表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/21

サイキック太郎

きっかけは、クラスの端っこで太郎がつぶやいたひとことだった。


「あのゲーム、好きなんだ」


直哉は思わず振り返った。


太郎が口にしたのは、流行りのタイトルじゃなかった。


ランキングにも出てこない、知る人ぞ知るやつだった。




「え、やってんの」


「やってる。面白いよね」


それだけで、話が止まらなくなった。




太郎の家に、よく行くようになった。


両親は仕事で帰りが遅い。


夜の八時、九時になることがほとんどだと、太郎はさらっと言った。


さらっと言った。


だから、引っかかった。




でも太郎は気にした様子もなく、「気にしないで上がって」と言うのだった。


玄関に並んでいる靴は、いつも二足しかなかった。


太郎のと、直哉の。


大人の靴は見当たらない。




太郎と遊んでいると、不思議と居心地がよかった。


コントローラーを握って熱中していると、ふと喉が渇く。


すると太郎が言う。


「お茶でいい?ジュースとかないんだ」


お腹が鳴りそうになると、太郎が先に言う。


「ごめんね、うちあんまり食べるもの置いてないんだ」


同じゲームを一時間やって、そろそろ飽きてきたかなと思うと、太郎が画面から目を離して言う。


「こっちやる?」


ゲーム中でも、太郎はチラチラ直哉の顔を見ていた。


何かを読んでいるというより、体に染みた癖みたいに。


最初は、気が合うのだと思っていた。




三ヶ月ほど経ったある日のことだった。


太郎がまた、先に言った。


直哉が何も言っていないのに。


「今週、あれ見に行く?」


隣の街の小さな店で、あのゲームのイベントがあるらしい。


直哉は行きたいと思っていた。


話題に出そうか迷っていた。


直哉は笑いながら言った。


「心読まないでよ」


冗談のつもりだった。




でも太郎は笑わなかった。


コントローラーを膝に置いて、少し間を置いてから言った。


「誰にも言わないでほしいんだけど」


冗談が引っ込む顔だった。




太郎の話はこうだった。


人の頭に浮かんでいることが、なんとなくわかる。


言葉じゃなく、イメージみたいなやつが。


映画みたいに、脳に直接声が届くとかじゃない。


もっとぼんやりした、輪郭のない感じ。


でも、慣れてくると当たりやすい。




「信じてないよな」と太郎は言った。


「正直、ちょっとね」と直哉は言った。


「でも、太郎が嘘つくとも思ってないよ」


太郎はうなずいた。怒らなかった。


「そうだよな」とだけ言った。


直哉は、太郎の目を見た。


いつもみたいに、チラチラではなく。


逃げない目だった。




「コツってあんの」


気づいたら、直哉は聞いていた。


太郎のコツはシンプルだった。


聞こうとしない。


言葉を待たない。


当てにいかない。


ただ、頭の中を静かにしている。




「聞くんじゃなくて、向こうから来るイメージを受け取る感じ」


「誰でもできるの」


「練習すれば、たぶん」


直哉は、もともと空気が読めるほうだ。


怒っているとか、不安だとか。


そういう輪郭のないものなら、言葉より先にわかることがあった。


太郎はそれを、もう少しだけ手前から拾っているように見えた。




最初の数日は、何も変わらなかった。


母親が台所で何かを言いかけてやめたときも、直哉には何も来なかった。


父親がテレビを見ながら鼻で笑ったときも、笑っているのか苛立っているのか、いつも通りわからなかった。




直哉は「全然できない、本当なの」と言いそうになって、言うのをやめた。


太郎は「できないって思った瞬間に、頭がうるさくなる」と言った。


「頭がうるさいって何」


「いま、直哉くんの中で、説明が始まってる」


それは確かにそうだった。


できない理由を並べて、先に終わらせようとする声があった。




太郎の家で、ゲームのロード画面を眺めながら、直哉はぽつりと言った。


「サイキック太郎」


「やめろよ」


太郎は笑った。


笑ってから、少しだけ真面目な顔になった。




「でもさ。これ、便利って思ったら、たぶんズレる」


「ズレる?」


「当てたいってなると、相手が見えなくなる」


直哉は、その言い方が妙に引っかかった。


便利と、相手が見えなくなる。


繋がらないはずなのに、繋がっている気がした。






イベントの日、二人は放課後に店へ向かった。


店の前は思ったより混んでいて、知らない人の声が近かった。


