第五話 鬼宴
「そこまでー。試合終了でーす」
「1回戦3試合目、勝者は誠ギルドー! おめでとー!」
武闘大会は特に何事も起きぬまま、順調に3試合目を終えていた。観客席からはよく頑張った、何やってんだ等々、自由奔放でカラフルな声が戦場に届けられる。
「うーん、これだけ注目浴びるとなると、カトレアとアレスが緊張してないかな……不安になってきた」
「おいおい、仮にも楓斗の眷属だろ? お前が信用しなくてどうするんだよ」
涼也はそう言うが……不安である。特にカトレアは最近やけに反応が変というか、何処かよそよそしいような距離の近いような……。
「神様〜! 買って来たよ〜!」
その時、ラミアがカップアイスを両手に持ちながら歩いて来た。
「お、ラミアサンキューな」
「楓斗お前な……眷属の女の子をパシリに使うなよ」
ラミアからスプーンの刺さったカップアイスを受け取ると、隣の涼也から苦言を呈された。知らん知らんと無視して早速一口食べると、たちまち口の中はバニラの芳醇な味わいで満たされる。
「神様、美味しい?」
「うん、ありがとな」
楓斗は思わずラミアの頭を撫でた。ラミアは嬉しかったのかご機嫌になりながら、ストロベリーのアイスをパクパク食べ始める。
「……眩し過ぎるわ、君ら」
「ん? 何が?」
「……何でも無い。というか、仮にも武闘大会の会場なのに、こんな服装させるのかよ」
涼也はラミアを見ながら問いかけてくる。純白のワンピースに麦わら帽子姿のラミアは、確かに会場からは多少浮いてるかもしれない。お陰で観客席の視線が痛い。
「させるというか、本人の希望だからな。な? ラミア」
「そうですよ! 神様とのデ……お出かけなんですから、オシャレにしないと!」
ラミアが頬を膨らませて怒ると、涼也は引き下がった。情勢不利を悟ったらしい。
「……なんだか、見られてますね」
涼也の隣で座っていたサマルがふと呟く。確かに楓斗達、いや楓斗とラミアは周囲の注目の的だった。
「あの子可愛いマジ天使」
「良いなぁあんなに可愛い眷属いて」
「ロリコン野郎、クラスの風上にもおけん」
……うっすら聞こえてくる声に、楓斗はため息をつくことしか出来なかった。
「さあ、一回戦4試合目が始まるよー!」
会場に美佑の声がこだまする。観客席からは歓声が湧き上がる。
「まずは西コーナー!」
戦場西側の通路に視線が集中する。通路の奥から2人の人影が出てきた。黒い甲冑に身を包んだ男と、魔導士っぽい黄色の帽子と法衣に身を包む女。
「鎧に身を包んだ昌樹ギルド団長! その覇道は鉄と血によって達成される! エーリヒ・フォン・シュタッツブルグ! 普段は姿を見せないミステリアス! 正義の稲妻を振り回す魔女! マルネ・クックルー!」
美佑の紹介に、エーリヒと呼ばれた甲冑男が観客席に軽く手を振り、観客席のボルテージが更に上がっていく。マルネと呼ばれた女は気恥ずかしそうに表情を隠すが、エーリヒがパチンと頬を叩くと手を振り始めた。
「エーリヒって……なんか悪い噂流れてなかったか」
「あーまあ、他の眷属虐めてるみたいな噂は聞いたな」
あくまで噂だけどなと涼也は告げるが、楓斗は恐らく事実だろうと踏んでいた。人前ですらあの調子なら、日常的にやっている事は想像に難くない。その姿がかつて自分を虐めていた洸平に重なり、どうにも嫌悪感を抱いてしまう。
「続いて、東コーナー!」
今度は東側の通路に目線が集中する。通路の奥からまた2人の人影が出て来た。背の高い黒装束の男と、鬼の仮面をつけた巫女装束の女。
「謎に包まれたギルドの頭脳! その知略で勝ちを手繰り寄せる! ハルマ・サクラバ! 相手に絶望を与える都市最強の赤鬼! 極東の剣豪が圧倒的な実力を使いこなす! モミジ・カンナギ!」
美佑の紹介に会場は盛り上がるが、ハルマもモミジも反応はせず対戦相手に礼をするだけだった。しかしその反応に帰って盛り上がりは増していく。
「……凄い人気だな」
「そりゃお前と並ぶ優勝候補の初戦だぞ? 盛り上がらない訳無いだろ」
楓斗の感想に、涼也はやれやれと呆れていた。隣のラミアはモミジに見惚れているらしく、仮面かっこいいとぶつぶつ呟いている。鬼の仮面を被ったラミアは……可愛くないなと頭の中で却下の烙印を押す。もし求められても、全力で拒否しようと決めた。
「天下の優勝候補様を倒して俺がトップに立ってやるからな!」
エーリヒがモミジを指差しながら宣言する。モミジは胃に解さぬ様子で
「騒々しい猿め」
と呟いた。エーリヒは激昂しているが、怒りに任せているのか何と言っているのかよく分からない。
「お互い準備は……まあ多分、出来てる筈だよね! じゃあ早速試合開始ー!」
美佑の開始の掛け声と共に、エーリヒとモミジの武器が激しく鍔迫り合った。
「……すげぇな」
「楓斗もそう思うよなぁ。あのでっかい大剣と細身の剣で互角なんだから」
「いや、そこじゃなくてだな」
楓斗は互角どころの騒ぎではないことに早くも気づいていた。その様子に涼也はてなマークを浮かべている。
「よく見てみろ、何かおかしな事があるだろ」
「はぁ? 一体何が……」
涼也は戦いに目を落としたが、喋る途中で固まった。どうやら涼也も異常な状況を分かったらしい。会場も最初は大歓声だったが、やがてその異常さに気づき始めたのか静かになっていく。
「えーっと……何が起こってるんですか解説の胡桃さん」
「んえ?私に聞かれても……」
実況席も困惑している様である。
「なぁ楓斗、あれ」
「涼也も気づいたか?」
エーリヒの武器は両手で持つ大剣クレイモア。鎧も来ているので機動性に難ありかと思いきや、それを感じさせない俊敏さでモミジに襲いかかっている。観客の盛り上がりも、その速さ故のことだ。
更に、マルネが杖を振りモミジに向けて落雷を落としている。エーリヒの攻撃を避ける位置に自然と合わせており、彼女の技術の高さを感じさせた。ハルマは何故か動く気配を見せない為、人数差的にモミジが本来不利な筈。
しかし、モミジは残像が残るかのような速度で交わし続けている。やがてカキンと金属のぶつかる音が聞こえると、クレイモアがあらぬ方向に振り下ろされて地面に刺さった。エーリヒは思わず立ち止まっている。
観客席は訳の分からない事態に黙り込んでいるが……恐らくだが、日本刀でクレイモアに僅かに擦ったのだろう。それも、誰も目に負えない速度で。途方もない技術の高さに、楓斗はかいてもいない汗を拭いていた。
状況に追いつけず無防備なまま固まるエーリヒ。そこにモミジが告げた。
「詰まらぬぞ、凡将なら凡将なりに醜く抗え」
会場はもはや無音の世界となっていた。
……レベルが違い過ぎる。




