残響
玄関の扉が閉まると、外の音が一段遠のいた。
剣也は靴を脱ぎながら、軽く肩を回す。
「……やっぱ、普通に疲れるな。」
リアはすぐに装置をテーブルへ置き、簡易スキャンを開始した。淡い光が箱状のそれをなぞる。
「外装の安定度、低下。エネルギー供給は遮断済み。」
「暴発は?」
「現時点ではリスク低。」
短い報告。無駄がない。
剣也はソファに腰を下ろし、装置を見やる。
「“観測装置”、ね。」
表面はわずかに波打っている。現実の物質というより、位相の合っていない何かが無理やり固定されているような感触。
「内部構造は?」
「解析中。……ただし、既存の霊装規格とは一致しない。」
「セレスティア製じゃないってことか。」
「はい。」
剣也は小さく息を吐いた。
「で、あのドールだ。」
リアの手が、わずかに止まる。
「未登録個体。識別信号なし。外部勢力の可能性が高い。」
「それは分かる。」
剣也は視線を落としたまま続ける。
「でも、“あれ”は違うだろ。」
リアは何も言わない。
沈黙が、わずかに長くなる。
「戦ってなかった。」
剣也の声は低い。
「むしろ、止めてた。」
リアはゆっくりと顔を上げる。
「干渉パターンは攻撃ではない。拘束、または制御に近い。」
「だよな。」
剣也は軽く笑う。
「敵でも味方でもない、って感じだ。」
リアは数秒だけ考え、答えた。
「……中間状態。」
その言い方は、どこか自分自身を指しているようでもあった。
剣也はそれ以上は踏み込まない。
代わりに話題を戻す。
「ログ、抜けるか?」
「試す。」
リアは装置に指先を触れ、霊装回路を接続する。
微細なノイズが空気を震わせる。
数秒後――
空中に、断片的なデータが浮かび上がった。
数値列。位相グラフ。断続的な音声。
『……観測点、維持。定着率――』
ノイズ。
『……ユニット応答……ロスト……』
途切れる。
剣也の眉がわずかに動く。
「今の、聞いたか。」
「はい。“ユニット応答ロスト”。」
「さっきのドールか?」
「可能性が高い。」
リアはさらに解析を進める。
画面の一部が拡大される。
そこには、座標に似た数値が並んでいた。
「位置データ?」
「観測点の記録。複数ある。」
「白羽市内か?」
「一致率が高い。」
剣也は小さく舌打ちした。
「じゃあ、まだあるってことか。」
「はい。未回収の装置が複数存在する可能性。」
短い結論。
だが重い。
剣也は天井を見上げる。
「面倒ごとが増えたな……」
リアは装置から手を離す。
投影が消える。
部屋に静けさが戻る。
「剣也。」
「ん?」
「さっきの個体について。」
リアはわずかに言葉を選ぶ。
「行動パターンが不完全だった。」
「不完全?」
「命令系統が途切れている可能性。」
剣也は目を細める。
「やっぱり“主人不在”か。」
リアは否定しない。
「その場合、自律行動に移行している可能性がある。」
「でも、暴走はしてない。」
「はい。」
そこが異質だった。
制御はない。だが、崩れてもいない。
剣也は小さく息を吐く。
「……妙に人間くさいな。」
リアの視線が、わずかに揺れる。
だが何も言わない。
剣也も、それ以上は触れなかった。
しばらくの沈黙。
外では、遠くの車の音がかすかに聞こえる。
日常は戻っている。
だが――
完全ではない。
「明日、本部だな。」
剣也が言う。
「うん。」
「これ、持ってくか。」
テーブルの装置を見る。
リアは短く頷いた。
「必要。」
剣也は立ち上がる。
「ついでに聞き出すか。連合がどこまで把握してるか。」
リアはそれに同意した。
だがその時――
わずかに、窓の外で影が揺れた。
ほんの一瞬。
見間違いのような動き。
剣也は気づかない。
リアも反応しない。
だが――
“それ”は、確かにそこにいた。
観測するように。
静かに。
距離を保ったまま。
そして、何もせずに消える。
通信端末が、短く震えた。
剣也は画面を確認する。
表示されていたのは、見慣れた名前だった。
「……暁か。」
通話を開く。
『おう、まだ起きてるな。』
いつも通りの、軽い声。
だがその奥に、わずかな緊張が混じっている。
「ちょうどいい。聞きたいことが――」
『ああ、分かってる。』
食い気味に遮られる。
『“見ただろ”。』
剣也の動きが止まる。
「……何を。」
一拍。
わざとらしいほど短い沈黙。
『とぼけんな。領域、観測装置、あと――“あれ”だ。』
剣也は無意識に、窓の方へ視線を向けた。
『こっちでもログは拾ってる。完全じゃねえがな。』
「じゃあ、あいつ何なんだよ。」
剣也の声は低い。
『さあな。』
あっさりした返答。
だが、それは「知らない」ではない。
「……知ってるな。」
少し間が空く。
『断片的にはな。だが今ここで全部話す気はねえ。』
「は?」
『来い。本部で話す。』
声のトーンが変わる。
軽さが消えた。
『それと、その装置。絶対に壊すな。持ってこい。』
「もう回収してる。」
『上出来だ。』
一拍置いて、暁は続ける。
『剣也。』
「なんだ。」
『今回のは、“霊災”の枠じゃねえ。』
その一言で、空気が変わる。
『人が絡んでる。しかも、かなり面倒な連中だ。』
剣也は黙ったまま聞いている。
『だからこそだ。』
暁の声は低い。
『勝手に突っ込むな。これは“戦争の入口”かもしれねえ。』
通話が切れる。
静寂が戻る。
剣也はしばらく動かなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……ほんと、めんどくせえな。」




