【外伝前章】記憶断層
部屋の空気が止まった。
暁がゆっくり顔を上げる。
「……今、何て言った。」
ルナは窓の外を見たまま、小さく呟く。
「……向こう、知ってる。」
その声には確信が混じっていた。
リアが即座に反応する。
「記憶領域に異常反応。」
「ルナ、内部負荷が増加してる。」
ルナは反応しない。
視線がどこか遠い。
今ここではない場所を見ている。
エレナが静かに立ち上がった。
「無理に止めないで。」
低い声。
観察者の声だった。
「断片記憶が浮上してる。」
剣也がルナへ近づく。
「ルナ。」
呼びかける。
その瞬間。
ルナの身体が小さく震えた。
景色が“混ざる”。
白い空。
終わりの見えない構造体。
上下が存在しない都市。
静止した海。
空中を漂う黒い粒子。
そして、
大量の“人影”。
歩いている。
だが生きていない。
顔がない。
輪郭だけ。
ノイズみたいに崩れている。
ルナの呼吸が乱れる。
「……あ……」
剣也が肩を支える。
「おい!」
ルナの瞳が揺れる。
いつもの無機質な色ではない。
明確な“恐怖”。
「……いた。」
小さく。
震える声。
「……いっぱい。」
エレナの表情が変わる。
初めて。
明確に。
「その領域、どこで見たの。」
ルナは答えない。
断片が流れ込む。
巨大な塔。
赤い光。
無数のケーブル。
そして、
“声”。
『統合率、安定』
『位相接続、継続』
『個体番号――』
ノイズ。
聞き取れない。
だが。
最後だけ。
はっきり聞こえる。
『――ルナ、適合確認』
ルナの瞳が見開かれる。
「っ――!!」
暴走。
霊的干渉が一気に溢れる。
照明が割れる。
端末がノイズを吐く。
リアが即座に抑制フィールドを展開。
「剣也、離れて!」
だが剣也は離れない。
逆にルナの腕を掴む。
「ルナ!!」
その声。
ルナの視線が戻る。
呼吸。
ノイズ。
揺れる。
「……けん、や……」
剣也が強く言う。
「戻ってこい。」
数秒。
長い沈黙。
やがて。
干渉が止まる。
静寂。
ルナの身体から力が抜ける。
剣也が受け止める。
リアがすぐに状態確認。
「内部負荷、高。」
「ただし機能停止は回避。」
エレナは黙ったまま、割れたモニターを見ている。
その顔から余裕が消えていた。
暁が低く言う。
「……何かわかったか。」
エレナはすぐ答えなかった。
数秒後。
ようやく口を開く。
「ルナは、“向こう側”を見たんじゃない。」
視線がルナへ向く。
「“向こう側で作られてる”。」
空気が凍る。
剣也が眉をひそめる。
「……どういう意味だ。」
エレナがゆっくり言う。
「ドール技術は元々、人類側だけの技術じゃない。」
リアの瞳がわずかに揺れる。
「エイドスは、“向こう側”の構造を解析してドールを作った。」
「でも――」
一拍。
「逆もあり得る。」
誰も喋らない。
「向こう側が、“こちら”を真似している可能性。」
剣也が低く言う。
「……人間を?」
「ええ。」
エレナが頷く。
「霊災は侵略じゃないかもしれない。」
静かに。
だが重く。
「“接続”なのかもしれない。」




