第六話 瞬間
「き、貴様アァァ……! 調子に乗りやがって……!!」
エーリヒ・フォン・シュタッツブルグは怒りの炎に燃え上がっていた。
(俺様の……俺様の栄光が……!)
元より相手は都市最強ギルドである。決して楽々勝てる、などと侮っていた訳ではない。だからこそ、裏でハルマ・サクラバに多額の賄賂を送って交渉したのだ。2分間は手を出すな、と。
ハルマは交渉時笑っていた。その時は結局金が全てなんだなとしか捉えていなかったが、エーリヒは大きく見誤っていたことを自覚せざるを得なかった。
その状況をモミジはせせら笑う……かのように首を傾げた。
「貴殿の工作で数的不利の状況になって、それでもなおこの惨状。気分が高揚せぬ方が不思議だろうて」
「なっ!? なんで知ってる」
「ふむ、やはりそうであったか。団長が動けばすぐ終わるのに、何故やらぬのか不思議であったのでな」
しまった、とエーリヒが後悔してももう遅い。面目を潰されて膝から崩れ落ちるエーリヒを見て、ハルマが口を開いた。
「モミジ1人でもどうせ勝てるとは思っていたからな。こちらとしてはその方が儲かると踏んだだけだ」
「団長……某の苦労と引き換えであるのは納得いかぬぞ」
「今度プレミアム抹茶パフェでも奢ってやる」
「その時は某では無いのだが……気弱なあやつが喜ぶのであればそれで良い」
戦場である事を忘れるかのような、日常的な会話である。エーリヒは膨れ上がる雑多な感情に体を蝕まれていた。
「……エーリヒ団長、えっと、どうしましょう」
ふと、右隣から腕を握られ声をかけられた。マルネ・クックルーがいつの間にか近くに寄ってきていたのである。まるで何も分かっていない表情と言葉に、エーリヒは無性に苛立った。腕を振り回して引き離すと、怒りそのまま怒鳴った。
「うるさい! お前が弱いからボロ負けだろうが!」
「ひっ!」
マルネは怯えて距離を取る。エーリヒはそうだ、この女がしっかりしてないのが悪いんだ……と、自分に言い聞かせることにした。自分は頑張っている筈だ、と。
「そろそろ再開してねー!!!!」
美佑の声が戦場に轟いた。エーリヒが顔を上に向け観客席を見渡すと、こちらを見る聴衆の懐疑的な目がよく見えた。……それはモミジの現実離れした実力に対してであったが、エーリヒは気付かない。
「ま、まだだ……まだ終わっちゃいねぇぞぉ!!!」
身体中に染み渡る絶望に抗いながら、エーリヒはゆっくりと立ち上がった。クレイモアを手に取り、悲鳴を上げる体を無理に動かす。
「……もう既に2分経っているぞ。俺も参加して良いんだな?」
「団長が手を下すまでも無い。某が終わらせる」
「まあまあ、多少は楽させてやる」
ハルマがこちらに歩いてきた。モミジは渋々と言った感じで後ろへ下がる。エーリヒの怒りは更に増幅した。
「ああ、かまわねぇ! お前を倒して栄光を掴んでやる!!」
「栄光は金では買えないのだよ」
そう言うとハルマは一瞬で姿を消した。エーリヒは目を閉じて全方位に対して警戒をする。どの方角からでもかかってこいと思っていた。
「そこまでー!!! 試合終了でーーす!!!」
ところが、すぐに美佑の声がスタジアムに轟いた。嫌な予感がしたエーリヒは、目を開けて右後方を向いた。
数十本のクナイを浴びて、マルネが崩れ落ちていた。
「某の言った意味が理解出来たか? 貴族の末裔よ」
エーリヒにはモミジの声は届いていなかった。目の前の状況を把握するので精一杯だった。観客席から響く熱狂も、エーリヒにとって邪魔でしかない。
「……ちっ」
エーリヒはマルネの元に歩み寄る。モミジは我関せずと言った様子で剣を鞘に閉まっていた。
エーリヒは倒れ込んでいるマルネを見下ろす。マルネが僅かに目を開けた。血だらけの口が僅かに動く。
