従順な娘〜凍結される余裕
「来月沖縄行くんだ」
ランチに誘ってきたのは、同期の川島さんだった。
最近は一人で済ませることが多くなっていたけれど、その日はたまたまタイミングが合って、近くのパスタ屋に二人で入った。
「いいですね」
「有給五日取ってさ、彼氏とのんびりしようと思って。」
「友梨は最近どう? 全然ランチ来ないじゃない」
「ちょっと忙しくて」
「相変わらず残業してるの?えらいね」
えらいね、という言葉がどこかに引っかかった。
えらい、というのは褒め言葉のはずなのに、その言い方は少し違った。
えらいね、というより、大変だね、に近かった。
いや、もっと正確に言うと、私にはできないね、に近かった。
川島さんはパスタをフォークで巻きながら、沖縄のホテルがどこがいいとか、
シュノーケリングをやってみたいとか、楽しそうに話した。
私は聞きながら、自分の有給を思い出していた。
一日も使っていない。
使えない、という方が正確だ。
システム部には私一人しかいない。
私がいない間にトラブルが起きたら、誰も対応できない。
有給を申請したこともあったけれど、部長に「今の体制では難しい」と言われてそのままになっていた。
でも、と思う。
私がいないと、この会社のシステムは誰も守れない。
それは本当のことだ。
給料は上がった。
二十五歳でシステム部のトップ、それは誇っていいことのはずだ。
有給が取れないのは、それだけ私が必要とされているからだ。
そう思うと、川島さんの沖縄がどこか遠い話に聞こえた。
「友梨も旅行とか行けばいいのに」
「そうですね」
「彼氏いないの?」
「いないです」
「もったいない。友梨みたいに仕事できる子、絶対モテるのに」
絶対モテる、という言葉も、えらいね、と同じ場所に引っかかった。
ずるい、と思った。
思った瞬間に、打ち消した。
川島さんは悪くない。
有給を取るのは当たり前のことだ。
プライベートを充実させることも、彼氏と旅行に行くことも、何もおかしくない。
おかしいのは私の職場環境であって、川島さんには何の関係もない。
器が小さい、と思った。
そうやって打ち消すことに、私はずいぶん慣れていた。
昼休みが終わって、オフィスに戻りながら、私はふと考えた。
打ち消したのは何だったんだろう。
ずるい、という感情は打ち消した。
でもその下に何があったのか、私にはよく分からなかった。
羨ましい?それとも、悲しい?どちらも、しっくりこなかった。
もっと単純な何かだった気がした。でも名前が分からないまま、デスクに着いて、画面を開いた。
積み残しが三つ、待っていた。
その日の夜も残業をした。
二十一時を過ぎた頃、スマホに川島さんからメッセージが来た。
「今日のランチ楽しかった! また行こうね。沖縄のお土産買ってくるね」
私は「楽しかったです、ありがとう」と返した。
それは嘘ではなかった。
楽しかった部分は確かにある。
ただ、楽しかった、という気持ちと、さっきの打ち消した何かが、画面の中でうまく並ばなかった。
私は画面を伏せて、また仕事に戻った。
明日、人員を増やして欲しいと言おう。




