日常の片隅
朝、剣也は目を覚まし、目の前に広がる穏やかな日差しに気づく。昨晩の戦闘から一夜明け、体は少し疲れているものの、心は案外落ち着いている。体を起こしてリビングへ向かうと、リアは既に起きていて、二人分の紅茶を淹れていた。彼女の銀髪が朝の光を受けて、ほんのりと輝いている。
「おはよう、剣也。」
リアは静かに言うと、微笑みながら剣也に目を向ける。彼女の笑顔には、どこか温かさがあり、戦闘の日々を過ごしてきた中でも、こうして一緒にいる時間がどれほど大切かを実感させてくれる。
「おはよう、リア。」
剣也は起き上がり、軽く伸びをした後、髪を整えながら返事をする。二人の朝は、戦いとは無縁の普通の一日の始まりだった。
「朝食、できてるよ。」
朝の光の中で、彼女の言葉には温かみがあった。剣也はその言葉を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべ、足早にキッチンへ向かう。
「いつも助かるよ。」
剣也は軽くリアにお礼を言うと、テーブルに並べられた朝食を見て感心した。リアはその献立も心を込めて作ってくれることが多い。今朝もシンプルながら栄養満点な料理が並んでいた。
「いただきます。」
剣也が手を合わせてから箸を取ると、リアも微笑みながら食事を始めた。静かな朝のひととき、戦闘の合間にこうした時間が流れることが、二人にとっては何よりも貴重な瞬間だ。
朝食を済ませた後、剣也は支度を整え、リアと一緒に家を出る。二人は同棲しているとはいえ、いつもはそれぞれが別々の時間に出発することが多かったが、今日は珍しく二人一緒に家を出ることになった。
「学校まで一緒に行けるなんて、なんだか久しぶりだな。」
剣也は歩きながら言った。リアは彼の言葉に軽く微笑み、少し歩調を合わせる。
「私は仕事がないから、今日はゆっくり歩いてもいいかなと思って。」
リアの言葉に、剣也はふっと笑った。彼女はいつも忙しくて、どこか余裕を持って過ごすことが少ない。だからこそ、こうして一緒にいる時間が貴重に感じるのだ。
「うん、いいよな。今日はゆっくり行こう。」
剣也は軽く頷きながら、歩みを進める。二人で並んで歩くのは、何気ないことだが、戦闘の日々を忘れられるような、安心した空間だった。
学校に到着すると、剣也はリアに軽く手を振って別れを告げた。彼女は少し立ち止まり、頷いて見送ってくれる。
「行ってらっしゃい、気をつけてね。」
剣也はその言葉に答えるように、少しだけ笑顔を見せてから教室へ向かう。リアがどんな気持ちで彼を見送っているのか、剣也は気になったが、今はまだその質問を口にするタイミングではないと感じた。
教室に入ると、クラスメイトたちが談笑している。田村が手を挙げて笑いかけてきた。
「おう、剣也!元気か?」
剣也は軽く手を挙げて返す。
「ああ、元気だよ。」
田村はクスクスと笑いながら、続けて言った。
「最近、ちょっと疲れてるみたいだけど、大丈夫か?」
剣也は少し肩をすくめて、冗談っぽく言う。
「心配するな、普通だよ。」
田村は不安そうな顔をしながらも、剣也の様子に安心したのか、笑顔を見せる。
「まあ、お前が無理してないならいいけどな。」
剣也はその言葉を受けて、少しだけ心の中で感謝の気持ちを抱く。自分を気にかけてくれる人がいることは、こうして普通の生活を送る中でありがたいことだと思った。
午前中の授業が終わると、休み時間の鐘が鳴り響く。クラスメイトたちは、すぐに教室を出て行く者もいれば、机に座ったままだらけている者もいる。剣也は机に向かい、黙々とノートに書き込みを続けていた。周囲のざわめきが耳に届いても、心の中では次の任務や戦いのことが思い浮かぶ。
「おい、剣也、もうすぐ昼だぞ。今日、昼メシどうする?」
隣の席から、クラスメイトの佐藤が声をかけてきた。彼は剣也のことをよく気にかけてくれる友人で、よく昼休みに一緒にご飯を食べることが多い。
「ん、ああ、別に決まってないけど、どうする?」
剣也は軽く答えながらも、心の中では「また今日も何かが起きるんじゃないか」と予感していた。しかし、それを感じるのは戦闘や任務が関わってくるからだ。普段の学校生活では、そんなことを考える必要はないはずだ。
