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白いカラス  作者: シンドゥー


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判決廷

 白い剣と黒いダガーが激突した。


 甲高い音が、広場を満たしていた歓声を切り裂く。


 久夜が弾いた剣は、白い光の粒となって散った。


 だが、一本だけではない。


 法の女神の背後に並んだ無数の剣が、一斉に切っ先を傾ける。


「反逆者が武器を抜きました!」


 裁律社職員の声が響いた。


「公開裁定を中断! 傍聴者は誘導線に従って退避してください!」


 広場の石畳に、青白い光の線が走る。


 法の女神を囲んでいた民衆が動揺した。


「女神様は?」


「お一人で大丈夫なのか?」


「反逆者を捕まえろ!」


 退避を促されても、女神から目を離そうとしない者がいる。


 法の女神は、そんな人々へ優しく手を差し伸べた。


「皆さん、恐れないでください」


 戦いが始まった直後とは思えない、穏やかな声だった。


「正しく生きる皆さんを、法は決して見捨てません。ここは私に任せ、裁律社の指示に従ってください」


「女神様……」


「どうか御無事で!」


「法の加護を!」


 人々は口々に女神を讃えながら、職員の誘導に従って広場を離れていく。


 その声が増すたび、女神の背後の光が強くなった。


 最後に与えられた賞賛を、すべて自分の内側へ取り込むように。


「逃がすな!」


 一人の男が、久夜たちを指さして叫んだ。


「そいつらは罪人だ!」


 法の女神は男へ微笑みかける。


「安心してください」


 柔らかな声だった。


「罪人には、必ず相応の裁きを与えます」


 男は安堵したように頭を下げ、広場の外へ消えていった。


 大門が閉じられる。


 無数の足音が遠ざかっていく。


 やがて、白い広場から民衆の姿が完全に消えた。


 残されたのは、久夜たちと裁律社職員。


 そして、法の女神。


 彼女を包んでいた光が、僅かに弱まる。


 砕耀はそれを見逃さなかった。


「やっぱり、見物人がいなくなると力が落ちるらしいな」


「何のことでしょう」


 法の女神は、まだ微笑んでいた。


「とぼけんな。あいつらがお前を信じるたび、出力が上がってただろ」


「法が信じられるほど、その権威が強くなる。何も不思議なことではありません」


「お前を信じることと、法を信じることを勝手に同じにしてるだけだ」


 女神は砕耀を見た。


 民衆がいなくなったからか、その目から柔らかさが薄れていた。


「言葉を選びなさい」


「誰に向かって?」


「法にです」


「目の前にいるのは、お前だろ」


 砕耀が大剣を構えた。


 女神の笑みが僅かに固まる。


 だが、彼女は砕耀へ攻撃を向けなかった。


 視線が久夜たちの間を巡り、やがて一人の女で止まる。


「月代落葉」


 落葉の補助具が低い音を発した。


「空衡社の第一鍵。かつて、命令に従って多くの人間を運び、戦い、地へ伏せさせた女」


 空中に文字が浮かぶ。


『空衡社軍事行動への加担』


『重力兵装の使用』


『裁定対象者の移送』


『多数の戦闘行為』


『要職放棄』


『反逆者支援』


 文字が落葉の頭上へ集まっていく。


 久夜が落葉の前へ出た。


「落葉に何をするつもりだ」


「一人ずつ、正しく見て差し上げるだけです」


「だったら俺からにしろ」


「順序を決めるのは、裁定者です」


 女神は杖を掲げた。


「それとも、彼女は一人では何もできないのですか?」


 落葉が久夜の横を通り過ぎる。


「落葉」


「私が行きます」


「行くな」


「すでに指名されています」


「だから何だ」


「逃げれば、あの方は私が罪を認めたと言うでしょう」


「言わせておけばいい」


 落葉は足を止めた。


「私は、かつて何も考えずに命令へ従いました」


 久夜へ背を向けたまま、静かに続ける。


「罪人だと言われた人を運びました。何をしたのかも、どこへ連れていかれるのかも確かめずに」


「それと今は関係ない」


「私にはあります」


 落葉は法の女神を見た。


