第七話 心象
いざ戦場に足を踏み入れると、周りの観客席から途方もない注目を浴びているのが感じられた。正直なところ、逃げ出したい気持ちが無いと言えば嘘になる。
「……姉ちゃん? 大丈夫?」
気持ちが表情に出たのだろうか、アレスが不思議そうにこちらを見つめる。
「心配しなくても大丈夫よ。アレスは目の前に集中していなさい」
「う、うん……」
にこやかに言ったつもりだけど、アレスは僅かに訝しんだ目線だった。
「西コーナー! 仲間を守る最強の盾! 馬車屋が誇る最高峰の防御札! アンメル・リッツ! 動物をこよなく愛す人形屋! 武志ギルド団長! ネプラシェル!」
演劇の神・美佑の紹介に、対峙する2人が観客席に手を振っている。1人は青銅のような鎧を見に纏い、自身の身長ほどもある大盾を構える。整った顔とボサボサの緑髪はトレードマークなのだろうか。いずれにせよ、恐らくこちらがアンメルなのだろう。
もう1人はアンメルの後ろで、黒を基調として赤い筋の入ったローブで全身を覆っている。ローブの内側が真っ暗で、表情どころか身体が見えない。暗闇の中から、右手だけが飛び出しているような状態だ。
「……後ろの人、なんか怖いね」
アレスも似たような印象らしく、こちらに小声で囁いた。肯定するのもな……と思った私は、にこやかに笑うだけにしておく。
「東コーナー! 大会参加者最年少! 皆を導く小さな勇者様! アレス・ミューズ! 神も眷属もメロメロ!? 人気ダントツな楓斗ギルド団長! カトレア・ファーレン!」
美佑の紹介に、今度はこちらに注目が集まる。アレスはマンゴーシュを振り回して挨拶する。私はぎこちなく手を振るに留めた。観客席の各所に、
《カトレアちゃんは俺の嫁》
《カトレアちゃん大好き》
のような団扇やタオルが見えて辟易する。そう言った阻害物から目を逸らしていると、自然と神様の方を向いていた。
神様もこちらの目線に気づくと、静かにグーサインだけ見せてきた。思わず表情が綻ぶ。観客席から、
「今俺に微笑んだだろ!」
「おい彼氏でもいるんじゃないのかあれ!」
みたいな声が聞こえるが、有象無象の絶叫は無視することにしよう。
「はーい、カトレアちゃんで盛り上がるのはそこまでねーーー!!! じゃあ早速やっちゃおうかー! 試合開始ー!」
美佑の掛け声で、一気に会場の空気が変わった。
試合開始の言葉と共にアレスが素早くアンメルに距離を詰めて、レイピアを振り下ろす。が、アンメルは早速盾を構えて弾いた。そのまま盾を押し出して吹き飛ばそうとする。
アレスが左に避けて側面からレイピアを差し込むが、アンメルは盾を横にスライドさせそれもまた防いだ。守りは硬そうである。
「ちびっ子な割に頑張るねぇ、はは」
アンメルは嘲笑うかのようにアレスを見つめる。だが侮蔑の表情にもアレスは崩れない。
「これでいつも通りです!」
アンメルの周りを飛び回り攻めるアレスだが、盾による圧倒的防御を前に攻め手に欠けている。私は敢えて少し観察していたが……ならばと思いネプラシェルに距離を詰めて襲いかかった。この彼(彼女?)はずっと動きがないのだ。
ローブの内側にサーベルを振り下ろすが、いつの間にか飛んできたアンメルに盾で防がれた。勝ち誇ったような表情を浮かべている。
「おっと、団長には手を出さないでくださいね?」
「……守ってばかりでは勝てませんよ」
「勿論、分かっておりますよぉ」
アレスも参戦し、2人がかりで攻めるがアンメルが徹底的に守り続けている。こちらへの攻撃はほぼ無く、このままでは消耗するだけだ。
「アレス! 一回下がるよ!」
「う、うん!」
隙を見てアレスと共に後退する。アンメルが追撃しようという素振りは見せない。時間稼ぎのつもりなのだろうか。
「そんな焦らなくても大丈夫ですよぉ。団長が準備出来たら君たちは負けるんですから」
アンメルの顔が醜く歪む。怒ってもう一度攻撃しようとするアレスを止める。あの言動も、こちらを消耗させようとする作戦だろう。
「優勝候補がなんか調子悪くね?」
「ネプラシェルを警戒してんだろ、多分」
「早苗ギルドは瞬殺だったのになー」
観客席から冷たい視線と声が届く。そちらが勝手に期待して勝手に幻滅してるだけだろう……と思ったが口には出さない。
ちらりと神様の方を向いた。隣に座る涼也と話し込んでいるようだった。こちらへの目線は普段と変わらない……が、その目には1ミリも疑いが含まれていない。その横では、ラミアが笑顔全開で頑張れと叫んでいる。
神様もラミアも、こちらの負けを全く想定していない。そう思うと、頑張らないとと決意出来る。アレスもラミアの様子を見て落ち着いたようだ。
「……完成」
突然聞こえた声に警戒を強める。少しして、ネプラシェルの声だと気がついた。女性の声だった。
ローブの暗闇から、両手が出てきた。その手には黒い……薔薇?がある。アンメルの表情が好奇に包まれた。
「……ばぁ」
ネプラシェルが薔薇を上に投げると、地面から真っ黒の人形が大量に出てきた。そして、戦場の4人を取り囲む。人形同士がてを繋いで、輪っかのような状態になった。
「さぁ、パーティーの始まりだよぉ」
アンメルは盾を再び構えて防御の姿勢。嫌な予感がした私はアンメルに向かってダッシュするが、時既に遅かった。
視界が暗闇に包まれた。
「なんじゃありゃ」
涼也が率直に呟いた。楓斗も目の前の状況を理解するのに少々時間が必要だった。
「黒いドーム……的な? どういうスキルだあれ」
「えーっとだな、確かネプラシェルのスキルは……」
楓斗は自らの知識を掘り返す。慣れてきた筈の頭痛が、一段と強くなる。
「……神様?」
ラミアが心配そうに見つめてくる。
「大丈夫だよ、ラミア」
頭痛と格闘しながら、ラミアの頬をそっと撫でる。
「なあおい、知識詰め込みすぎなんじゃないか」
「余計なお世話だ。そうそう、ネプラシェルのスキルは幽闇劇場。暗闇のドームを作るスキルだな」
「暗闇? ってことはあの中は真っ暗なのか?」
俺が頷くと、涼也はふーんと考え事をする。
「……大丈夫なのか?お前の眷属」
涼也は心配そうにこちらに問うが、何も心配する必要は無い。
「大丈夫だ、カトレアのスキル心眼なら……」
きっとこの状況でも、打破出来るに違いない。




