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白いカラス  作者: シンドゥー


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13/15

街は道具箱

 街には、血管がある。


 道路。

 歩道。

 駅。

 配送車。

 受取ロッカー。

 地下搬送路。

 信号。

 階段。

 エレベーター。

 広告。

 人の流れ。


 地上の人々は、それを生活と呼んでいる。


 だが総流社から見れば、それらはすべて流通網だった。


 どこから荷が入り、どこへ運ばれ、どこで止まり、誰の手に届くのか。


 世界の血管。


 その一本一本を、総流社は握っている。


 そして、その血管の扱いにおいて、枯野万作より長く現場を見てきた者はいなかった。


   ◇


 旧総流支所で第三断片を奪われた翌朝、砕耀たちは地上の外れにある安宿の一室に集まっていた。


 窓の外には街が見える。


 通勤する人々。

 総流社の配送車。

 空に浮かぶ小型配送ドローン。

 識網社の広告端末。

 空衡社が調整した、人工的に澄んだ青空。


 そのどれもが、平和に見えた。


 だが、久夜にはもう違って見える。


 道路は道ではない。

 配送車は車ではない。

 広告は広告ではない。


 万具の翁が現れれば、そのすべてが武器になる。


「第三断片はまだ総流社本部に戻っていない」


 砕耀が端末を見ながら言った。


「どうして分かる?」


 鈴木が尋ねる。


「工馬が仕込んでた微弱信号が残ってる。万作に見つからないよう、本体じゃなく記録片の外装材に混ぜたやつだ」


 梟が少しだけ眉を動かす。


「それ、万作に読まれてる可能性は?」


「ある」


 砕耀は即答した。


「じゃあ罠じゃねえか」


 鈴木が言う。


「罠だろうな」


「何でそんな冷静なんだよ」


「罠だと分かってる罠は、まだ使える」


 久夜は壁にもたれて聞いていた。


「場所は?」


「地上第三区、白枝街」


 ラナが顔を上げる。


「白枝街?」


「地上でもかなり人が多い区域だ。駅、商業施設、総流社の中継ロッカー、薬局、食品倉庫、識網社の広告塔、空衡社の気候制御塔が全部近い」


 梟が低く言う。


「万作向きの場所」


「ああ。街そのものが道具箱だ」


 その時、砕耀の端末が短く震えた。


 発信者はない。


 文面だけが表示される。


『荷を追うな。流れを追え。最短経路を選ぶ者から道具にされる』


 久夜は画面を見て顔をしかめた。


「また慧悟か」


「だろうな」


「いちいちムカつく言い方しやがる」


「今回は正しい」


 砕耀は端末を閉じた。


「万作は俺たちを追わせるつもりだ。荷を見せて、走らせて、街の流れにぶつける」


 久夜はダガーを確かめた。


「だったら、流れごと斬ればいい」


「街ごとか?」


 梟が言った。


 久夜は黙った。


 それはできない。


 地上の街には、生活している人間がいる。


 総流社の兵だけではない。


 会社員、学生、親子、老人、店員、配達員、通行人。


 ここで暴れれば、巻き込む。


 万作はそれを分かっている。


 だから街を選んだ。


 久夜は舌打ちした。


「腹立つ爺さんだな」


「同感だ」


 砕耀は立ち上がる。


「だが、取られたままにはしねえ。第三断片を取り返す。無理なら、次の流れを掴む」


   ◇


 白枝街は、総流社の広告で溢れていた。


 配送ロッカーの壁面。

 駅前の大型ビジョン。

 商業施設の床面案内。

 街灯に吊るされた小型端末。


 その中に、偶愛の星チセラの広告も混じっている。


 新曲の告知。

 ゲーム配信の切り抜き。

 飲料とのコラボ。

 総流社の即日配送キャンペーン。


 ラナは一瞬だけ足を止めた。