「自分の過ちを認めることと、あの方へ従うことが同じではないと、私自身が示したい」


「身体が治ってない」


「承知しています」


「巫里から異理を使うなと言われてただろ」


「できる限り、と答えました」


「それは、使う奴の返事だ」


「はい」


 落葉は僅かに笑った。


「申し訳ありません」


 久夜が腕を掴もうとする。


 その前に、落葉は白い円の中へ足を踏み入れた。


 法の女神が杖を石畳へ突く。


「判決廷」


 白い光が噴き上がった。


 巨大な壁が落葉と女神の周囲を円形に囲む。


 法典の文字が何層にも重なり、天秤の紋章が回転する。


 久夜が踏み込む。


 だが、光の壁へ触れた瞬間、全身を強く弾かれた。


「くっ……!」


 久夜は石畳を滑り、ダガーを突き立てて止まる。


 砕耀が大剣を振るった。


 刃が白い壁へ衝突する。


 轟音。


 壁の表面を法典の文字が走り、砕耀の一撃を別の場所へ逃がしていく。


 亀裂すら入らない。


「外野は、静かに見ていなさい」


 壁の内側から女神が言った。


「裁定者と被告の間に、他者が口を挟む必要はありません」


「お前の言葉だけで進む裁定に、何の意味がある!」


 久夜がダガーを投げる。


 黒い刃が壁へ突き刺さる。


 一瞬だけ、白い文字の流れが乱れた。


 だが、刃は押し戻される。


 戻ってきたダガーを、久夜が掴んだ。


「落葉!」


 落葉は振り返らない。


 腰の左右へ手を伸ばし、二本の剣を抜いた。


 銀の刃が、白い光を映す。


 法の女神は嬉しそうに微笑んだ。


「始めましょう」


 落葉の罪状が、判決へ変わる。


「被告、月代落葉」


 女神の背後に光が集まる。


「あなたを有罪とします」


 剣。


 槍。


 鎖。


 断頭台の刃。


 天秤を模した盾。


 顔のない兵士。


 牙を剝く獣の幻影。


 法とは何の関係もない武器が、女神の背後へ次々に現れる。


 それらは実在していない。


 白い光によって作り出された幻影。


 だが、その刃に裂かれれば血が出る。


 その槍に貫かれれば、骨が砕ける。


「判決を執行します」


 三十を超える白い槍が放たれた。


 落葉は右足を引く。


 補助具が軋んだ。


 双剣を下げ、石畳へ重力を集中させる。


 落葉を中心に、空気が沈んだ。


 飛来していた槍が一斉に高度を失う。


 白い穂先が石畳へ吸い寄せられ、落葉へ届く前に次々と突き刺さった。


 床が砕ける。


 その隙間から、顔のない兵士たちが迫った。


 一体目の剣を、落葉は左の刃で受け流す。


 身体を半歩だけ回す。


 右の剣が甲冑の隙間を走った。


 白い兵士の胴が上下に分かれ、光となって崩れる。


 二体目。


 三体目。


 左右から振り下ろされた刃へ重力がかかる。


 兵士たちの腕が急激に沈み、剣先が地面へ突き刺さった。


 落葉はその間を抜けた。


 一太刀で一体目の首を落とす。


 剣を返し、二体目の胸を斬り裂く。


 銀の軌跡が白い広場に交差した。


「綺麗ですね」


 女神は、自分へ迫る落葉を見ながら笑っていた。


「空衡社の鍵だった頃より、随分と人間らしくなりました」


「私は鍵ではありません」


「今は、でしょう?」


 女神の杖が動く。


 床へ刺さっていた槍が砕け、無数の白い刃へ変わった。


 四方から落葉へ殺到する。


 落葉は双剣を交差させた。


 自分の周囲に重力を落とす。


 白い刃の軌道が石畳へ引きずられた。


 大半が床へ叩きつけられる。


 だが、一本だけが重力の範囲を抜けた。


 落葉は首を傾ける。


 白い刃が頬をかすめた。


 一筋の血が流れる。


 それでも足を止めない。


 補助具の警告音が響く。


「身体が悲鳴を上げていますよ」


「聞こえています」


「ならば、なぜ止まらないのです?」


「止まる理由がないからです」


 落葉が床を踏み込む。


 女神の前へ、天秤を模した盾が現れた。


 落葉は盾を斬らない。


 盾の下部へ重力を集中させる。


 巨大な盾の端が石畳へ沈み込んだ。


 支えを失い、盾全体が傾く。


 生まれた僅かな隙間。


 落葉は身体を滑り込ませた。