直哉は楽しいはずなのに、胸のあたりが少しだけ固くなった。


列の間で、体が落ち着かない。




太郎が直哉の横顔を見て、すぐに言った。


「外、出よっか」


「え、でも」


「人が多くて苦しいよね、無理することないよ」


太郎は当たり前みたいに言った。




直哉は「わかったの?」と言いかけて、飲み込んだ。


店を出ると、空気が急に広くなった。


直哉は自分の呼吸の浅さに気づいた。


「悪い」


「悪くない」


太郎はペットボトルを差し出した。


「ほら。飲め」


直哉は受け取って飲んだ。ぬるかったけど落ち着いた。




「なんでわかった」


太郎は少し考えてから言った。


「わかったっていうか。直哉くん、目が細くなってた」


「それ、テレパシーじゃなくね」


「そうかもね」


太郎は少し笑った。


直哉は、その笑い方が軽くないことに気づいた。


笑いながら、ちゃんとこっちを見ている。




その帰り道、直哉は試したくなった。


「じゃあさ。俺がいま何考えてるか当ててみて」


太郎は立ち止まって、直哉を見た。


「当てにいかないって言ったでしょ」


「冗談だって」


直哉は笑った。


けど、どこかで本気だった。




太郎は一拍置いてから言った。


「当てようとすると、自分の考えを押し付けるようになる気がする。そもそも本当にあってるかなんかわかんないから」


直哉は何も言えなかった。


言い返せる言葉はあった。


けど、言い返すと自分が軽くなる気がした。




それでも、少しずつ変わった。


言ってることが少しわかってきた。


ある日、二人でマンガを読んでいた時、カレーが頭に浮かんだ。


最初は自分が食べたいからだと思った。


なんとなく太郎に聞いてみた。


「今、カレーのこと考えた?」


自分の考えだと思ったものが太郎から来たのではと思った。


話している時、体が熱くなった。


「うん、今朝母さんがカレーにするって言ってたから」


「自分で考えたかと思った」


「たぶん、みんなそう思うんだよ。そう思うのが普通だよね」


直哉は、ふと思い出した。


父親が「あそこ、行こうか」とだけ言う。


それだけで母親が上着を取ってくる場面。


頼んでいない。説明もしていない。


ただ、そうなる。


長く一緒にいると、言葉になる前のものが届くようになるのかもしれない。


みんな、知らないだけで、やっているんじゃないかって。




ある日の昼休み。


窓の近くの席で、片桐さんが一人でいた。


笑っていた。スマホを見て、笑っていた。




でも直哉には、変な感じが残った。


画面をスクロールする親指が、同じところで何度も止まった。


直哉と太郎は顔を見合わせた。


「どう思った」太郎が聞いてきた。


「好きな芸能人が結婚とかしたかも」


「僕もそう思った」




でも確認できなかった、2人とも仲良くなかったから。


「ほら、あまり役に立たないだろ」




帰り道、直哉は太郎に聞いた。


「でも最近太郎の考えてることはなんとなくわかるよ」


「僕も、直哉がかわいい女の子だったらいいのに」


「気持ち悪いこと言うなよ」


太郎は少し笑った。




「心開いていない相手は、わかんないんだよな」


ある日、直哉は確認するように聞いた。


「うん。でも開いてないことはわかるよ。それでいいじゃん」


「そんな便利なものでもないじゃん」


「そうだよ」


太郎は笑った。


「別に人の心わかりたいわけじゃないし。」


直哉はその言葉を、頭で理解しようとしてやめた。


頭で掴むと、また騒がしくなる。




週末に太郎の家に泊まりに行った。




今日も飲み物を聞いてくる。


「何がいい?」


「……まだ言ってないだろ」


「顔に書いてある」


直哉は笑った。


たぶん違う。


顔じゃない。


時計を見た。


九時を過ぎていた。


太郎の親は、今日もまだ帰っていない。


太郎は、キッチンで湯を沸かしていた。


音が小さかった。やかんの湯気が、部屋の明かりに溶けていく。


直哉は、その背中を見ていた。


ひとりの時間に慣れた背中だった。


太郎が振り向いて、直哉を見た。


いつもみたいに、こっちを見ていた。




直哉はふと聞いた。


「太郎さ」


「ん?」


「俺の考えてること、今わかる?」


太郎は少しだけ考えた。


それから言った。


「わかんない」


「え」


「直哉くん、知られたくないでしょ」


直哉は何も言わなかった。


外では、誰かが笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