「エ、エーリヒ……団長……」
「……使えねぇな、お前」
「も、申し訳……ござい……ません……」
「使えねぇ奴にはそれ相応の対応が必要だ」
エーリヒは昂る雑多な感情に任せて、クレイモアをマルネに振り下ろす。マルネの目から小さな雫が滴っていた。
カキン。
突如青白く光るシールドが形成され、エーリヒの攻撃は弾き返された。エーリヒは状況を飲み込めなかった。
「やれやれ、最近の若いもんは話を聞いとらんのか?」
声のする方を向くと、紫のローブに身を包んだ老人がいた。片方の手で白髭を触りながら、もう片方の手で杖を持ちこちらに向けている。
「……ガロン・シュトレーベか。余計な手出しすんじゃねぇよ、高潔なる一族の最期野郎がよ」
「壮大な阿呆じゃのぅ。ルールを忘れたんか? 止めと言った時点で終わりじゃ」
「うっせぇ!!」
エーリヒはガロンに向かって突撃しようとした。が、出来なかった。目の前に顔ぐらいの大きさの泡が出現したからだ。
「これは」
言い終わらぬ内に、泡が爆発した。エーリヒは防御体制を取ったが吹き飛ばされた。なんとか着地して前方を向くと、ガロンとエーリヒの間に別の人物が割って入っていた。宝石の輝くドレスに白銀のティアラ。そして、扇をはためかせる女がいた。
「愚かですわね。我が主神の名に逆らうなんて。きっちり処分して差し上げますわ」
「き、貴様は……!!」
「胡桃ギルド団長ドロシア・デルタガイア、評議会の名を持って断罪させて頂きますわ」
ドロシアがそう言うと扇をこちらに向けた。すぐに体の周りに大量の泡が生成される。エーリヒは直感的に逃げようとした。
しかし、泡はすぐに爆発する。なんとか顔を抑えてやり過ごそうとするが、度重なる爆発に体制を崩し、遂に吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ……!」
戦場の端に倒れ込むエーリヒ。コツコツと歩いてくるドロシアが見えた。なんとかしないと。そう思い立ちあがろうとする。
ヒュン。
首元に日本刀を突きつけられていた。
「穢らわしい愚物が。某が三途の渡守を務めねばならないか?」
「……ぐっ……」
広がる絶望に打ちひしがれながら、エーリヒは意識を手放した。
「エーリヒ君の処分は後でやっておきまーす。取り敢えず試合を再開しましょう」
スタジアムに胡桃の声が響く。一連の騒動を見て中止かと騒ぐ客もいたが、胡桃の続投宣言で再び活気が戻り始めた。
「楓斗お前、もしかして言われてたのか?」
「あー……そうだな。うん」
胡桃から事前に依頼されていた事。それはいざと言う時の対応戦力を貸してくれという話だった。だからガロンを向かわせたのだ。ラミアが寂しがらないか心配だったが、寧ろ俺と2人で動くのを喜んでいた。
「じゃあ処分が何なのかも知ってるのか?」
「いや、知らん。胡桃曰く、それを知ったら俺を殺さないと行けなくなるらしい」
「こっわ。深掘りやめとこ」
スタジアムに美佑の声が響き渡る。
「それでは、一回戦5試合目のスタートでーす!!」
目の前の柵がガラガラと上がっていく。等々来た出番を前に、カトレアは隣が妙に緊張していることに気づいた。
「アレス、緊張してるの?」
「……うん、姉ちゃんは緊張しないの?」
「するに決まってるでしょ。でも、そんなはしたない姿見せられないから」
特に神様には……とは口にしなかった。
「……じゃあ僕は、姉ちゃんにはしたない姿見せないように……頑張る」
「……えっ」
予想外の言葉に、カトレアは戸惑った。先程まで小さな子供のように感じていたのに、急に大きな大人になってしまったように思えた。
戦いが、始まる。