 画面の中のチセラは、こちらへ笑っている。


『今日も、ちゃんとここにいるね』


 そんな声が聞こえた気がした。


 ラナは目を閉じる。


 違う。


 今、聞くべき声はそこじゃない。


 目を開けると、久夜が少し前で立ち止まっていた。


「大丈夫か」


「うん」


 ラナは頷いた。


「今日は見るだけにする」


「見ないんじゃないのか」


「見ないようにすると、余計見ちゃうから」


 久夜は少しだけ笑った。


「それでいいんじゃねえの」


 その時、梟の端末が震えた。


「信号を拾った。第三断片、駅前の総流ロッカー群に近い」


 砕耀が周囲を見る。


 駅前には無数のロッカーが並んでいた。


 一般客が荷物を受け取る。

 配達員が荷物を補充する。

 企業便が自動搬出される。

 小型ドローンが上空から降りてくる。


 どれも総流社の流れだ。


「久夜、走るな」


 砕耀が言う。


「分かってる」


 久夜は返した。


 しかし、次の瞬間、ロッカー群の一つが開いた。


 中から黒い小箱が搬送レーンへ滑り出す。


 工馬の微弱信号と一致。


 第三断片。


 久夜の身体が反射的に動きかけた。


 だが、足を止めた。


 最短経路。


 その言葉が頭に浮かんだ。


 箱へ一直線に走れば、人混みを突っ切ることになる。

 通行人にぶつかる。

 転倒が起きる。

 警備が反応する。

 総流社の監視に拾われる。


 久夜は一呼吸置いて、横へ動いた。


 最短ではない。


 だが、人の流れに逆らわない経路。


 梟が車椅子を滑らせる。


「上は取らない。反射で追う」


 駅前のガラス壁、広告板、配送車のサイドミラー。


 梟はそれらに映る箱の動きを見て、ルートを読む。


 ラナは天井を見ない。


 落とせるものを探すのではなく、落ちそうなものを探す。


 鈴木は拳を握りながらも、通行人の間に入って盾になる位置を取った。


 砕耀は端末を操作しながら低く言った。


「少しは学んだな」


「うるせえ」


 久夜は走りながら答える。


 黒い小箱は、搬送レーンから自動配送カートへ移された。


 カートは駅構内を抜け、商業施設側へ向かう。


 その直後、信号が変わった。


 横断歩道に人が溢れる。


 カートは人の流れに紛れた。


「見失う!」


 鈴木が叫ぶ。


「左だ」


 梟が即答した。


「見えてんのか?」


「ガラスに映った」


 久夜は左へ曲がる。


 その先に、杖の音が聞こえた。


 こつん。


 こつん。


 商業施設の入口付近。


 人混みの中に、枯野万作が立っていた。


 古い杖。

 小さな工具箱。

 穏やかな顔。


 まるで買い物に来た老人のように。


「来たのう」


 万作は言った。


「街は倉庫より難しいぞ。ここには荷だけでなく、人がある」


 久夜はダガーに手をかけた。


 だが抜かない。


 人が多すぎる。


 万作はそれを見て、少しだけ目を細めた。


「よい判断じゃ」


「褒められに来たんじゃねえ」


「知っとる」


 万作は杖で床を軽く叩いた。


 その瞬間、商業施設の床面案内が切り替わった。


 識網社の広告端末と総流社の配送案内が一瞬だけ同期する。


 人の流れが変わった。


 エレベーターが片側だけ止まり、階段へ人が集中する。


 セール広告が流れ、若者の群れが右へ動く。


 配送カートは、その流れに押されるように奥へ進んだ。


 久夜たちは追いたい。


 だが、人が壁になる。


「識網社の広告網まで使うのか」


 砕耀が低く言う。


「総流社は流通屋じゃ。情報もまた、人を運ぶ」


 万作は静かに答えた。


 梟が銃を抜く。


 だが構えた瞬間、前方の大型ビジョンにチセラの新曲広告が流れた。


 人々が一斉に足を止める。


 梟の射線が塞がる。


 鈴木が苛立つ。


