従順な娘〜落ち着く人
お見合いの当日、私は普段着で行った。
乗り気ではなかったから。
一回会うだけだから、と言い訳しながら。
ホテルのラウンジに入ると、同じような雰囲気の二人連れが、あちこちのテーブルに見えた。
同じような間合い、同じような背筋の伸ばし方。
そうか、みんな同じことをしているのか、と思った。
待ち合わせの場所に向かうと、向こうから声をかけてくれた。
「太田さんですか」
スーツだった。きっちりとした、ガチガチの正装。
私は自分の服を一瞬見た。
ちょっと買い物に出かけるぐらいの感じ。
相手が悪いわけではないのに、自分のしたことに恥ずかしくなった。
席に案内され向かい合って座ると、「緊張してます」と言った。
それから少し間を置いて、「すみません」と言った。
言葉が続いた。
以前の職場をストレスで辞めたこと。
公認会計士の資格があるので今は個人相談を受けながら自営でやっていること。
良い大学を出て大手に勤めていたのに、退職したとか、そういう話をするとお見合いの席で引かれること。
「だから、今日が終わったら、断ってもらって構いません。
もし紹介者に言いにくいのであれば、私から断ったことにしてもらっても良いです」
淡々と言った。
配慮というより、言わずにいられなかった、という感じだった。
私はお茶を一口飲んだ。
体を壊して会社を辞めた、というところで、少し前の自分と重なった。
だから次の言葉が見えた気がした。この人は、また断られると思っている。
だから先に言って安心した。そのことに、本人は気づいていない。
「せっかくお会いできたのでお話しましょう」と私は言った。
坂口さんが顔を上げた。
話を聞いた。辞めるまでのこと、辞めてからのこと。
坂口さんは最初、短く答えていた。
でも聞き続けると、少しずつ言葉が増えた。
「自営で、他に何かされてるんですか」
「鉄道関係の……まあ、趣味が高じたようなことも少し」
「趣味?」
坂口さんは少し迷った顔をしてから、「鉄道が好きで」と言った。
「仕事しかしていなかったので、今度は好きなことを徹底的にやろうと」そう言ってから、少しはにかんだように笑った。
話したそうだったが、抑えているのが分かった。
「話しすぎますか」
「いえ、聞きたいです」
そう言うと、坂口さんは少し驚いた顔をしてから話し始めた。
どこの景色が良いとか、乗り継ぎの妙味のこと。乗ってどこかにいくのが好きみたいだ。
話しながら、少しずつ声が大きくなった。
「すみません、また話しすぎました」
「いつもそうなんですか」
「よく、飽きられるんです。話しすぎて」
自嘲ではなかった。
ただ、そういうことがある、という顔だった。
可愛らしいと思った。
誰かをそんな風に見たのは、いつぶりだろうと思った。
気づいたら、私の方がよく話していた。
転職のこと、退院してからのこと。
前の会社でシステム部に一人でいたこと。言うつもりのなかったことまで、気づけば口から出ていた。
坂口さんはよく聞いていた。
うなずくだけではなく、「それって、どういうことですか」とか「僕も似たようなことが」とか、
聞いていないと出てこない言葉が来た。
「気を悪くしないで欲しいのですが」と前置きしてから質問することもあった。
分からないことを分からないと言う人だった。
何かを言っても、否定が来なかった。
ただ、そうなんですね、と言って、次を聞いてきた。
帰り際、「また会えますか」と言ったのは、私だった。
坂口さんが少し驚いた顔をした。
私も、自分が言うとは思っていなかった。
お互い、少し驚いた顔をしていたかもしれない。
電車の中で、今日のことを考えた。
アドバイスは何一つなかった。
ただ、聞いてもらえた。
それだけで、こんなに話せるのか。
それとも、あの「断っていい」という言葉が最初にあったから、力が抜けたのか。
どちらだろう。
思ったより長く過ごした。
すっかり外が暗くなっていた。




