セレスティア本部
翌朝。
空はよく晴れていた。
昨日の出来事が嘘のように、街はいつも通りの朝を迎えている。
だが、剣也の中では何も終わっていない。
むしろ、始まったばかりだった。
「行くぞ、リア。」
「うん。」
二人は駅へ向かい、セレスティア本部へと向かった。
白羽市郊外。
人気の少ない区域に、その施設はあった。
外観はただの研究施設にしか見えない。無機質なコンクリートの建物。看板もない。
だが、内部へ入ると空気が変わる。
霊装センサーのゲート。
複数の警備ライン。
そして――
人の気配。
研究員、オペレーター、戦闘要員。
すべてが忙しなく動いている。
「……相変わらずだな。」
剣也が呟く。
「昨日の件で、稼働率が上がってる。」
リアが淡々と答えた。
受付を通過し、専用エリアへ。
奥の一室の扉を開ける。
そこにいたのは――
「遅えぞ。」
椅子に深く座り、足を組んでいる男。
天城暁だった。
机の上には、すでに複数のデータパネルが展開されている。
「一応、時間通りだろ。」
剣也が言い返す。
暁は肩をすくめた。
「俺基準だと遅え。」
軽口。
だがその目は、まったく笑っていない。
「で。」
剣也はテーブルに装置を置いた。
「これだ。」
暁の視線が、それに落ちる。
一瞬だけ、表情が固まる。
ほんの僅かな変化。
だが、剣也は見逃さなかった。
「……やっぱりな。」
暁が小さく呟く。
「知ってたのかよ。」
「似たもんはな。」
曖昧な返答。
だが、“初見ではない”のは確実だった。
暁は端末を操作し、装置をスキャンする。
数秒後、低く息を吐いた。
「間違いねえ。“観測装置”だ。」
「やっぱりか。」
「ただし――」
暁は指でパネルを弾く。
データが拡大される。
「これ、連合の規格じゃねえ。」
「じゃあ、どこのだよ。」
剣也が眉をひそめる。
暁は数秒だけ黙った。
その間に、思考を整理しているのが分かる。
やがて、口を開いた。
「“第三系統”だ。」
「第三……?」
「セレスティアでも、連合でもねえ。」
暁の声は低い。
「独自に霊装技術を発展させてる連中がいる。」
剣也の表情が変わる。
「そんなの、聞いたことねえぞ。」
「表に出てねえからな。」
当然のように言う。
「連合も完全には把握してねえ。だが――」
暁は装置を軽く叩いた。
「これは、その連中の“仕事”だ。」
部屋の空気が重くなる。
リアが静かに口を開く。
「目的は。」
暁は即答しなかった。
代わりに、別のデータを表示する。
白羽市のマップ。
複数のマーカー。
昨日、リアが見せたものとほぼ同じだ。
「観測点だ。」
「やっぱり複数あるか。」
「ああ。」
暁は頷く。
「しかも、ただの観測じゃねえ。」
一拍。
「“定着”の実験だ。」
剣也の目が鋭くなる。
「……やっぱりか。」
「昨日の領域も、その一部だろうな。」
暁は椅子から立ち上がる。
「問題はもう一つある。」
視線が、剣也とリアへ向く。
「お前ら、“ドール”見ただろ。」
剣也は短く答える。
「ああ。」
リアも頷く。
暁は一瞬だけ目を細めた。
「特徴は。」
剣也が答える。
「戦ってなかった。むしろ止めてた。」
「……だろうな。」
暁は小さく呟く。
その反応は、予想していたものだった。
「知ってるのか。」
剣也が問う。
暁は少しだけ迷うような間を置いた。
そして――
「可能性の話だ。」
そう前置きする。
「“未帰還ユニット”。」
リアの瞳がわずかに揺れる。
「第三系統のドールか。」
「ああ。」
暁は頷く。
「連中、ドールも使ってる。」
剣也は腕を組む。
「で、その“未帰還”ってのは?」
暁は視線を落とす。
ほんのわずかに、声が低くなる。
「制御を失った個体だ。」
「暴走か?」
「違う。」
即答だった。
「“切り離された”個体だ。」
剣也は黙る。
その言葉の意味を、噛みしめる。
暁は続ける。
「主人とのリンクが途切れたドールは、本来なら機能停止する。」
リアの方を見る。
「だが、例外がある。」
リアは静かに聞いている。
「高出力モデルや、特殊個体は――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「“残る”ことがある。」
部屋が静まり返る。
剣也が口を開く。
「つまり、あいつは――」
暁が小さく頷いた。
「半端に残ってる。」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
剣也は苦く笑う。
「厄介だな。」
「かなりな。」
暁も同意する。
「敵になるか、ならねえかも分からねえ。」
リアが静かに言う。
「観測装置に干渉していた。」
「ああ。」
暁は腕を組む。
「ってことは、連中の制御下じゃねえ可能性が高い。」
「じゃあ――」
剣也が言いかける。
暁が先に言った。
「放置する。」
「は?」
「今は手を出すな。」
その判断は即断だった。
「不用意に刺激するな。あれは“鍵”になる。」
「鍵?」
暁は視線を逸らさない。
「あの個体を追えば、第三系統に辿り着く可能性がある。」
剣也は少しだけ考え、
「……なるほどな。」
とだけ言った。
暁は軽く息を吐く。
「まずはこっちだ。」
マップを指す。
「残りの観測点、全部潰す。」
「やることはシンプルだな。」
「その方がいい。」
暁はいつもの調子に戻る。
「でかい話は後回しだ。まずは足元固める。」
剣也は小さく笑った。
「了解。」
リアも頷く。
「任務、受領。」
暁は二人を見て、
「……死ぬなよ。」
とだけ言った。
その言葉は軽いが、
重かった。