「こいつ……偶愛の星の広告まで道具にしやがった!」


 万作は首を振る。


「広告を流したのはわしではない。街は勝手に動く。わしは、動く時間を知っていただけじゃ」


 久夜は万作へ向かって踏み込む。


 人と人の隙間を抜ける。


 速い。


 だが、万作は逃げない。


 杖の先で、近くの清掃ロボットの蓋を軽く叩く。


 清掃ロボットが誤作動し、水を噴いた。


 床が滑る。


 久夜は滑る直前に足首を捻り、壁を蹴って軌道を変えた。


 前回のようには転ばない。


 万作の目がわずかに動いた。


「ほう」


 久夜の刃が万作の袖を裂く。


 だが万作はすでに半歩下がっていた。


「学ぶのが早い」


「まだ終わってねえぞ」


「終わらせる気もない」


 万作は背を向けた。


 配送カートが商業施設の奥へ消える。


 久夜は追おうとする。


 だがその時、上階の看板が傾いた。


 固定金具が外れている。


 下には子どもがいた。


 ラナが真っ先に気づいた。


「危ない!」


 落ちる。


 だが、人に向けて落ちる。


 ラナは手を伸ばす。


 いつもなら、落とす。


 上から下へ。


 それしかできない。


 けれど今、落ちるものをただ落とせば、子どもに当たる。


 ラナは歯を食いしばった。


「そっちじゃない……!」


 看板が落下する。


 完全に止めることはできない。


 でも、落ちる途中で、ほんの少しだけ重心をずらす。


 看板は子どもの真横に落ち、床を砕いた。


 母親が悲鳴を上げ、子どもを抱き寄せる。


 ラナは息を荒げていた。


 指先が震える。


 梟が短く言った。


「よくやった」


 ラナは返事ができなかった。


 久夜は一瞬だけラナを見る。


 そして、万作の方へ視線を戻す。


 万作はその様子を見ていた。


 目を細める。


「落とすだけではなく、ずらしたか」


 ラナは万作を睨んだ。


「あなたがやったの?」


「金具を緩めたのは、わしではない」


「でも知ってた」


「知っておった」


 万作は認めた。


「街には、落ちるものが多い」


 ラナの表情が険しくなる。


「最低」


「そうじゃな」


 万作は否定しなかった。


「じゃが、気づけたなら次から救える」


 その言葉に、ラナは何も返せなかった。


   ◇


 第三断片を乗せた配送カートは、商業施設の地下搬送口へ向かっていた。


 地下へ入れば、総流社の専用搬送路に乗る。


 そうなれば追跡は難しくなる。


「地下へ落とされたら終わりだ」


 砕耀が言う。


「止める」


 久夜が走る。


 今度は最短ではない。


 人の流れを読み、壁を蹴り、手すりを使い、エスカレーターの横を抜ける。


 万作が仕掛けた小さな障害が次々に現れる。


 床の水。

 配送員のカート。

 突然開く非常扉。

 警備ロボットの進路。

 広告に反応して立ち止まる群衆。


 だが、久夜は全部を斬るのではなく、避ける。


 止まるところは止まる。

 遠回りするところは遠回りする。

 それでも速度は落ちない。


 久夜の速さは、一直線だけではない。


 曲がっても速い。


 万作はその後ろ姿を見て、初めて少し楽しそうに笑った。


「若いのう」


 砕耀は別ルートへ走った。


 地下搬送口の手前に回り込む。


 鈴木は警備ロボットを力で止める。


 ただ破壊はしない。


 壊せば警報が大きくなるからだ。


 梟は低い位置から、配送カートの車輪だけを狙う。


 銃声。


 弾丸は車輪を掠めた。


 だが直撃しない。


 直前で小型ドローンが降下し、弾道に入った。


 ドローンが落ちる。


 梟が舌打ちする。


「射線にドローンを入れてきた」


「見えてるのか、あの爺さん!」


 鈴木が叫ぶ。


「見えてるんじゃない」


 梟は次弾を装填する。


