切断
山の奥。
人の手が入らなくなって久しい施設。
崩れた外壁。
剥き出しの配線。
かつて何かを“行っていた”痕跡だけが残っている。
その中心で、“それ”は立っていた。
未帰還ユニット。
静止。
観測。
機能は低下している。
だが、動作は継続している。
――侵入反応。
複数。
空気が歪む。
次の瞬間、空間が開く。
現れたのは、人影。
白衣。
無機質な視線。
「発見。」
短い言葉。
対象を確認するだけの声。
ドールは動かない。
ただ、視線だけが向く。
内部で処理が走る。
――既知パターン。
――危険。
――回避。
だが、足は動かない。
命令が、存在しない。
「回収対象、状態不安定。」
別の声。
「データ損失率、増加中。」
最初の男が一歩前に出る。
「問題ない。」
視線が落ちる。
「回収優先。」
ドールの内部で、ノイズが走る。
断片。
声。
『排除……』
違う。
『観測……』
揺らぐ。
優先順位が定まらない。
「……不明。」
微かな出力。
その瞬間、男が手を上げた。
影が展開される。
定着個体。
数は少ない。
だが質が違う。
完全に“制御されている”。
「抵抗するなら、破壊する。」
宣告。
感情はない。
ただの手順。
ドールは動かない。
だが――
一歩、後退する。
遅い。
影が迫る。
衝突。
衝撃。
身体が壁に叩きつけられる。
コアに負荷。
警告。
出力低下。
「……継続。」
それでも、動作を止めない。
男はわずかに目を細める。
「非効率だ。」
影が再び動く。
連撃。
防御。
破断。
再生が追いつかない。
内部で、何かが弾ける。
――記録。
――保持。
――優先。
「……退避。」
初めて選ばれた行動。
理由は不明。
だが、動いた。
足が走る。
影が追う。
森へ。
暗い斜面。
足場は不安定。
それでも止まらない。
「逃走。」
男の声が背後から届く。
「追跡。」
だが――
次の瞬間。
ドールの姿が、消えた。
完全ではない。
だが、干渉を逸らす。
視界から外れる。
「……見失った。」
一人が言う。
男は数秒だけ沈黙し、
「構わない。」
とだけ言った。
「損傷は深い。長くは保たない。」
視線を森へ向ける。
「回収不能なら、結果は同じだ。」
その場から、姿が消える。
森の奥。
音はない。
風だけが通る。
ドールは、倒れていた。
片腕は機能停止。
コアは不安定。
視界も歪んでいる。
「……継続。」
それでも、停止しない。
内部で、断片が揺れる。
白い空間。
声。
『この個体は――』
ノイズ。
『……成功例……』
途切れる。
「……不明。」
出力が弱まる。
意識が落ちていく。
最後に残ったのは――
“観測”。
それだけだった。
数日後。
山道。
剣也とリアは歩いていた。
任務ではない。
単なる外出。
「たまにはこういうのも悪くねえな。」
剣也が言う。
「環境変化は有効。」
リアが答える。
静かな時間。
何も起きていない。
そのはずだった。
「……リア。」
剣也が足を止める。
「うん。」
「なんか、いる。」
リアが周囲をスキャンする。
数秒。
「微弱な霊的反応。生体に近いが不安定。」
「生体……?」
「ドール反応。」
剣也の表情が変わる。
「こっちだ。」
森の中へ入る。
枝をかき分ける。
そして――
見つけた。
倒れている。
あのドール。
「……おい。」
駆け寄る。
反応は、ほぼない。
だが――
「生きてる。」
即断。
リアも頷く。
「機能、限界。停止まで時間なし。」
剣也は迷わない。
「運ぶぞ。」
抱き上げる。
軽い。
あまりにも。
「本部まで持つか。」
「応急処置しながらなら可能性あり。」
「やるしかねえな。」
剣也は立ち上がる。
その時。
ドールの瞳が、わずかに開いた。
焦点は合っていない。
だが――
剣也を見る。
「……な……ぜ……」
かすれた音。
剣也は一瞬だけ止まる。
答えは、すぐに出た。
「さあな。」
短く言う。
「でも、見つけたからだ。」
それだけだった。
ドールの視界が閉じる。
完全に沈黙。
「急ぐぞ。」
「はい。」
二人は山を下る。
その背後で、
風が木々を揺らした。
そして――
本部へ。
この後、
回収されたデータから
“名前”が判明する。




