第12章 突然のガンの宣告
沢山の不平不満も腹の底にしまい込んで、嫉妬や憎悪や殺意すら蓋をして上から大きな重しをして隠している筈だった。 なのに、パンドラの箱が開かれてしまった。そう、癌と宣告されて。「なぜ私ばかりが、こんな目に会わなければならないの?私が何をしたと言うの?色んなことを我慢して仕事に邁進してきたのに、この仕打ちは何故?」泣いて泣き疲れてお酒を浴びる程飲んでも眠れない日々が続いた。こうなってみると相談できる友人もいない。父親は鏡子が結婚して、すぐに亡くなった。母は数年前に再婚。それを契機に、付き合いが無くなった。自分が死んだら母は悲しむだろうか?知らせずにいたら、そのまま何年か事もなく毎日は過ぎて行くのでは?入院したら、手術をしなければいけなくなったら旦那の付き添いはいるのだろうか?癌だと知ったら離縁されるかも知れない。親族もいなければ、病院は受け入れてくれるのだろうか?仕事は?癌だとわかったら辞めなければならないのだろうか? 実際、進行して行ったら仕事どころではないだろう。「癌と闘う前に生活が出来なくなるのでは?」わからないことだらけで、死を目前にして今までの人生が走馬灯のように蘇ったり、泣きたくなったり。精神が先にやられたみたいで、鬱になって自殺を考えるようになった。苦しんで最後に酸素の管を入れられて、のたうち回りながら死ぬのなら、今まだ綺麗な時に命を絶つ方がいいような気がした。明らかに様子のおかしい鏡子に仕事のパートナーの永井純子が心配して聞いてきた。「どこか悪いんじゃない?」「ちょっと疲れているだけ」と無理に笑って見せたが涙が勝手に溢れてきた。 「今から飲みに行こうか?久しぶりに」と言ってハンカチを差し出す。そういえば、結婚してからめっきり付き合いが悪くなって、飲みに行かなくなった。純子も旦那に憧れていた女子のひとりだった。それを知っていたから気まずくなったのだ。昔のような優しい目をして肩に手をかけ、しゃくりあげる鏡子の背中をそっと撫でてくれる。久しぶりに人の優しさに触れた気がした。ずっと肩ひじ張って生きて来たのに気づく。幸せそうな鏡子に声をかけてくれる女友達はいない。軽い嫉妬と一緒にいるとコンプレックスで言葉を失う。面白くない。女性たちからは煙たがられ、男性からは遠慮され孤独だったと思い返すと、また涙が出て来る。「私の家で飲もうか?旦那さんには連絡しとこうか?」と言うので頷いた。「今日は仕事遅くなりそうなので、鏡子を借りるね。たぶん飲んで帰ると思うから、ご飯一人で適当にお願いしまーす。」と快活に報告してくれた。ぜんぜんかまわないと言っているようだ。当たり前だ。愛人宅で、よろしくやっているのだから。旦那が遠い存在になっているのを忘れてしまいそうな位、どうでもいい存在になっていることを、この時実感して心が冷めてきた。




