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ロクス・アド・ファミリア  作者: 星胤ヒカル
第三章 表裏交錯する武闘大会
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第六話 瞬間



「き、貴様アァァ……! 調子に乗りやがって……!!」



 エーリヒ・フォン・シュタッツブルグは怒りの炎に燃え上がっていた。



(俺様の……俺様の栄光が……!)



 元より相手は都市最強ギルドである。決して楽々勝てる、などと侮っていた訳ではない。だからこそ、裏でハルマ・サクラバに多額の賄賂を送って交渉したのだ。2分間は手を出すな、と。

 ハルマは交渉時笑っていた。その時は結局金が全てなんだなとしか捉えていなかったが、エーリヒは大きく見誤っていたことを自覚せざるを得なかった。



 その状況をモミジはせせら笑う……かのように首を傾げた。



「貴殿の工作で数的不利の状況になって、それでもなおこの惨状。気分が高揚せぬ方が不思議だろうて」



「なっ!? なんで知ってる」



「ふむ、やはりそうであったか。団長が動けばすぐ終わるのに、何故やらぬのか不思議であったのでな」



 しまった、とエーリヒが後悔してももう遅い。面目を潰されて膝から崩れ落ちるエーリヒを見て、ハルマが口を開いた。



「モミジ1人でもどうせ勝てるとは思っていたからな。こちらとしてはその方が儲かると踏んだだけだ」



「団長……某の苦労と引き換えであるのは納得いかぬぞ」



「今度プレミアム抹茶パフェでも奢ってやる」



「その時は某では無いのだが……気弱なあやつが喜ぶのであればそれで良い」



 戦場である事を忘れるかのような、日常的な会話である。エーリヒは膨れ上がる雑多な感情に体を蝕まれていた。



「……エーリヒ団長、えっと、どうしましょう」



 ふと、右隣から腕を握られ声をかけられた。マルネ・クックルーがいつの間にか近くに寄ってきていたのである。まるで何も分かっていない表情と言葉に、エーリヒは無性に苛立った。腕を振り回して引き離すと、怒りそのまま怒鳴った。



「うるさい! お前が弱いからボロ負けだろうが!」



「ひっ!」



 マルネは怯えて距離を取る。エーリヒはそうだ、この女がしっかりしてないのが悪いんだ……と、自分に言い聞かせることにした。自分は頑張っている筈だ、と。



「そろそろ再開してねー!!!!」



 美佑の声が戦場に轟いた。エーリヒが顔を上に向け観客席を見渡すと、こちらを見る聴衆の懐疑的な目がよく見えた。……それはモミジの現実離れした実力に対してであったが、エーリヒは気付かない。



