第二十九話 前菜
「みんなー! 武闘大会が始まるよー! 準備は良いかーい!」
1週間後。スタジアムに響く声に、うおおおおお!、と観覧席から歓声が巻き起こる。
「……元気な様子で」
「冷めすぎだろ楓斗。盛り上がろうぜ!」
空気についていけない楓斗に対して、涼也はノリノリな様子である。
スタジアムの中央で、女性が2階の観客席に周りながら手を振る。胸元のピンクのリボンにフリフリのミニスカートでマイクを持つ姿は、さながらステージで歌うアイドルのようである。
「司会を務めます、演劇の神・美佑でーす! どうぞよろしくー!」
フウウウウウウウウ!、と会場のボルテージが上がっていく。太陽が煌々と照りつける熱さとは別に、会場も熱気が包み込んでいる。
「いやぁ、流石だなぁ美佑」
「派手にこなすなぁ……」
感心する涼也に対して、楓斗は呆れるばかりだった。元の世界でも陽キャグループの中心だった彼女には、何処か苦手意識が働くのである。
「それじゃあ改めてルール説明! 胡桃よろしく!」
「はーい。じゃあ始めますねー」
美佑の隣に立つ胡桃が喋り出す。評議会の正装である紺碧のジャケットと漆黒のロングスカートは、隣と対比してそれはそれで歌手のようである。
「全15ギルドによる2対2で行うトーナメント戦。私のストップがかかる、もしくはどちらかが降参した時点で試合終了になりまーす。1人戦闘不能になった時点でストップかけるのでご注意をー。ちなみに私の静止命令を無視したら……」
胡桃が観客席をぐるっと見回す。
「漏れなく、処分対象になるので覚悟して下さいねー」
処分という言葉が一瞬会場を静寂に落とすが、すぐさま歓声が上がり元に戻る。
「……処分って、どういうことだ?」
「涼也、世の中には詳しく知らない方が良い事もあるぞ」
「そ、そうか」
涼也を宥める楓斗。実は3日前に胡桃からいざという時の依頼は受けていたが、流石に涼也に明かす訳にもいかないのでふわっと言うしか無い。
「神達含め、出場者以外はスキル等を使わないようにお願いしますよー。あと、15チームなので1チームだけ、1回戦をスキップ出来まーす。今からくじを引いて、最後まで引かれなかったチームがスキップでーす」
胡桃は手元の抽選箱を、会場に大きく見せつける。
「じゃあ早速、抽選を始めるよー! 抽選は私が引いていくねー!」
美佑が喋り出した途端に、再び会場はとんでもない熱気に包まれ始めた。楓斗の顔に汗が流れたのは、果たして気温なのか熱狂なのか分からない。
「1回戦4試合目は、昌樹ギルド対早苗ギルド!」
「終わったあああああああああ!」
観客席の別の方から、大きな大きな悲鳴が会場に轟いていた。
「涼也よかったな、早苗は来ないぞ」
「いや、まだお前が来る可能性はあるんだけど」
胡桃の持つ抽選箱から美佑が紙を取り、順番に対戦カードを発表していく。楓斗も涼也も今のところ呼ばれていない。
「続いて5試合目! ちゃっちゃと引くよー!」
美佑が一気に2枚を抽選箱から引き抜いた。胡桃がその紙を確認する。こくりとうなづくと、美佑に発表を促した。
「じゃあ発表するねー! 1回戦5試合目は、楓斗ギルド対武志ギルド!」
会場から武志終わった、という声が漏れてくる。気のせいだろうか、ドンマイとか可哀想とか聞こえた気がする。
「あ、遂に呼ばれた」
「武志引くのかよ。天下の優勝候補様が初戦から馬車屋をボコして終わりじゃねーか」
武志のギルドは、馬車の運営が本業だ。戦闘力は無い訳でもないが……少なくともうちと比べれば、遥かに劣るのは想像に難く無い。
「まあ、アレスとカトレアの頑張りに期待する」
「……くそう、勝ちが見えている余裕の出方じゃないか。いやまあ、俺も早苗と楓斗に当たらないなら全然やっていける気はするけど」
なお、観客席をふと見渡すと頭を抱えている武志が見えたが、何も見ていない事にする。
その後涼也も無事呼ばれて、いよいよ対戦カードが確定した。
「じゃあ今から15分後に試合開始だよー! みんな今のうちにトイレ言っといてねー! 試合見逃したら大損だよー!」
はーい!!!、と会場が急に忙しなく動き始める。蜘蛛の子を散らすかの如く、観客席に空席が目立つようになった。
「……とても美味しいですね」
「本当ですか? ありがとうございます」
ほんのり感じる甘さを味わいながら、カトレアはクッキーを貪っていた。近くでは、アレスが武器の手入れを行っている。
彼らがいるのは控室。とは言ってもロッカーと机椅子があるだけ、さほど大きくもないコンクリートの小部屋である。
「……この間、洞窟でお会いした時とは随分印象が違いますね」
「あ、あはは……あれはもう一つの人格なので……」
頭を掻きながら笑って誤魔化すのは、白衣と緋袴の巫女装束に身を包むモミジ。控室には3ギルドずつ入る形であり、カトレア達はモミジ達早苗ギルドと一緒になった。なお、もう一組は出番が近いので、もう移動してしまっていた。
「アレスも食べなさい。美味しいから」
「う、うん。でもまだ作業してるから」
モミジが善意で自作のクッキーを分けてくれたのだ。食べないのは失礼だとカトレアは思うが、アレスは手入れに夢中らしい。ため息を吐きつつ、クッキーを一枚持って立ち上がる。
「どうしたの? 姉ちゃ」
言い終わらぬうちに、口にクッキーを放り込む。アレスはもぐもぐと食べていった。
「……うまい!」
「そうでしょ?」
「……なんでカトレアさんが得意気なんですか」
モミジが苦笑いする。カトレアは椅子に座り直すと、
「……言っちゃって良いんですか? 人格の話」
モミジに先程しれっと明かされた件を尋ねた。
「説明しないと色々誤解されちゃいますし……それに」
モミジの瞳がキラリと輝く。
「バレたところで、負けませんから」
ふふふと笑うモミジを見て、カトレアは恐ろしい感情を払拭出来ずにいられなかった。
この人を超えないと神様に振り向いて貰えないのでは、という気持ちを。
「モミジ、そろそろ時間だ。行くぞ」
声がした方に目を向けると、まるで初めからそこにいたかのように、黒装束を身にまとう男がいた。
「はい、団長」
モミジが素早く荷物を纏めてしまい、刀と仮面を持っている間に黒装束の男は姿を消していた。
「……え、どこにいったんだろう」
「ああ、うちの団長のことですか? 気にしたら負けです。いつもこうなんで……」
不思議ですよね、と苦笑いしている。
「ではまた、後ほど」
ぺこりと頭を下げてモミジが部屋を後にする。所作一つ一つに気品がある様を、カトレアはボーッと見つめていた。
「……姉ちゃん?」
アレスに話しかけられて初めて、神様と同じように見惚れてしまっていることに気づいたのだった。




