観測点α
夜。
白羽市・南西ブロック。
住宅と倉庫が混在する、人気の少ない区域。
街灯の光は弱く、影が濃い。
「ここだな。」
剣也が足を止める。
リアは即座に周囲をスキャンした。
「観測装置の反応、微弱に検出。地下方向。」
「地下かよ……面倒だな。」
目の前には、使われていない小規模な倉庫。
シャッターは半分下り、鍵は壊れている。
「いかにもって感じだな。」
「偽装の可能性は低い。放置施設。」
「じゃあ行くぞ。」
剣也はシャッターを押し上げる。
鈍い音が響く。
中は暗い。
埃の匂い。
古い機材が雑に積まれている。
だが――
「……あるな。」
空気が違う。
わずかに重い。
リアが奥を指す。
「床下に空間あり。」
剣也は床を軽く蹴る。
コン、と乾いた音。
「ビンゴ。」
近くの工具で板をこじ開ける。
下には簡易的な梯子。
地下へ続いている。
「行けるか?」
「問題ない。」
リアが先に降りる。
剣也も続いた。
地下は、思ったより広かった。
コンクリート打ちっぱなしの空間。
即席で作られたような配線。
そして中央に――
「……あったな。」
黒い箱。
昨日回収したものと同型。
だが、こちらはまだ稼働している。
低い振動音。
空気が微かに歪む。
「観測装置、稼働中。」
リアが即座に判断する。
「どうする?」
剣也は周囲を見渡す。
気配は――薄い。
だがゼロじゃない。
「さっさと抜く。長居はしない。」
「了解。」
リアが装置へ近づく。
その瞬間。
――空気が変わった。
「……来る。」
剣也が構える。
影が、床から滲み出る。
一体、二体、三体。
だが昨日より少ない。
「数は減ってるな。」
「代わりに密度が高い。」
リアが低く言う。
最初の一体が突っ込んでくる。
剣也が迎撃。
刃を叩き込む。
手応えは重い。
「やっぱ硬えな……!」
リアが横から切断。
一体消滅。
だが残りが距離を詰める。
「時間は?」
「二十秒。」
「十分。」
剣也は一体を引きつける。
「リア、やれ!」
「了解。」
リアが装置に手をかける。
同時に、出力を上げる。
光が広がる。
影が一瞬、揺らぐ。
「今だ――」
その時だった。
“それ”は、また現れた。
視界の端。
階段の影。
立っている。
あのドール。
動かない。
ただ、こちらを見ている。
「……っ。」
剣也の動きが一瞬だけ止まる。
敵の攻撃が迫る。
「剣也!」
リアの声。
反射で避ける。
間一髪。
「くそ……!」
だが、その一瞬で分かった。
――昨日と同じだ。
干渉してこない。
戦わない。
ただ、いる。
「……見てやがる。」
剣也が低く吐き捨てる。
リアは装置を引き抜く。
「回収完了。」
同時に、空間が揺らぐ。
「崩壊開始。」
「撤退だ!」
剣也は最後の一体を蹴り飛ばす。
階段へ向かう。
その途中、もう一度だけ視線を向ける。
ドールは――
いなかった。
最初から存在しなかったかのように。
地上へ戻る。
空気が軽い。
現実の感触。
剣也は息を吐く。
「……いたな。」
リアも頷く。
「同一個体の可能性が高い。」
「完全に尾けられてるな。」
「もしくは――」
リアは一瞬だけ間を置く。
「同じ対象を追っている。」
剣也は少しだけ笑う。
「そっちの方が面白えな。」
リアは何も言わない。
だが否定もしない。
剣也はポケットから端末を取り出す。
「暁に報告だな。」
送信。
短くまとめる。
・観測装置 回収
・定着個体 出現
・未帰還ドール 確認(非交戦)
数秒後、返信が来る。
『了解。次も同じだ。』
短い。
だが十分。
剣也は空を見上げる。
夜は静かだ。
だが、その奥で――
何かが動いている。
「……リア。」
「なに?」
「これ、全部繋がってるな。」
リアは静かに答える。
「はい。」
その声には、確信があった。
見えない線が、確実に存在している。
観測装置。
第三勢力。
未帰還ドール。
そして――この街。
「潰していくしかねえな。」
剣也が言う。
「順番に。」
リアは頷いた。
「はい。」
だがその瞬間。
遠くのビルの屋上。
ほんの一瞬だけ、
“それ”が立っていた。
風に髪が揺れる。
無言で、こちらを見下ろしている。
次の瞬間には、もういない。
観測者は、まだ離れない。




