自我
地下研究区画が軋む。
天井。
壁。
床。
全てに黒い亀裂が走っていた。
巨大な白い目は、なおも空間の向こう側からこちらを覗いている。
『――理解不能』
低いノイズ。
空気が震える。
リアは一歩も引かなかった。
ルナの前に立ち続ける。
銀髪が赤色灯に照らされる。
『――なぜ保護する』
リアの瞳が静かに光る。
「必要だからです。」
『――非合理』
「それでもです。」
侵食体たちがざわめく。
黒いノイズが波打つ。
まるで“答え”を処理できていない。
剣也がその背中を見る。
リアは元々兵器だった。
任務のために動き、
効率を優先し、
敵を排除する存在。
だが今、
リアは“合理性”では動いていない。
ルナを守ろうとしている。
巨大な目が再び言う。
『――感情は誤差』
『――誤差は接続を阻害する』
リアは即答した。
「違います。」
空気が止まる。
「感情は、“選択”です。」
エレナが目を見開く。
暁も息を呑む。
リアは続ける。
「誰を守るか。」
「何を信じるか。」
「どう生きるか。」
「それを決めるために必要です。」
巨大な目が沈黙する。
その時だった。
ルナがゆっくり顔を上げる。
水色の髪が微かに揺れる。
その瞳からノイズが消え始めていた。
「……リア。」
リアが振り返る。
ルナは小さく呟く。
「わたし。」
「ここにいて、いいの。」
静かな声。
だが確かに震えている。
リアは迷わなかった。
「はい。」
「あなたは、ここにいていい。」
その瞬間。
ルナの周囲に広がっていた黒いノイズが、一気に霧散した。
巨大な目が揺れる。
初めて。
明確に。
『――位相変動』
『――零番目、自律化確認』
エレナの顔色が変わる。
「まずい!」
「ルナが自己確立を始めてる!」
剣也が眉をひそめる。
「何がまずい!」
暁が低く答える。
「接続型の器は、“自分”を持つと暴走する可能性がある。」
空気が張り詰める。
ルナが俯く。
「……わたし。」
「壊れるの。」
その瞬間。
巨大な目が再び開く。
『――回収優先度、最大』
侵食体全てが一斉に動いた。
黒い群れ。
四方八方から殺到。
剣也が霊装を展開。
「来るぞ!!」
リアが加速。
光刃を振るう。
エレナが射撃。
暁が結界展開装置を起動。
地下区画が戦場へ変わる。
だが。
その中心で。
ルナだけが動かなかった。
彼女は静かに、
自分の手を見ていた。
その指先に。
微かに、
黒いノイズが滲み始めていることに気づきながら。