 左の剣で杖を弾く。


 右の剣が女神の首へ迫る。


 女神が身を引いた。


 刃は首へ届かず、白い衣の肩口を裂く。


 金色の飾りが石畳へ落ちた。


 微かな血が、白い衣へ滲む。


 法の女神の笑顔が止まった。


 落葉は距離を取り、双剣を構え直す。


「あなたは、焦るのですね」


「何を言っているのです?」


「自分が傷つくことを、想像していなかった」


「罪人に触れられたことが、不快なだけです」


「それを焦りと言うのではありませんか」


 女神の瞳から、慈愛が消えた。


「口が過ぎます」


 巨大な断頭台の刃が、落葉の頭上へ現れた。


 刃が落ちる。


 落葉は横へ跳ぶ。


 補助具が反応に遅れた。


 落下した刃が双剣の片方をかすめ、落葉の身体を石畳へ叩きつける。


「っ……!」


 左肩から地面へ落ちる。


 すぐに立ち上がろうとするが、光の鎖が右脚へ絡みついた。


 補助具が強く締め上げられる。


 金属が軋む。


「そこが弱いのですね」


 女神が杖を握る。


 鎖が引かれた。


 補助具の支柱が一つ、弾け飛ぶ。


 落葉の膝が崩れた。


 そこへ顔のない兵士たちが殺到する。


 落葉は倒れたまま、片方の剣を石畳へ突き立てる。


 兵士たちの足元へ、重力を叩き込んだ。


 白い甲冑が地面へ押し潰される。


 石畳が陥没し、兵士たちは折り重なるように崩れた。


 落葉は残った剣で鎖を断ち切る。


 片膝をついたまま、激しく息を吐く。


「落葉!」


 結界の外で久夜が叫ぶ。


「もういい! 下がれ!」


「下がる場所がありません」


「なら動くな!」


「それでは、負けます」


「死ぬよりましだ!」


 落葉は答えなかった。


 法の女神が歩み寄ってくる。


「随分と心配されていますね」


「はい」


 落葉は素直に認めた。


「私には、勿体ないほどです」


「人を道具として扱ってきたあなたが?」


「はい」


「命令された相手を運び、その先で何が起きるのかも考えなかったあなたが?」


「はい」


「今さら、人に守られる価値があると?」


「それを決めるのは、私ではありません」


 落葉は剣を支えに立ち上がる。


「私は、自分が正しい人間だったとは思っていません」


「ならば、なぜ立つのです?」


「間違っていたからです」


 女神の笑みが僅かに揺れる。


「間違っていたから、これからは考え続ける」


「綺麗事です」


「そうかもしれません」


「過去は消えませんよ」


「消すつもりはありません」


「あなたが運んだ者は、あなたを許さない」


「はい」


「あなたが死んだところで、償いにはならない」


「だから、生きています」


 落葉は双剣を構えた。


「生きて、これ以上同じことをしないために」


「自分だけが変われたつもりですか」


「変われたとは言っていません」


「では何です?」


「変わろうとしているだけです」


 法の女神の顔から、笑みが消えた。


「それを正しいと思っているのでしょう?」


「いいえ」


 落葉は首を横に振る。


「正しいか分からないから、考えているのです」


「同じです」


「違います」


「同じだと言っているでしょう!」


 女神が杖を振り下ろした。


 背後の武器が一斉に放たれる。


 剣の雨。


 槍の群れ。


 光の獣。


 落葉は重力を展開する。


 剣が落ちる。


 槍が石畳へ引き込まれる。


 獣の身体が地面へ押し潰される。


 だが、数が多すぎる。


 重力を広げるほど、一つ一つにかかる力が弱くなる。


 一本の槍が防御を抜けた。


 落葉の左肩を貫く。


「――っ!」


 身体が大きく揺れる。


 続けて、光の獣が横腹へ爪を立てた。


 白い刃が肉を裂く。


 落葉は獣の頭部へ重力を集中させ、石畳へ叩き潰した。


 だが、右脚がもう支えきれない。


 補助具が砕ける。


 落葉は膝をついた。


 双剣の片方が手から離れ、白い床を滑っていく。


 女神は攻撃を止めた。


 落葉をすぐに殺すことはできた。


 剣を落とせばいい。


 槍を放てばいい。


 断頭台の刃を落とせば、すべて終わる。


 それでも、女神はそうしなかった。