「流れを作ってる」


 ラナは息を整えながら、商業施設の天井を見た。


 落とせるものは多い。


 けれど、落とせば人が危ない。


 なら、落とすものを変える。


「落ちて」


 ラナは配送カートの上ではなく、その前方に吊るされた案内用の軽い布を落とした。


 布がふわりと落ち、カートのセンサーを覆う。


 カートが一瞬停止した。


「止まった!」


 鈴木が叫ぶ。


 久夜がその隙に距離を詰める。


 手が届く。


 カートの蓋へ指をかける。


 その瞬間、カートの側面が開き、中から別の小箱が弾き出された。


 黒い小箱。


 同じ外装。


 同じ信号。


「分裂!?」


 久夜が叫ぶ。


 小箱は三つ。


 一つは地下搬送口へ。

 一つは商業施設の外へ。

 一つは上階の配送ドローン発着場へ。


 梟が即座に言う。


「信号が全部同じ」


 砕耀が歯を食いしばる。


「デコイか」


 万作の声が、館内放送に混じって聞こえた。


『荷は一つとは限らん。流れは枝分かれするものじゃ』


 久夜は一瞬迷った。


 どれを追う。


 最短なら地下。

 見失えば終わりそうなのは空。

 外へ出た荷は街に紛れる。


 砕耀が叫ぶ。


「久夜、上だ!」


「何でだ!」


「地下は見せ札だ! 外は鈴木とラナ! 梟、地下を撃て!」


 久夜は考えない。


 砕耀を信じて、上へ走った。


 梟が地下へ向かう小箱の車輪を撃つ。


 小箱は止まり、中身が割れた。


 空だった。


「地下は外れ!」


 鈴木とラナは外へ出た小箱を追う。


 ラナが落とした軽い旗が、道路上のセンサーを誤作動させる。


 小箱の乗った配送カートが一時停止する。


 鈴木が飛びついて蓋を開ける。


 中には、古い荷札だけ。


「こっちも外れ!」


 久夜は上階へ駆け上がる。


 配送ドローン発着場。


 屋上に近い開けた場所。


 空衡社の気流制御で、上空には安定した風が流れている。


 黒い小箱が、ドローンへ積み込まれようとしていた。


 久夜はダガーを投げる。


 刃がドローンの固定具を切る。


 小箱が落ちる。


 久夜は走る。


 手を伸ばす。


 届く。


 その時、空から別のドローンが降りてきた。


 総流社の配送ドローンではない。


 識網社の広告投影ドローン。


 空中に巨大なチセラのホログラムが映る。


 人々が屋上広場の方へ振り向く。


 視線が集まる。


 久夜の姿が映り込む。


「ちっ……!」


 ここで暴れれば顔が残る。


 天理久夜の顔が、地上に流れる。


 久夜は一瞬だけ動きを変えた。


 顔を隠す。


 その半拍。


 万作はそこにいた。


 老人とは思えないほど静かに、ドローンの影から現れる。


 久夜の前で、小箱を杖の先に引っかける。


「半拍」


 万作が言う。


「地上では、その半拍が命取りじゃ」


 久夜のダガーが戻る。


 万作は小箱を抱え、背を低くする。


 戻る刃は万作の腕を浅く裂いた。


 血が散る。


 だが小箱は落ちない。


 久夜は踏み込む。


 万作はドローン発着場の端へ下がった。


 そこから先は空。


 落ちれば危険だ。


 しかし万作は迷わず後ろへ倒れた。


「なっ……!」


 久夜が手を伸ばす。


 万作の身体は落ちる。


 だが、下から空衡社の気流が吹き上がった。


 落下を緩める上昇気流。


 天界の空中都市を維持する技術の末端。


 万作はそれを読んでいた。


 下階の配送用足場へ、老人の身体が軽く着地する。


 小箱を抱えたまま。


 久夜は屋上の端で歯を食いしばる。


 万作が下から見上げた。


「街には、落ちる場所にも道具がある」


 久夜はすぐに追おうとした。


 だが、背後で警報が鳴る。


 広告ドローンが久夜の輪郭を拾いかけている。


