【外伝前章】侵食体
隔壁が軋む。
分厚い特殊合金が、まるで粘土みたいに歪んでいく。
黒い“手”は人間の形をしていた。
だが、
長い。
細すぎる。
関節の数も違う。
剣也が舌打ちする。
「……なんだよ、あれ。」
リアが即座に解析。
「既存霊災データベースと不一致。」
「霊体反応でも妖反応でもない。」
エレナが低く言う。
「侵食体。」
その単語。
空気がさらに重くなる。
「異界深層で確認されてる存在よ。」
「人類側では正式分類されてない。」
黒い腕がさらに伸びる。
隔壁の向こう側。
“何か”がいる。
暁が怒鳴る。
「全員下がれ!」
次の瞬間。
隔壁が内側から弾け飛んだ。
現れた。
“人型”。
だが人間ではない。
全身が黒いノイズで構成されている。
輪郭が安定しない。
顔も曖昧。
だが、
“目”だけがある。
白い。
無数に。
剣也が息を呑む。
「……ッ。」
それがゆっくり首を傾ける。
まるで観察するように。
そして。
喋った。
『――接続、確認』
ノイズ混じりの声。
複数の声が重なっている。
リアが前へ出る。
光刃展開。
「戦闘開始。」
侵食体が動く。
速い。
一瞬で距離を詰める。
剣也が反応する。
「リア!」
火花。
衝撃。
リアが正面で受け止める。
だが。
「……重い。」
リアが初めて押される。
床が砕ける。
侵食体の腕が変形。
刃のように伸びる。
リアが回避。
切断された壁が、遅れて崩落する。
剣也が霊装を展開。
横から斬り込む。
手応え。
ある。
だが浅い。
侵食体の傷口が、
“巻き戻る”。
「再生……!?」
エレナが叫ぶ。
「核を探して!」
「そいつらは構造維持点を壊さないと止まらない!」
侵食体が突然止まる。
そして、
ゆっくり。
ルナを見る。
『――識別』
ルナの身体が硬直する。
『――適合個体』
空気が変わる。
剣也が前へ出る。
「見るな。」
侵食体の顔が揺れる。
笑ったようにも見えた。
『――帰還対象』
その瞬間。
侵食体の周囲に黒いノイズが広がる。
空間そのものが侵食される。
リアが警告。
「局地結界形成!」
「ここが“向こう側”に引き込まれる!」
景色が変わる。
地下施設だった空間が、
白い霧に覆われる。
床が消える。
壁が崩れる。
上下感覚が歪む。
剣也が舌打ちする。
「チッ……また境界化かよ!」
エレナが低く言う。
「違う。」
彼女の目が鋭くなる。
「これは“接続”よ。」
侵食体がゆっくり歩き出す。
ルナへ向かって。
『――未帰還個体』
『――回収開始』
ルナの瞳が揺れる。
恐怖。
混乱。
そして、
どこか懐かしさ。
剣也が前へ出る。
霊装を構える。
「ルナには触らせねぇ。」
侵食体が首を傾ける。
『――理解不能』
剣也が笑う。
「そういうの、もう聞き飽きた。」




