第八話 暗闇
「姉ちゃん!? 大丈夫!?」
暗闇の中、後方からアレスの声が聞こえる。
「アレス! 取り敢えず全方位警戒を緩めないで! 私が手伝う余裕無いから!」
「分かった!」
取り敢えずアレスは防御全開にして貰おう。相手がどういう攻撃をしてくるか分からないが……、合流や連携が難しい以上、アレスが耐えてくれる事を信じる他ない。
「あははぁ、楽しめよお二人さんよぉ!」
前方の遠くの方からアンメルの声がする。それを聞いて、思考を回す。
(……アンメルは動いていない。敵方の攻撃役はネプラシェル1人ね)
声の遠さからして、距離を詰められたりした様子が感じられない。つまり、アンメルは微動だにしていないと言う事。恐らくあちらも見えていないのだ。
ガサガサッ。
「……!?」
すぐ側で音が鳴る。自らの感覚を頼りにサーベルで切り伏せると、変な感触がした。足元に何かが転がってくる。手で触れるとモコモコしていた。
「……綿?」
……先程周りを取り囲んだ人形だろうか。そう思っていると、背中に何かが引っ付いてきた。
「きゃっ」
咄嗟に振り解いたが、何かを刺された。身体の動きが僅かに鈍る。麻痺毒の類いだろうか。更に足元にもう一体引っ付いてくる。素早くサーベルを振り下ろして切ると、すぐにボロボロになってしまった。
「……物語の、はじまり、はじまり〜」
何処からかネプラシェルの声がする。それと同時に私の周りだけ明るく照らされた。暗闇に慣れ始めた目が悲鳴を上げる。
必死に目を凝らしながら、ゆっくりと周りを見渡す。そして初めて、大量の視線がこちらを凝視していることに気づいた。
光の境目から出てきたそれは、動物の形をした人形だ。それも1体では無い。私の周りを10数体の人形が取り囲んでいた。その後ろにも、大量の人形がひしめいている。
「……流石にこの数は捌けないわね……」
全方位から同時に襲われては、人形に抱きつかれ麻痺毒をより入れられる。これを打開するには……
「……やるしかないか」
あまり積極的に使いたくはないが、背に腹は変えられない。そう覚悟して、その力を行使する。
「見せて、貴方の全てを。……心眼」
右目が青白く輝き始める。
カトレア姉ちゃんに言われた通りマンゴーシュを構えて警戒しても、一向に攻撃はやって来ない。
「……姉ちゃんと合流したいんだけどな……」
そうぼやいていると、急に周りを明るく照らされた。
「……!?」
同時に、後ろから殺気を感じて素早く振り向いた。ドス、ドス、と何かが歩いてくる音がする。
やがて明るい中に出てきたそれは、凶悪そうな歯が並ぶうさぎの人形だった。二足歩行で、背丈はアレス自身の2倍はありそうだ。黒いボタンで出来た目で、こちらを見つめてくる。
突然人形が右手で殴りかかってきた。辛うじてマンゴーシュで防ぐが、あまりのパワーにズルズルと後退させられる。
「……ぐっ」
なんとか支えていると、人形が突然右手を離す。落としそうになるマンゴーシュを支えながら、警戒は怠らない。レイピアも持ち直す。
「タイマン勝負だな。かかってこい」
そう呟くと、
「ウガアアアアアアア!!!」
人形は不気味な雄叫びを上げながら、左手で殴りかかってきた。
「……視えた!」
素早くジャンプして、攻撃を交わす。人形の左手が誰もいない地面を叩く。
俺はその手の上に乗ると、更にレイピアを突き刺した。中から綿が出てくる。
「イギャアアアアア!!!」
人形が苦しむような叫びを上げ、左手を振り回す。俺は手から素早く降りると、そこへ更に右手も振り下ろしてきた。その攻撃をマンゴーシュで受け止めると、右手にもレイピアを差し込む。
人形はまた叫ぶが、その隙にフリーとなった左手を真横にぶん回しこちらを捉える。吹き飛ばそうとしているのか。
「……よし」
しかし、俺にはそれも分かっていた。人形の右手からレイピアを引き抜くと、タイミングを見て後ろへジャンプする。丁度、奴の右手が左手を抑えるように。
バチン。
狙った通りの状態になった事を確認すると同時に、再びジャンプして人形の右手の上に乗る。そして、両手の付け根をレイピアで思いっきり切り伏せた。大量の綿と共に、両手だけが腕から分離する。
「イギャアアアアア!!!!!」
先程までより、更に大きな叫び声。効いていると確信する。
「……案外脆いね」
思わず、そう呟いた。が、次の瞬間それが誤りであった事に気づく。
ガサゴソ、と切り離した筈の両手が動き始めた。まるでそれが意志を持つかのように。
「……は」
双方がこちら目掛けて突っ込んでくる。俺は左手をマンゴーシュで抑えながら、半歩ズレて右手を交わした。左手にレイピアを突き刺すが、叫び声が聞こえなくなっている。
その人形本体は……いつの間にか目の前に立っていた。左手が離れ、右手と共に人形の周りを浮かんでいる。人形は笑っていた。
「……面倒くさい奴だなぁ」
レイピアとマンゴーシュを構える。第二ラウンドの始まりだ。
「ユーリ団長、そわそわしすぎなのです」
「お前こそ緊張しねぇのかよ」
ここはスタジアム内控え室。ユーリはメイと共に、試合まで待機していた。
「危ない金属を加工する時より、緊張する事は無いのです。命が無くなる事は無いです」
「お前調合屋じゃなくて鍛冶屋じゃねぇか」
「実際本業はそっちなのです。調合はワクワクしないのです」
ズズズと湯呑みの茶を口に運ぶメイ。ユーリは調合屋だから本業は調合だろと言いかけて、不毛な争いになると思い喉の奥にしまい込んだ。
「ほぉら、そろそろ行くぞ鍛冶屋」
「……はいはい、了解なのです」
メイが着替える為更衣室に入った事を視認したユーリは、取り敢えず扉を開ける。
その瞬間、何者かが目の前を通り過ぎた。
「……んぁ?」
ユーリが通り過ぎた方を向くと、もう既に人影は無かった。
「……なんだ?」
そちらに意識を向けていたユーリは、後ろの人影に気づかなかった。
バン。
ユーリの頭に強い衝撃が加わる。立っていられなくなり、その場に倒れ込んだ。ぼんやりとした視界を必死に後方へ向ける。
「騒ぎが止まるまで、黙っとけよなぁ」
漸く視認できた黒い衣を纏う人物にそう言われたのが、ユーリが確認出来た最後の情報だった。