 ゆっくりと、膝をついた落葉のもとへ歩いてくる。


「本当に惜しい」


 慈愛に満ちた笑顔へ戻っている。


「あと少しで、私へ届きそうだったのに」


 女神は杖の先を落葉の顎へ添えた。


「強くて、誇り高くて、それでも壊れかけている」


 落葉は女神を睨む。


「その目も、嫌いではありません」


 杖を持たない手が、落葉の頬へ触れようと伸びる。


 落葉は顔を逸らした。


 女神の指が止まる。


「まだ私を拒むのですね」


「当然です」


「なぜ?」


「あなたは、人を見ていない」


「私は、すべての者を見ています」


「自分を愛しているかどうかしか、見ていない」


 女神の指が僅かに震えた。


 落葉の周囲へ、白い鎖が這い始める。


 足首。


 腰。


 両腕。


 傷ついた肩。


 鎖は落葉を殺すためではなく、跪かせるために巻きついていく。


「あなたが私を愛し、私に従い、私の犬になるなら」


 女神は甘く囁いた。


「許してあげてもいいですよ」


 落葉は、ゆっくり顔を上げた。


 血が唇から落ちる。


 それでも、声は折れていなかった。


「私は」


 落葉は言った。


「もう、誰かの鍵にはなりません」


 女神の笑みが薄くなる。


「まして」


 落葉は鎖に締め上げられながら、残った剣を強く握った。


「あなたの犬にもなりません」


 静寂。


 法の女神の顔から、慈愛が剝がれ落ちた。


 そこに残ったのは、愛されることを拒絶された一人の女だった。


「そう」


 声が低くなる。


「では、死になさい」


 落葉の頭上へ、巨大な断頭台の刃が形成される。


 白い刃が、天井の見えない判決廷を埋め尽くすほど巨大化した。


「砕耀!」


 久夜が叫ぶ。


「分かってる!」


 砕耀は大剣を両手で握り、光の壁へ叩きつけた。


 轟音。


 壁全体が揺れる。


 しかし、法典の文字が衝撃を吸収し、亀裂を塞いでいく。


「一発じゃ足りねえ!」


 砕耀の胸で、宝珠の心が鳴る。


 低い駆動音。


 一度。


 二度。


 三度。


 心臓の鼓動に合わせて、身体の熱が上昇する。


 腕の血管が浮かび上がり、皮膚の一部が裂ける。


 裂けたそばから、肉が再生する。


「梟!」


「見てる」


 梟は銃口を壁へ向けた。


 法典の文字は、砕耀の一撃を受けるたびに一定の方向へ流れている。


 文字の流れが重なり、ほんの一瞬だけ停滞する場所。


「右上、天秤の下」


 銃声。


 一発目が白い文字の継ぎ目を撃つ。


 二発目。


 三発目。


 まったく同じ一点へ弾丸が集中する。


 壁の文字が乱れた。


「久夜」


 梟が叫ぶ。


「そこ」


 久夜はダガーを投げた。


 黒い刃が、梟の撃った一点へ突き刺さる。


 壁に弾かれる。


 久夜が指を動かす。


 戻るダガーを掴む。


 すぐに再び投げる。


 同じ場所へ。


 一度。


 二度。


 三度。


 黒い刃が往復するたび、白い文字の表面へ細い傷が刻まれていく。


 女神が結界の外を見た。


「無駄です」


 断頭台の刃が、ゆっくり落ち始める。


「その壁は、法の権威によって守られています」


「権威だろうが壁は壁だ!」


 久夜はダガーを投げ続ける。


 指の皮が裂ける。


 戻る刃を掴むたび、掌に血が滲む。


 それでも止めない。


「ラナ!」


「うん!」


 ラナが星嚢を開いた。


「落ちて!」


 結界の上空に、巨大な鉄杭が現れる。


 先端を下にして、白い壁の継ぎ目へ落下する。


 轟音。


 鉄杭は結界を貫けず、表面で停止した。


 だが、落下の衝撃が壁全体へ走る。


 文字の流れが大きく乱れた。


「もう一つ!」


 ラナが叫ぶ。


 今度は分厚い金属板が、鉄杭の上へ落下した。


 激突。


 鉄杭が僅かに壁へ食い込む。


「鈴木!」


「任せろ!」


 鈴木が助走をつける。


 拳を引く。


 金属板の中心へ、全体重を乗せた一撃を叩き込んだ。


 空気が破裂した。


 鉄杭がさらに深く沈む。


 白い文字がひび割れ、火花のような光を散らした。


「どけ!」


 砕耀が走る。