 梟の通信が入る。


『久夜、引け。顔が残る』


「あと少しだ!」


『引け』


 砕耀の声だった。


『今は第三断片より、お前の顔が流れる方がまずい』


 久夜は拳を握る。


 目の前で、万作がまた歩き出す。


 こつん。


 こつん。


 届きそうで、届かない。


「くそっ!」


 久夜はダガーを戻し、身を翻した。


   ◇


 白枝街の追跡は、万作の勝ちだった。


 第三断片は奪い返せなかった。


 だが、何も得られなかったわけではない。


 安宿へ戻った砕耀は、端末を机に置いた。


「上の箱が本物だった」


「見りゃ分かる」


 久夜は苛立ったまま言った。


「違う。問題は、万作が本物を最後に空へ逃がしたことだ」


 梟が顔を上げる。


「空の配送路?」


「ああ。総流社の通常配送じゃない。空衡社の気流制御と識網社の広告ドローンを挟んでいた。つまり、総流社単独の保管じゃない」


 鈴木が腕を組む。


「他の十柱の網に乗せたってことか」


「そうだ。万作は第三断片を総流社本部に直接戻してない。複数社の流れに混ぜた」


 ラナが言う。


「それって悪いことじゃないの?」


「悪い。だが、同時に手掛かりでもある」


 砕耀は端末に、今日の追跡ルートを表示した。


 駅前ロッカー。

 商業施設。

 地下搬送口。

 広告ドローン。

 空衡社の気流制御点。

 そして、最後に万作が消えた足場。


 それらを線で結ぶ。


 線は、ある一点へ向かっていた。


 地上と天界を繋ぐ大型搬送塔。


 総流社の重要中継点。


「次の目的地が見えた」


 砕耀が言った。


「白枝搬送塔。総流社の血管の太い一本だ」


 久夜の目が鋭くなる。


「そこに第三断片が行くのか」


「可能性が高い」


「なら次はそこだな」


「ただの奪還じゃ終わらせない」


 砕耀の声が低くなる。


「万作は街を道具にした。なら、俺たちはあいつの流れを逆に使う」


 梟が静かに尋ねる。


「どうやって」


 砕耀は少し笑った。


「総流社の荷は、流れる。止めるより、流れ先を変えた方が早い」


 久夜はその言葉を聞いて、旧総流支所での万作を思い出した。


 道具は奪われても道具。


 流れは止めるより変える。


 それは、万作の戦い方に近かった。


 久夜は不機嫌そうに言う。


「爺さんの真似か」


「勝つためなら使う」


 砕耀は即答した。


「道具に善悪はない。使い方があるだけだ」


 その言葉に、久夜は少しだけ黙った。


 万作の台詞に似ている。


 だが、砕耀の声には腐った諦めではなく、まだ熱があった。


   ◇


 その頃、白枝街の外れ。


 枯野万作は古いベンチに腰を下ろしていた。


 腕の傷に布を巻く。


 久夜の戻る刃で裂かれた傷だ。


 浅い。


 だが、確かに届いていた。


 万作は小箱を膝の上に置いた。


 第三断片。


 総流社の役員たちは、これを守れば火が消えると思っている。


 馬鹿な話だ。


 火はもう別の場所にも移っている。


 これはもはや、荷ではなく餌だ。


 久夜たちを動かす餌。


 そして、総流社の血管のどこが腐っているかを照らす火でもある。


 万作は白枝搬送塔の方角を見た。


「さて」


 老人は小さく呟く。


「次は、血管の太いところじゃ」


 彼は立ち上がる。


 胸が少し痛む。


 再命社の薬の残りが身体に響いている。


 それでも、歩く。


 こつん。


 こつん。


 若者たちは追ってくる。


 怒り、迷い、学びながら。


 万作はそれを、少しだけ羨ましいと思った。


 そして、少しだけ楽しみにしていた。


「街はまだ、道具箱の底を見せとらんぞ」


 古い杖の音が、夜の街へ消えていった。

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