観測点γ
夜。
白羽市・東部ブロック。
開発途中で止まった区画。
未完成のビル、剥き出しの鉄骨、誰もいない道路。
風が強い。
「……ここか。」
剣也が立ち止まる。
リアは周囲をスキャンした。
「観測装置の反応、確認。」
「地下?」
「いいえ。上層。」
リアが視線を上げる。
未完成の高層ビル。
骨組みだけが夜空に伸びている。
「高所かよ……」
「構造的に、結界形成には適している。」
「理にかなってるのが余計に嫌だな。」
剣也は軽く息を吐く。
「行くぞ。」
ビル内部。
足場は不安定。
コンクリートの床も一部しか完成していない。
足音がよく響く。
だが――
「……おかしい。」
剣也が言う。
「なに?」
「静かすぎる。」
リアも同意する。
「霊的反応、ほぼゼロ。」
「なのに装置はある、か。」
剣也は目を細める。
「嫌なパターンだな。」
階段を上る。
一段、一段。
違和感が強くなる。
空気が、妙に整いすぎている。
ノイズがない。
「……整えられてる。」
リアが呟く。
「領域形成の前段階ではなく、完成形に近い。」
「つまり――」
剣也が言いかけた、その時。
「ようこそ。」
声が響いた。
上から。
二人は同時に構える。
最上階。
そこに、“人影”が立っていた。
街の光を背にしたシルエット。
「……誰だ。」
剣也が低く問う。
その人物は、ゆっくりと前に出る。
若い男。
白衣のようなコート。
だが、研究者というより――
「観測者、って感じだな。」
剣也が吐き捨てる。
男は薄く笑った。
「近いね。」
リアが一歩前に出る。
「第三系統の人間。」
断定。
男は否定しなかった。
「そう呼ばれているらしい。」
曖昧な返答。
だが、それで十分だった。
剣也は構えを崩さない。
「観測装置、全部お前らのか。」
「一部はね。」
男は肩をすくめる。
「君たちが回収したのも、ちゃんとログに残ってる。」
「わざとかよ。」
「もちろん。」
その一言で、空気が変わる。
「誘い込んだのか。」
剣也が言う。
男は頷く。
「観測には、対象が必要だから。」
リアの瞳がわずかに光る。
「実験対象。」
「その通り。」
男はあっさり認めた。
「君たちは“適している”。特に――」
視線が、剣也へ向く。
「シーカー。」
剣也の表情が変わる。
「……気に入らねえな。」
「褒め言葉だよ。」
その瞬間。
空気が“閉じた”。
見えない壁が、空間を包む。
「領域展開、確認。」
リアが即座に反応する。
「外部遮断。完全封鎖。」
「やっぱ罠か。」
剣也は小さく笑う。
「いいね、その反応。」
男は満足そうに頷く。
「では――」
指を軽く鳴らす。
その瞬間。
“それ”が現れた。
これまでとは明らかに違う。
数は少ない。
だが、質が違う。
完全に“定着”している。
「……上位個体か。」
リアが低く言う。
「強いよ。」
男は軽く言った。
「ただし――」
一歩下がる。
「私は戦わない。」
「は?」
剣也が眉をひそめる。
男は微笑む。
「観るだけだ。」
その言葉と同時に、
影が動いた。
高速。
一瞬で距離を詰めてくる。
「チッ!」
剣也が受ける。
重い。
これまでの比じゃない。
「リア!」
「了解!」
リアが全出力に近い光刃を展開。
斬撃。
だが、完全には崩れない。
「再生速度が異常!」
「実験個体だからね。」
上から声。
男は、ただ見ている。
「どこまで対応できるか、興味がある。」
「ふざけんなよ……!」
剣也が踏み込む。
その時だった。
――“それ”が来た。
視界の端。
鉄骨の影。
あのドール。
だが今回は、距離が近い。
はっきり見える。
表情。
虚ろな瞳。
そして――
微かな“迷い”。
「……!」
剣也の動きが止まりかける。
その瞬間、影の一撃が迫る。
だが――
止まった。
完全に。
空間ごと凍りついたように。
「……またか。」
剣也が呟く。
ドールが、手をかざしている。
微弱な干渉。
だが確実に効いている。
男の表情が、初めて変わった。
「……面白い。」
小さく呟く。
観測対象の外からの介入。
想定外。
だが、排除はしない。
「続けて。」
まるで実験を延長するように言う。
ドールは動かない。
ただ、その場に立っている。
剣也はその隙を逃さない。
「リア!」
「はい!」
同時攻撃。
コアへ直撃。
爆散。
影が消える。
静寂。
領域が、揺らぐ。
男はそれを見て、小さく息を吐いた。
「十分だ。」
指を鳴らす。
領域が解除される。
風が戻る。
音が戻る。
現実。
「今日はここまでにしよう。」
男は踵を返す。
「待て!」
剣也が叫ぶ。
だが、男は止まらない。
「また会おう。」
振り返らずに言う。
「次は、もう少し深く観測する。」
そのまま、闇に消えた。
完全に。
痕跡も残さず。
剣也は舌打ちする。
「逃げやがった……」
リアはすぐに周囲を確認。
「敵反応消失。」
「……あいつは。」
剣也が振り返る。
ドールのいた場所。
だが――
もういない。
「……やっぱ消えるか。」
リアは静かに言う。
「接触を避けている。」
剣也は空を見上げる。
「確定だな。」
「はい。」
「しかも、向こうから来やがった。」
リアは頷く。
剣也は小さく笑う。
「面白くなってきた。」
その声には、わずかな高揚が混じっていた。
だが同時に、
確実に“戦いの段階”が変わったことも理解していた。
観測される側から――
対峙する側へ。




