影を裂く者
神島剣也は、助手席から窓の外をぼんやりと眺めていた。
車は郊外の閑静な道路を滑るように進み、静寂を埋めるのはエンジン音だけだ。
「剣也、次のポイントまであと五分くらいだよ。」
隣に座る銀髪の少女――半年前からの相棒、戦闘人形リアが穏やかに告げる。
外見は人間の少女そのものだが、内部には霊装技術を搭載した対霊戦闘兵器が潜んでいる。
「分かってる。けど……今日の空気、いつもと違う気がする。」
剣也は身体を起こし、窓の外を凝視した。景色は薄い霧に飲まれ始めている。
「確かに。霊的反応が強まってる。警戒して。」
リアの瞳がわずかに光を宿す。内蔵センサーが周囲の異常を解析する一方、剣也は苦笑して自分の掌を見つめた。
「こういうのに敏感なのには慣れたつもりなんだけどな。」
その力を自覚したのは十年前。霊災で家族を失ったときだった。以来、彼は霊的存在を感知する特異体質ゆえ、戦いに巻き込まれてきたのだ。
後部座席から声がかかる。運転席のハンドルを握る、豪快なおっさん――天城暁だ。
「剣也、覚えてるか? 昔、瓦礫の下で必死に生きようとしてたお前を助けた時のことを。」
剣也は目を伏せ、そして静かにうなずく。
「ああ……忘れられるわけないよ。」
「感謝なんていらねえ。その代わり――絶対死ぬんじゃねえぞ。今日の相手は、かなりヤバい。」
その言葉の直後、霧が一気に濃くなった。世界が不気味な静寂に包まれる。
「来たか……。」
道路の中央に黒い霧が集まり、やがて巨大な影が形を取り始めた。真紅の瞳が闇に浮かぶ。
「かなり大物だね。でも大丈夫。私がいる。」
リアは車を降り、冷静に構える。その瞳には揺るぎない意志が宿っていた。剣也も車を降り、影の妖を睨み据える。
「暁、敵の反応は?」
暁は端末を確認しながら眉をひそめた。
「霊波が異常だ。普通の妖じゃねえ……核みたいな反応がある。」
影の妖が咆哮を上げた。黒い腕が伸び、剣也とリアへ襲いかかる。
「っ……来るぞ!」
剣也はリアの腕を引き、地面を転がる。間一髪で直撃を避けた。
「剣也、助かった。」
「当たり前だ!」
再び体勢を立て直した二人の前で、妖は黒い霧を撒き散らし、無数の影を生み出していく。リアは光刃を展開して斬り払うが、影は瞬時に再生する。
「くそ……切りが無い!」
「攻撃が通らない……剣也、このままじゃ!」
暁の低い声が通信越しに響く。
「剣也! 胸部だ! 反応が集中してる!」
剣也は妖を睨み、赤黒く脈動する光を見つけた。
「……コアか!」
「はい、狙います!」
剣也は霊力を込めた刃で影の注意を引きつけ、リアは跳躍して敵の懐へ。光刃が淡く蒼白の輝きを放つ。
「……そこだ!」
二人の共鳴とともに放たれた一撃が妖の胸を貫いた。爆ぜるような衝撃波、黒霧は弾け、赤いコアが破裂する。断末魔の叫びを残し、妖は消滅した。
空を覆っていた霧は晴れ、茜色の空が広がる。夕陽が瓦礫の間を染め上げていた。
「やったな、リア。」
「はい。……また強くなったと思います。」
互いに息を整えながら、二人は静かに戦いの余韻を噛みしめた。
リアは微笑み、剣也はふっと笑った。夕焼けの空は、次の戦いの始まりを告げているようだった。




