【外伝前章】汚染区域
地下研究区画に、警報音だけが響いていた。
赤色灯が断続的に明滅する。
その光が、全員の表情を不気味に照らしていた。
モニター上の白羽市マップ。
無数の赤点。
一つや二つではない。
市内全域。
住宅街。
駅前。
工業地帯。
山間部。
まるで街そのものが内部から汚染され始めているようだった。
「……多すぎる。」
剣也が低く呟く。
リアが高速で解析を続ける。
「通常霊災反応とはパターンが異なります。」
「個別発生ではなく、広域同期型。」
エレナが端末を操作する。
その顔色は悪い。
「侵食が始まってる。」
「これはもう“発生”じゃない。」
暁が眉をひそめる。
「……なんだってんだ。」
エレナはモニターを睨んだまま答えた。
「向こう側が、この街を座標固定し始めてる。」
沈黙。
剣也が聞き返す。
「座標固定?」
「簡単に言えば――」
エレナはゆっくり言葉を選ぶ。
「白羽市そのものを、“向こう側”へ引きずり込もうとしてる。」
空気が凍る。
ルナの瞳がわずかに揺れた。
「……街ごと。」
「ええ。」
エレナが頷く。
「境界侵食が一定値を超えると、現実との位置関係が反転する。」
「そうなると、もう戻せない。」
暁が舌打ちする。
「冗談じゃねぇぞ……。」
リアが新たなデータを表示する。
「侵食中心点を確認。」
モニターに一箇所だけ、濃く点滅する赤点。
白羽市中央区。
旧第六都市開発区画。
現在は封鎖されている廃棄エリア。
剣也が目を細める。
「ここ、なんだ。」
エレナの表情が変わる。
一瞬だけ。
明らかに。
暁が気づく。
「……知ってんのか。」
エレナは少し黙ってから答えた。
「旧エイドス研究施設跡地よ。」
空気が張り詰める。
ルナが反応した。
肩が小さく震える。
「……そこ。」
リアが見る。
「記憶反応を確認。」
ルナは頭を押さえる。
断片映像。
白い廊下。
赤い警告灯。
誰かの声。
冷たいガラス。
「……いた。」
剣也が静かに聞く。
「ルナ。」
ルナの声は小さい。
「私……あそこにいた。」
沈黙。
暁が低く言う。
「エイドスの本拠地か。」
エレナが頷く。
「正確には“捨てられた施設”。」
「十年前、事故で閉鎖された。」
剣也が眉をひそめる。
「事故?」
エレナは答えない。
代わりに。
モニターへ視線を向ける。
「でも今、内部から信号が出てる。」
その時。
突然。
施設全体の照明が一瞬落ちた。
ブラックアウト。
「ッ!?」
次の瞬間。
モニターが勝手に点灯する。
ノイズ。
黒い画面。
乱れた文字列。
そして。
映像が映る。
白い部屋。
誰もいない椅子。
大量のケーブル。
中央。
一人の女性。
白衣。
長い黒髪。
その顔を見た瞬間。
暁の表情が凍りついた。
「……真白姉。」
女はゆっくり顔を上げる。
だが。
目がない。
黒い空洞。
映像越しなのに、
“こちらを見た”。
『――接続確認』
ノイズ混じりの声。
ルナが硬直する。
『適合個体、生存確認』
『第零位相計画を再開します』
映像が途切れる。
沈黙。
誰もすぐに喋れなかった。
そして。
暁が静かに呟く。
「……最悪だ。」




