表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

従順な娘〜良い子な私

迷惑をかけたくない、とずっと思ってきた。

いつからそう思うようになったのか、もう分からない。

気づいた時にはそれが私の中心にあって、行動の前に必ずそれが来る。

これをしたら迷惑か。これを言ったら迷惑か。

でも、それができるから、感謝される、頼りにされる。私は評価されている。


友梨(ゆり)さん、このソフト、またエラーが出て」


「はい、すぐ行きます」


私はシステム部に一人でいる。


正確には一人になった、だ。


会社は過渡期にある。

社長が交代し効率よく結果に繋げるがスローガンになった。

その社長がスカウトした部長に変わった。

効率化の名の下、部署の人間が次々と異動になって、気づいたらシステム部には私だけが残っていた。

なぜ私が残されたのか、理由は分からない。


当然だけど、システム部のトップになった。

部下はいないけど、課長。

25という年齢を考えれば異例の出世だ、評価されたと思った。


営業の田中さんのデスクまで歩きながら、私は今日の積み残しを頭の中で数える。

サーバーのログ確認、セキュリティソフトの更新、部長から頼まれたマニュアルの続き。

定時まであと一時間半。どう考えても終わらない。


「あ、ここです。クリックしたら急に」


「少し見せてもらいますね」


田中さんのパソコンを覗き込む。


大したことはない。設定が一つ変わっているだけだ。三分もあれば直る。


「ありがとう、助かった! 友梨さんって本当に何でも知ってるよね」


「そんなことないです」


私は笑って自分のデスクに戻る。

褒められると、決まってこう返してしまう。否定するのが癖になっている。


定時を三十分過ぎた頃、スマホが震えた。

母だった。

出ないわけにはいかない。

出なければ「何かあったのかと心配した」という長いメッセージが来る。

それも迷惑をかけることになる気がして、私はいつも出る。


「もしもし」


「あ、出た。よかった。ねえ友梨、この前話してたお見合いの件なんだけど」


「……もう断ったじゃない」


「あなたのためを思って紹介してあげようとしてるのに、すごくいい人なのよ」


あなたのためを思って。


この言葉を聞くたびに、喉の奥に何かが詰まる。

飲み込もうとすると、また新しいものが来る。

反論する言葉が浮かびかけて、でも飲み込む。

反論したところで何も変わらないし、それより母を傷つけたくない。

そうなると後悔が止まらないことを知っている。


「今、仕事で評価されてて、もっと頑張りたいの」


「それはそうかもしれないけど、でも子供できるまででしょ」


「専業主婦にだって簡単になれるお相手よ」


「でも……」


「友梨のためだから言ってるのよ。分かってる?」


「分かってる」


電話を切って、私は画面を見つめる。

分かってる、と言ったけれど、何を分かっているのか、私自身よく分からない。


帰り際、エレベーターのところで宮本さんに会った。


「まだいたの? 遅くない?」


企画部の宮本誠司(みやもとせいじ)さん。私より三歳上で、入社も三年早い。


「ちょっと残業で」


「大変だね。一人だもんね、今」


「まあ、慣れました」


嘘だった。慣れていない。

ただ、慣れていないと言うのが迷惑な気がして、そう言えないだけだ。


「無理しないでよ」


エレベーターのドアが開いて、宮本さんは中に入りながらそう言った。心配してくれている、のだと思う。


私もドアの中に入る。


「……大丈夫です、慣れてるので」


さっきと同じ嘘を繰り返した。

宮本さんは何も言わなかった。ただ、正面のドアを見ながら少しだけ眉を寄せた。


怒ったのか、呆れたのか、それとも別の何かか。

私には分からなかった。分からないまま、一階のドアが開いた。


「お疲れ」


宮本さんは先に出た。私はしばらくエレベーターの中に立っていた。


無理しないで、という言葉は好きだ。

ただ、その言葉のあとに来る沈黙が、今日は少し違う重さを持っていた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