「お前、ほんと無反応だな。」
佐藤が苦笑いをしながら言う。
「ま、いいや。俺、弁当作ってきたから、また一緒に食べようぜ。」
「ありがとう、じゃあ、それで。」
しばらくすると、隣の席の女子からも声がかかる。
「剣也くん、今日の数学の授業、難しかったよね? あの問題解けた?」
その女子、加藤は一見大人しそうに見えるが、勉強もスポーツも得意なタイプだ。剣也に質問をすることで、彼女のほうが少し気になる部分があるのだろう。
「うーん、ちょっとあの問題は難しかったけど、解法はわかるよ。」
剣也はそんな風に言いながら、実は心の中でその問題がどこかで見たことがあるような気がしていた。恐らく、霊災関連の資料か、何かの書類で目にした内容だろう。
加藤が少し悩んでいると、他の男子が加わる。
「加藤、お前も数学は苦手なんだな。」
「うるさい、私は普通にできるもん。」
クラス内でのこうしたやりとりは、剣也にとっては一瞬の息抜きになる。しかし、すぐにその静けさも破られ、再び彼の心は次の仕事に向けられる。
その後、授業が再開し、剣也は教科書に目を通しながらも、どうしても思考は戦いのことへと向かう。彼が所属する組織「セレスティア」の任務、霊災の発生、そしてそれらにどう立ち向かうかが、頭の中で回り続けている。
休み時間が終わり、次の授業が始まると、再び教室が静まり返る。剣也はノートを広げ、集中して授業に取り組みながらも、心の片隅で「今、何か大きな問題が起きるのではないか?」という感覚が消えなかった。それは、何度も繰り返してきた日常だが、毎回その感覚が強くなるように思えてならなかった。
そして放課後。
教室のチャイムが鳴り響き、ようやく授業が終了する。剣也はさっと立ち上がり、教科書をかばんに詰める。剣也が教室を出て、三階の廊下から下を見下ろすと、門の前でリアが待っていた。冷たい風が吹く中、彼女は静かに立っている。銀色の髪がわずかに揺れている様子が伺える。
剣也がリアの元へと向かうため目を離したその時だった。
丁度、校門で剣也を待っていたリアは突然声をかけられたのだ。
「おねーさんさぁ、俺らとちょっと遊びに行かね?」
振り返ると、そこに立っていたのは三年生の不良グループだった。リーダー格の不良が、何やら挑戦的な目つきでリアを見つめている。
リアが無言でその不良たちを見返すと、リーダー格の不良は少し嬉しそうに笑ったが、すぐに彼女の冷徹な視線を受け止め、あっさりとその表情が引き締まった。
「おい、何だよ、こいつ。」
リアが一歩前に出た瞬間、不良たちはその雰囲気に一気に圧倒され、リーダー格の不良が挑発的に声を上げた。
「何だよ、シカトかよ。ちょっとぐらい良いだろ。」
リーダーがリアの腕を掴もうとした瞬間、リアはそのまま一歩踏み込み、手を伸ばすと、胸元を掴んで一気に引き寄せた。彼は驚きながらも力を振り絞って抵抗しようとするが、リアの力は圧倒的だった。瞬く間に、不良は地面に叩きつけられ、立ち上がることもできずに呻いた。
他の不良たちは一瞬にしてその様子に硬直し、リーダー格の不良がやられているのを見て、恐怖心が広がった。気づいた一人が素早くリアの正体に気づき、口を震わせながらつぶやいた。
「ま、まさか…お前、ひぃっ...!ブ、ブランカーだ…!」
ブランカ―とは、対霊戦闘人形の蔑称で、魂を持たない空白であることを揶揄している。その言葉を聞いた他の不良たちは顔色を変え、何も言わずに一目散に逃げ出した。リアはその様子を見送ると、無言で立ち上がった。
そのタイミングで剣也が到着し、リアに近づいた。
「大丈夫か?」
剣也が尋ねると、リアは軽く頷いて、まるで何事もなかったかのように静かに歩き出した。
「うん、問題ないよ。」
「そうか、じゃあ行こうか。」
二人は再び歩き出し、静かな街並みの中、目的地へと向かう。セレスティアが担当するのは、白羽市全域であり、その範囲にある任務や依頼に対応している。霊災や怪異に関わる仕事が多く、地域全体に広がる問題を解決するために日々戦っている。
「セレスティアの管轄は広いけど、やることは山積みだな。」
剣也が呟くと、リアは静かに頷いた。




