回収作戦
夕方。
空はまだ明るい。
だが、本部の空気は張り詰めていた。
警告音は鳴っていない。
それでも、全員が分かっている。
「来るな。」
剣也が言う。
モニターには何も映っていない。
だが――
「外周センサー、断続的に途切れてる。」
篠崎綾音が言う。
「“見えてない”だけで、いる。」
リアが静かに補足する。
「ステルス干渉。位相ずらし。」
剣也は小さく舌打ちする。
「めんどくせえな。」
その時。
ルナが、ぽつりと呟く。
「……近い。」
全員の視線が向く。
水色の髪が、わずかに揺れる。
「……複数。」
次の瞬間。
照明が一瞬だけ落ちる。
そして――
“侵入”。
廊下。
音はない。
だが、いる。
気配だけが増える。
「来たぞ!」
剣也が走り出す。
リアが並ぶ。
ルナは一瞬だけ遅れる。
だが、すぐに追う。
交差点のような広い通路。
そこに――
“影”が現れる。
だが以前と違う。
形が安定している。
輪郭がある。
「……制御精度、上昇。」
リアが言う。
「強化個体だな。」
剣也が構える。
次の瞬間。
一斉に来る。
「っ!」
斬る。
速い。
だが数が多い。
リアが横から切り裂く。
連携は完璧。
だが――
「本命じゃねえな。」
剣也が言う。
リアも同意する。
「時間稼ぎ。」
その通りだった。
医療区画。
ルナが一瞬、立ち止まる。
視線が動く。
「……上。」
小さく言う。
天井。
その向こう。
「……来る。」
剣也が舌打ちする。
「直行かよ。」
天井が、歪む。
破壊ではない。
“すり抜ける”。
そして――
現れる。
あの個体。
起点。
静かに、着地する。
音もなく。
「……回収。」
ただ、それだけを言う。
剣也が前に出る。
「しつこいな。」
リアも展開。
だが――
起点は動かない。
ただ、ルナを見る。
「来い。」
命令。
シンプル。
強制力を持つ言葉。
ルナの身体が、一瞬だけ止まる。
内部で命令が走る。
「……っ」
剣也が叫ぶ。
「ルナ!」
ルナの指が震える。
視線が揺れる。
「……回収対象……」
自動応答が出る。
だが――
その直後。
「……違う。」
小さく。
だが、はっきりと。
「……私は、ここにいる。」
完全な否定。
起点の瞳が、わずかに細まる。
「……誤差が増大している。」
一歩、近づく。
空気が歪む。
圧がかかる。
剣也が踏み出す。
「それ以上来るな。」
起点の視線が移る。
「……干渉。」
次の瞬間。
剣也の身体が弾かれる。
見えない圧力。
「がっ……!」
壁に叩きつけられる。
リアが即座に反応。
斬撃。
だが――
通らない。
「位相が合ってない……!」
起点はリアを無視する。
ただルナへ向かう。
手を伸ばす。
「戻れ。」
再度。
命令。
今度は強い。
空間ごと押し付けるような圧。
ルナの膝がわずかに沈む。
「……っ……!」
だが――
顔を上げる。
無表情のまま。
それでも、
確実に“意思”がある。
「……拒否。」
その瞬間。
水色の髪が強く発光する。
先ほどより明確に。
安定している。
揺らぎながらも、折れない。
起点の動きが止まる。
初めての“停滞”。
「……選択。」
小さく呟く。
「……発現。」
剣也が立ち上がる。
血を拭う。
「当たり前だろ。」
息を整えながら言う。
「こいつは“こっち”だ。」
リアも横に立つ。
「同意。」
三人。
位置が揃う。
起点はそれを見て、
ほんの一瞬だけ――
何かを測るように沈黙する。
そして。
「……現段階では、回収効率低。」
結論。
あまりにも機械的。
だが――
完全に無感情ではない。
「……保留。」
その言葉を残し、
空間が歪む。
消える。
完全に。
静寂。
影も消える。
警報も鳴らない。
ただ、終わった。
剣也はその場に座り込む。
「……はぁ……」
リアが周囲を確認する。
「敵反応、消失。」
ルナは、その場に立ったまま。
呼吸はない。
だが、
確かに“そこにいる”。
「……行ったか。」
剣也が言う。
ルナは小さく頷く。
「……一時。」
その一言。
リアが静かに言う。
「また来る。」
剣也は苦笑する。
「だろうな。」
そして、ルナを見る。
「その時も――」
一拍。
「自分で選べ。」
ルナは少しだけ視線を上げる。
「……はい。」
短い返事。
だが、
以前とは明らかに違う。
“与えられた応答”じゃない。
自分で出した言葉。
廊下の奥。
誰もいないはずの場所。
一瞬だけ、歪み。
起点が立っている。
見ている。
遠くから。
「……選択。」
同じ言葉を、繰り返す。
だがその意味は、
まだ誰にも分からない。




