名前
昼下がり。
部屋の中は静かだった。
剣也はソファに寝転がり、ぼんやりと天井を見ている。
特にやることはない。
任務も、今日は入っていない。
「……暇だな。」
小さく呟く。
キッチンから、食器の音。
リアが何かを準備している。
「休息は必要。」
いつもの調子で返ってくる。
「分かってるけどよ。」
言いかけたところで――
端末が震えた。
画面を見る。
天城暁。
「嫌な予感しかしねえな。」
通話を取る。
「なんだ。」
『お前んとこに荷物送った。』
「は?」
唐突すぎる。
『業務用だ。受け取れ。』
「いや説明――」
『あと、壊すなよ。』
ブツッ。
一方的に切れる。
剣也はしばらく無言で画面を見ていた。
「……なんなんだよ。」
リアが顔を出す。
「どうしたの?」
「暁が荷物送ったらしい。」
「業務用?」
「らしい。」
その時、インターホンが鳴った。
タイミングが良すぎる。
「早えよ……」
玄関へ向かう。
ドアを開けると、無人配送のコンテナが置かれていた。
そこそこ大きい。
「……絶対ろくなもんじゃねえ。」
中へ運び込む。
リアも横に来る。
「開封する?」
「するしかねえだろ。」
ロックを解除。
ゆっくりと蓋を開ける。
中には――
白い布に包まれた“それ”があった。
一瞬で理解する。
「……おい。」
リアも目を細める。
「修復個体。」
布を外す。
現れたのは――
あのドール。
だが、以前とは違う。
損傷していた箇所は完全に修復されている。
外装も一部が変わっている。
セレスティア仕様。
洗練されているが、どこか無機質。
そして――
目が、開いた。
ゆっくりと。
「……起動、確認。」
小さな声。
以前より安定している。
視線が動く。
剣也を見る。
そして――
そのまま、近づいてきた。
一歩。
二歩。
距離が詰まる。
「……おい?」
止まらない。
そのまま、剣也の腕を掴む。
ぴた、とくっつく。
「……は?」
剣也が固まる。
ドールは無表情のまま、離れない。
じっと見ている。
「……識別。」
小さく呟く。
「……対象、確認。」
そして、ほんの少しだけ――
力が強くなる。
完全に“しがみついている”。
「……どういうことだこれ。」
リアが無言で近づく。
視線が冷たい。
「距離が近い。」
「いや俺に言うなよ。」
ドールはリアを見る。
一瞬。
無表情のまま。
だが――
さらに剣也に寄る。
「……優先。」
小さく言う。
リアの目が細くなる。
「……優先?」
空気が変わる。
剣也が慌てる。
「いや待て待て、落ち着け。」
その時、端末が震える。
暁からの追加メッセージ。
《そいつ、しばらくお前んとこで預かれ》
「ふざけんなよ……」
《データ安定するまで動かすな》
「説明しろや!」
既読。
返信なし。
「……クソが。」
剣也はため息をつく。
視線をドールに戻す。
相変わらず、くっついたまま。
「……名前、ねえのか。」
ぽつりと言う。
ドールは反応する。
「……識別コードのみ。」
やっぱりか。
剣也は少しだけ考える。
そして――
「じゃあ、決めるか。」
リアが一瞬だけこちらを見る。
ドールも、じっと見ている。
「お前、記録してんだろ。」
「……はい。」
「観測して、残す。」
「……はい。」
剣也は小さく笑う。
「じゃあ、“ログ”とか味気ねえしな。」
少しだけ考えて、
「――ルナ。」
短く言った。
「夜に動くし、なんかそれっぽい。」
雑。
だが、妙にしっくりくる。
ドールは数秒沈黙する。
内部で処理。
そして――
「……名称、更新。」
わずかに、頷く。
「ルナ。」
自分で言う。
初めて、“名前”を使った。
剣也は軽く肩をすくめる。
「よろしくな。」
ルナは無表情のまま、
さらに一歩近づいた。
完全に密着。
「……近い。」
リアが低く言う。
「いやだから俺に言うなって!」
ルナは動かない。
ただ、そこにいる。
剣也の腕に触れたまま。
「……安定。」
ぽつりと呟く。
リアの視線が、さらに冷たくなる。
「……そう。」
短い一言。
だが、明らかに機嫌が悪い。
剣也は頭を抱える。
「……面倒なことになったな。」
だが、その声には――
少しだけ、笑いが混じっていた。