「ま、まだだ……まだ終わっちゃいねぇぞぉ!!!」



 身体中に染み渡る絶望に抗いながら、エーリヒはゆっくりと立ち上がった。クレイモアを手に取り、悲鳴を上げる体を無理に動かす。



「……もう既に2分経っているぞ。俺も参加して良いんだな?」



「団長が手を下すまでも無い。某が終わらせる」



「まあまあ、多少は楽させてやる」



 ハルマがこちらに歩いてきた。モミジは渋々と言った感じで後ろへ下がる。エーリヒの怒りは更に増幅した。



「ああ、かまわねぇ! お前を倒して栄光を掴んでやる!!」



「栄光は金では買えないのだよ」



 そう言うとハルマは一瞬で姿を消した。エーリヒは目を閉じて全方位に対して警戒をする。どの方角からでもかかってこいと思っていた。



「そこまでー!!! 試合終了でーーす!!!」



 ところが、すぐに美佑の声がスタジアムに轟いた。嫌な予感がしたエーリヒは、目を開けて右後方を向いた。





 数十本のクナイを浴びて、マルネが崩れ落ちていた。






「某の言った意味が理解出来たか? 貴族の末裔よ」



 エーリヒにはモミジの声は届いていなかった。目の前の状況を把握するので精一杯だった。観客席から響く熱狂も、エーリヒにとって邪魔でしかない。



「……ちっ」



 エーリヒはマルネの元に歩み寄る。モミジは我関せずと言った様子で剣を鞘に閉まっていた。

 エーリヒは倒れ込んでいるマルネを見下ろす。マルネが僅かに目を開けた。血だらけの口が僅かに動く。



「エ、エーリヒ……団長……」



「……使えねぇな、お前」



「も、申し訳……ござい……ません……」



「使えねぇ奴にはそれ相応の対応が必要だ」



 エーリヒは昂る雑多な感情に任せて、クレイモアをマルネに振り下ろす。マルネの目から小さな雫が滴っていた。





 カキン。




 突如青白く光るシールドが形成され、エーリヒの攻撃は弾き返された。エーリヒは状況を飲み込めなかった。



「やれやれ、最近の若いもんは話を聞いとらんのか?」



 声のする方を向くと、紫のローブに身を包んだ老人がいた。片方の手で白髭を触りながら、もう片方の手で杖を持ちこちらに向けている。



「……ガロン・シュトレーベか。余計な手出しすんじゃねぇよ、高潔なる一族の最期野郎がよ」



「壮大な阿呆じゃのぅ。ルールを忘れたんか? 止めと言った時点で終わりじゃ」



「うっせぇ!!」



 エーリヒはガロンに向かって突撃しようとした。が、出来なかった。目の前に顔ぐらいの大きさの泡が出現したからだ。



「これは」



 言い終わらぬ内に、泡が爆発した。エーリヒは防御体制を取ったが吹き飛ばされた。なんとか着地して前方を向くと、ガロンとエーリヒの間に別の人物が割って入っていた。宝石の輝くドレスに白銀のティアラ。そして、扇をはためかせる女がいた。



「愚かですわね。我が主神の名に逆らうなんて。きっちり処分して差し上げますわ」



「き、貴様は……!!」



「胡桃ギルド団長ドロシア・デルタガイア、評議会の名を持って断罪させて頂きますわ」



 ドロシアがそう言うと扇をこちらに向けた。すぐに体の周りに大量の泡が生成される。エーリヒは直感的に逃げようとした。

 しかし、泡はすぐに爆発する。なんとか顔を抑えてやり過ごそうとするが、度重なる爆発に体制を崩し、遂に吹き飛ばされてしまった。



「ぐっ……!」



 戦場の端に倒れ込むエーリヒ。コツコツと歩いてくるドロシアが見えた。なんとかしないと。そう思い立ちあがろうとする。



ヒュン。



 首元に日本刀を突きつけられていた。



「穢らわしい愚物が。某が三途の渡守を務めねばならないか?」



「……ぐっ……」



 広がる絶望に打ちひしがれながら、エーリヒは意識を手放した。





「エーリヒ君の処分は後でやっておきまーす。取り敢えず試合を再開しましょう」



 スタジアムに胡桃の声が響く。一連の騒動を見て中止かと騒ぐ客もいたが、胡桃の続投宣言で再び活気が戻り始めた。



「楓斗お前、もしかして言われてたのか?」



「あー……そうだな。うん」



 胡桃から事前に依頼されていた事。それはいざと言う時の対応戦力を貸してくれという話だった。だからガロンを向かわせたのだ。ラミアが寂しがらないか心配だったが、寧ろ俺と2人で動くのを喜んでいた。



「じゃあ処分が何なのかも知ってるのか?」



「いや、知らん。胡桃曰く、それを知ったら俺を殺さないと行けなくなるらしい」



「こっわ。深掘りやめとこ」



 スタジアムに美佑の声が響き渡る。



「それでは、一回戦5試合目のスタートでーす!!」






 目の前の柵がガラガラと上がっていく。等々来た出番を前に、カトレアは隣が妙に緊張していることに気づいた。



「アレス、緊張してるの?」



「……うん、姉ちゃんは緊張しないの?」



「するに決まってるでしょ。でも、そんなはしたない姿見せられないから」



 特に神様には……とは口にしなかった。



「……じゃあ僕は、姉ちゃんにはしたない姿見せないように……頑張る」



「……えっ」



 予想外の言葉に、カトレアは戸惑った。先程まで小さな子供のように感じていたのに、急に大きな大人になってしまったように思えた。



 戦いが、始まる。

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