境界の街
校門を出ると、夕暮れの光が街を包んでいた。
昼間の喧騒はすでに落ち着き、帰路につく生徒や仕事終わりの人々が、それぞれの速度で歩いている。どこにでもある日常の風景だった。
剣也はその中を、リアと並んで歩いていた。
「さっきのやつら、大丈夫かな。」
何気なくそう言うと、リアはわずかに間を置いて答えた。
「身体的損傷は軽微。生命に影響はないと推定。」
「そうか。」
剣也は短く答えた。
特に気にしている様子ではなかったが、完全に無関心というわけでもない。その距離感が、彼らしかった。
しばらく歩くと、住宅街に差し掛かる。
見慣れた道。見慣れた家並み。
だが――
「……リア。」
「うん。」
「なんか、静かすぎないか。」
リアも足を止め、周囲に意識を向ける。
子どもの声も、犬の鳴き声も、遠くの車の音も聞こえている。
だが、どこか遠い。
「音の反響が弱い。……空間密度の変化を検知。」
「またかよ……」
剣也は小さく息を吐いた。
こうした違和感は、霊災の前兆として何度も経験してきた。
だが今日は、質が違う。
「発生源が特定できない。」
リアが周囲を見渡しながら言う。
「一点ではなく、広域に分散している。」
「面で来てるってことか。」
リアは小さく頷いた。
剣也はポケットから端末を取り出した。
「暁に一応投げとくか。」
通信を繋ぐと、すぐに応答が返る。
『どうした、剣也。』
「今帰りなんだけど、この辺おかしい。」
『……どんな感じだ。』
「静かすぎる。霊的な圧が、薄く広がってる。」
数秒の沈黙。
その間に、キーを叩く音が微かに聞こえた。
『……こっちの観測でも似た反応が出てる。』
「マジか。」
『しかもお前のとこだけじゃねえ。白羽市の各所で同時に発生してる。』
剣也の表情がわずかに変わる。
「同時多発かよ……」
『ああ。ただし強度は低い。今のところ実体化の報告はなし。』
「前兆ってことか。」
『可能性は高いな。今日は深追いするな。異常があったらすぐ引け。』
「了解。」
通信を切る。
端末をポケットに戻しながら、剣也は空を見上げた。
夕焼けは沈みかけ、街は夜へ移行し始めている。
「……リア。」
「なに?」
「こういうの、前からあったか?」
リアはわずかに視線を落とした。
「類似現象はある。でも――」
一瞬、間が空く。
「規模が違う。この範囲で同時発生するのは稀。」
「ってことは、裏で何か動いてるな。」
剣也はそう言って、歩き出した。
リアもその隣に並ぶ。
街灯が一つ、また一つと点灯していく。
その光の下で、人々は変わらず日常を過ごしている。
誰も気づいていない。
この街が、“境界”に近づいていることに。
「ねえ、剣也。」
不意に、リアが口を開いた。
「もし、この街全体が霊災に巻き込まれたら……どうする?」
剣也は少しだけ考える素振りを見せてから、肩をすくめた。
「決まってるだろ。」
その声に迷いはない。
「全部叩き潰す。それだけだ。」
リアはその言葉を受けて、わずかに目を細めた。
「……了解。」
やがて二人は、自宅の前へと辿り着く。
見慣れた扉。
変わらない風景。
剣也はドアノブに手をかけた。
その時――
「……っ。」
ほんの一瞬、背後に違和感を覚えた。
振り返る。
だが、何もない。
静かな夜の住宅街が広がっているだけだった。
「どうしたの?」
リアが問いかける。
剣也はわずかに目を細め、首を振った。
「……いや、気のせいだ。」
そう言って扉を開ける。
その背後で、
街灯の影が、わずかに揺れた。
だが――
二人がそれに気づくことはなかった。