 宝珠の心が轟音を上げる。


 熱を帯びた大剣が赤く脈打つ。


 砕耀は地面を踏み砕き、その反動で跳んだ。


 鉄杭の後端へ、大剣を振り下ろす。


「判決中だか何だか知らねえが!」


 大剣と金属が激突する。


「仲間を勝手に裁いてんじゃねえ!」


 鉄杭が白い壁へ突き刺さった。


 結界が大きく歪む。


 円形の判決廷全体に、巨大な亀裂が走った。


 それでも、まだ壊れない。


 法典の文字が亀裂へ殺到し、壁を修復しようとする。


「久夜!」


 砕耀が叫ぶ。


 久夜は走った。


 壁へ刺さった鉄杭を足場に駆け上がる。


 白い文字が久夜の身体を押し返そうとする。


 腕が裂ける。


 頬が切れる。


 それでも止まらない。


 鉄杭の先端。


 亀裂の中心。


 久夜はダガーを両手で握った。


「お前の法で!」


 刃を亀裂へ突き刺す。


「俺たちの仲間を!」


 戻る力を発動する。


 ダガーが久夜の手元へ戻ろうとする力と、亀裂の奥へ食い込んだ刃が、白い壁を内側から引き裂いていく。


「勝手に終わらせるな!」


 久夜が刃を振り抜いた。


 白い壁が爆発した。


 法典の文字が、無数の破片となって空へ舞い上がる。


 天秤の紋章が中央から真っ二つに割れる。


 光の柱が次々に崩れ、判決廷全体へ連鎖するように破裂していく。


 衝撃波が広場を走った。


 久夜の身体が吹き飛ばされる。


 だが、空中で体勢を立て直し、崩れた壁の内側へ落ちる。


 同時に、断頭台の刃が落葉へ迫っていた。


「落葉!」


 久夜が手を伸ばす。


 間に合わない。


 巨大な白い刃が落ちる。


 その直前。


 砕耀が崩壊する壁を突き破った。


 全身を覆っていた白い文字を、再生する肉ごと引き裂きながら前へ出る。


 大剣を両手で掲げる。


「うおおおおおおッ!」


 断頭台の刃と大剣が正面から激突した。


 広場を揺らす轟音。


 砕耀の両腕が裂ける。


 骨が砕ける。


 血が周囲へ飛び散る。


 それでも、腕は即座に再生し、大剣を支え続ける。


「法の女神だか知らねえが!」


 砕耀は歯を食いしばる。


「人を殺したくなった時だけ法を名乗るんじゃねえ!」


 大剣を振り抜く。


 巨大な断頭台の刃が横へ弾かれた。


 白い刃は判決廷の柱へ激突し、柱ごと粉々に砕ける。


 久夜は落葉のもとへ滑り込んだ。


 彼女を縛っていた鎖へダガーを叩きつける。


 一本。


 二本。


 三本。


 鎖が切れ、落葉の身体が前へ崩れた。


 久夜が受け止める。


「遅くなった」


 落葉は荒い息を吐きながら、僅かに目を細めた。


「……少しだけです」


「少しじゃないだろ」


「ですが、来ると思っていました」


 久夜は落葉を支え、立ち上がる。


「巫里に怒られるぞ」


「はい」


「今度は庇わないからな」


「それは困ります」


 白い光の残骸が、雪のように降り注いでいた。


 法の女神は、その中心に立っていた。


 壊された判決廷。


 割れた天秤。


 裁定へ踏み込んできた久夜たち。


 彼女の顔には、隠しきれない怒りが浮かんでいる。


「……判決中ですよ」


 声が震えていた。


「外野が口を挟むなど、法への侮辱です」


 砕耀が大剣を肩へ担ぐ。


「壁壊されたくらいで怒んなよ、女神様」


「あなた方には、順序というものが分からないのですか」


「人を殺す前に、仲間が止めに入る。分かりやすい順序だろ」


 法の女神の背後に、無数の武器が再び現れる。


 先ほどまでとは比べものにならない数だった。


 剣。


 槍。


 鎖。


 斧。


 獣。


 兵士。


 断頭台。


 統一性のない武器が、白い空を覆い尽くしていく。


 久夜は落葉を後ろへ下がらせ、女神を睨んだ。


「人を守らない法なら」


 血に濡れたダガーを構える。


「壊してでも止める」


 法の女神は、ゆっくりと笑った。


 そこにはもう、慈愛の欠片も残っていなかった。


「では」


 杖を掲げる。


「全員まとめて、裁いて差し上げます」

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