を味わった人にしかできない芸当だ。純子は、一人でどれほど心細かったことだろう。親はさめざめとベッドの横で泣かれたと言っていた。結婚していないことを何度も愚痴られ、ネガティブなことばかり言われたのだという。
確かに、母親というものは、そういうものだ。昔、車で事故にあって病院に入院したことがあった。母は、やはりベッドの脇で泣いていた。「女の子なのに顔に傷が出来て、かわいそうに。結婚できへんかったらどうしよう」などと、言われ絶望的な気持ちになる。「ごめんなさい」としか言えない。一番悲しいし痛いのは私なのに。母親の悲しみに胸が痛んだ。その時、廊下で父の大きな声が聞こえてきた。「何?顔に傷が?ちょうどいい、ついでに目もちょっと大きくしてもらって、鼻も高くしてもらったらいい。最近の整形は腕がええらしいやん」と言っていた。「何言うてんねん。こんな非常時に」と怒りを覚えながら、そんな能天気な父に心は癒やされていた。大阪人は嫌なこと、辛い事、悲しい事は笑い飛ばす習性がある。父の洒脱な性格に我が家は随分助けられていた。貧乏も、不幸も。隣近所の夫婦喧嘩もブスな容貌も全て笑い飛ばして悪気がない。怒っている方が馬鹿みたいだった。そう、自分も大阪人なのだから。ぐじぐじ自分の人生を悔やんだり悲観しても仕方ない。純子みたいに笑い飛ばして、前に進もう。癌になったのも、きっと無駄ではない。何か意味




