残された被験体
ドン。
ドン。
ドン。
重い足音が地下施設全体を震わせる。
研究員たちは一斉に跪いていた。
誰一人として動かない。
まるで王の到来を待つ信徒のようだった。
暗闇の奥から現れた影は、
最初は人間に見えた。
だが近づくにつれ、その認識は崩れる。
身長は二メートルを超えている。
白衣を着ている。
だが身体の半分は黒い結晶に侵食されていた。
皮膚と装甲の中間のような異質な組織。
胸部には赤い光が脈動している。
そして何より。
顔だった。
人間の顔。
だが片側だけが崩れ、
白い仮面のような物質へ変質している。
剣也は直感した。
「……人間か。」
影は足を止める。
そしてゆっくり剣也を見る。
『人間。』
掠れた声。
『その定義は曖昧だ。』
リアが前へ出る。
「高濃度深層侵食体を確認。」
「警戒レベル最大。」
しかし。
相手は動かなかった。
ただ剣也を見ている。
まるで観察するように。
湊が苦々しく呟いた。
「No.7……。」
剣也が振り向く。
「知ってるのか。」
「知ってるも何も。」
湊の表情が歪む。
「第一次零番計画最後の被験体だ。」
空気が止まる。
「最後?」
「全員死んだと思われてた。」
湊の視線が相手へ向く。
「コイツだけは違う。」
「適合率が高すぎた。」
「だから死ねなかった。」
No.7は静かに笑った。
いや。
笑おうとした。
だが顔の半分が結晶化しているせいで、
酷く歪んだ表情になる。
『黒瀬。』
湊の肩が僅かに震える。
『生きていたか。』
「テメェもな。」
『違う。』
No.7が首を傾ける。
『私はとっくに死んでいる。』
その言葉と同時に、
地下施設全体が震えた。
天井。
壁。
床。
無数の白い目が浮かび上がる。
リアが即座に警告する。
「境界接触反応!」
「深層との接続が始まります!」
エレナなら間違いなく叫んでいる状況だった。
施設全体が巨大な装置へ変わり始めている。
No.7はルナを見る。
初めて感情らしいものを見せた。
懐かしむような。
寂しそうな。
そんな目だった。
『そのリング。』
『零番目の遺産か。』
ルナが一歩下がる。
リングが反応して淡く光る。
No.7は小さく頷いた。
『ならば理解できるはずだ。』
『向こう側は終わっていない。』
『むしろ今から始まる。』
その瞬間。
施設最深部から、
これまでとは比べ物にならない深層反応が発生した。
リアの瞳が大きく開く。
「反応確認。」
「未確認存在。」
「推定危険度──」
リアの演算が止まる。
初めてだった。
「……算出不能。」
剣也たちの背後で、
夕暮れの空がゆっくり白く染まり始めていた。




