跡地
夕暮れの屋上で、リアからの通信を受けた瞬間、剣也は駆け出した。
校舎の階段を一気に下りながらスマホを耳へ当てる。
「どういうことだ、リア」
『ルナの位置情報が消失しました。リング反応のみ追跡中です』
リアの声は普段通り冷静だったが、その奥にわずかな焦りが混じっていた。
『移動先は白羽市東部。旧研究施設跡地です』
剣也の表情が険しくなる。
その横で黒瀬湊も足を止めた。
「東部?」
嫌なものを思い出したように眉をひそめる。
「どうした」
「……いや、まさかな」
だが湊は首を振った。
「案内する。そこなら俺も知ってる」
三十分後。
セレスティアの車は白羽市東部へ向かっていた。
運転席では天城暁がハンドルを握りながら煙草を咥えている。
「転校初日にサボる高校生なんて初めて見たぞ」
「俺も初めてだ」
剣也が即答すると、後部座席の湊は窓の外を眺めたまま鼻で笑った。
リアは車内モニターへ地図を表示している。
『目的地まで残り二キロ』
『深層反応が継続上昇中』
モニター上の数値は異常だった。
通常霊災の数倍。
いや、それ以上。
暁が舌打ちする。
「またロクでもねぇ案件か」
「最初からそうだろ」
剣也が答えると、誰も否定しなかった。
やがて車は古びたフェンスの前で停止した。
目の前には巨大な研究施設が広がっている。
すでに廃墟と化した建物。
割れた窓。
崩れた外壁。
伸び放題の雑草。
それだけならただの廃墟だった。
だが建物全体を覆う白い霧が異様だった。
まるで施設そのものが呼吸しているかのように、霧が脈動している。
リアが警告を発する。
『深層反応を確認』
『非常に危険です』
暁が煙を吐く。
「帰りたくなってきたな」
「だったら帰れば?」
「保護者は大変なんだよ」
軽口を叩きながらも、その目は笑っていなかった。
その時だった。
フェンスの向こうに人影が現れる。
水色の髪。
白いパーカー。
小柄な少女。
ルナだった。
「ルナ!」
剣也が叫ぶ。
ルナはゆっくり振り返った。
だが様子がおかしい。
表情がない。
瞳に光がない。
まるで夢遊病患者のように立ち尽くしている。
「おい、ルナ!」
もう一度呼びかけても反応はない。
代わりにルナは静かに施設の奥を見た。
全員の視線がその先へ向く。
施設中央。
半壊した建物の地下へ続く巨大な扉が開いていた。
本来なら封鎖されているはずの場所。
その暗闇の奥から、冷たい空気が流れ出している。
そして。
何かがいる。
剣也は本能的にそう感じた。
人ではない。
妖でもない。
もっと古い何か。
カツ。
小さな足音が響いた。
続いてもう一つ。
カツ。
カツ。
カツ。
暗闇の中から人影が現れる。
白衣を着た男だった。
だが人間ではない。
皮膚は灰色に変色し、顔の半分は崩れ落ちている。
目だけが異様な白い光を放っていた。
その後ろから二人。
さらに五人。
十人。
二十人。
次々と現れる。
白衣姿の亡者たちが地下から湧き出してくる。
まるで研究施設そのものが死者を吐き出しているようだった。
暁が低く呟く。
「冗談だろ……」
リアも沈黙している。
剣也は霊装へ手を伸ばした。
だが隣の湊だけは違った。
その顔から血の気が消えていた。
普段の余裕も皮肉もない。
純粋な恐怖だった。
「あり得ねぇ……」
掠れた声が漏れる。
剣也が横を見る。
「知ってるのか」
湊は地下施設を見つめたまま答えた。
「第一次零番計画だ」
その言葉に空気が凍りつく。
「ここはその実験場だった」
湊は苦々しく唇を噛んだ。
「連中は研究員だよ」
地下から現れ続ける白衣の群れを見ながら、震えるように続ける。
「全員、二十年前に死んだはずのな」




