第二十七話 抱擁
「……説明してもらえますか」
「カ、カトレア近い近い。あと目が怖い」
楓斗はカトレアに尋問されていた。
「……この間から、やけに距離が近いなとは思っていました。ですが、一線を超える程とは想像していなかったので」
「一線超えるって何だよ!?」
「……私にはあんな距離感で接してくれないのに、ラミアには良いんですか」
運動公園からの帰り道、ラミアを肩車しながら帰ったのだが、それを見て何故かカトレアが物凄く機嫌を悪くしてしまっていた。で、今こうして俺の部屋で尋問されている。
「ラミアがして欲しいって言うからやっただけだぞ」
「じゃあ私にもしてくれるんですか」
「幾ら何でも体重的に無理で」
ボカッ。
「いった!? わざわざ殴らなくても」
「女の子に対して体重の話をしないで下さい! はしたない! 神様のヘンタイ!」
「カトレアが誘導したようなもんだろ!?」
バカ、と言いながらカトレアはぷいとそっぽを向いて部屋を出て行こうとする。
「じゃ、じゃあカトレアも俺になんかやって欲しいこと言ってくれよ。肩車は難しいけど、俺に出来る範囲ならやってやるから」
カトレアにそう言うと、足を止めて振り返ってくれた。
「……じゃあ……その、ギュッって抱きしめて下さい」
「え? あ、ああ、良いけど……」
イスから立ち上がり手招きすると、カトレアは俺の元に駆け寄ってきた。そして両手で優しく包み込む。カトレアからはほんのりと甘い香りがした。
「……その、こんなんで良いのか?」
「良いんです!」
そう語るカトレアは目線を逸らし、頬は赤くなっている。それを見て俺も恥ずかしくなってきたが、カトレアの機嫌が治るならとそのまま抱きしめ続けた。
「も、もう良いだろ。離すぞ」
2分ぐらいは経っただろうか。そろそろ良いだろうと手を離す。
「……はい、ありがとうございます」
カトレアは視線を逸らしながらそう言うと、そそくさと部屋を後にしてしまった。急に甘い香りを感じなくなった俺は、どこか物足りなさを覚えてしまう。その気持ちを払拭する為事務作業に没頭することにしたが、どうにも全く進みそうにない。
はしたない女と思われた。そうカトレアは考えずにはいられなかった。何故あんなことを言ったのだろう。
「……神様を前にすると、気持ちが整理つかない……」
これまで感じた事の無い感情だ。冷静に、慎重に、視野を広く。ずっと意識してきたことなのに、神様の前では全てが空転する。
「……お兄ちゃんに相談したら、なんて言っただろう」
つい、また兄の事を思い出してしまう。そしてそれに連動して過去の光景をフラッシュバックする。何かを叫ぶ兄の姿。血生臭い部屋。迫り来る恐怖。
「……うっ……うう……」
立っていられなくなり、壁に持たれて涙をこぼす。そのまましばらく動けなかった。
「……駄目、私がしっかりしていないと」
アレスやラミアにこんな姿を見せられない。そう思って涙を止めると、そのまま歩き出した。自分の部屋に戻るまで、誰とも会わずに済んだのはせめてもの救いだろうか。
部屋に戻ったカトレアは、布団に座り額縁に手を伸ばす。その額縁には鎧に身を包んだ青年がいた。
「……お兄ちゃんみたいに、強くならないとね」
カトレアはそう言いながら、兄がいるであろう天を仰ぐのだった。
「楓斗はどうするんだ? 武闘大会の件」
2日後。楓斗は涼夜と共に、レストランでハンバーグを口にしていた。口に運ぼうとした肉を皿に置き直す。
「カトレアとアレスが出るってさ。ガロンも出たがったけど1ギルドにつき2人までって規定話したら遠慮してくれた」
「ガチ編成じゃん。俺の方はユーリしか出たい人いなくて大変だったのに」
「そもそも調合屋が武闘大会に出る事自体、ミスマッチというか本業じゃないだろ」
涼夜はバツの悪そうな顔をした。
「……そうかもしれないけど、活躍すれば客増やせるかもしれないから出すよ」
「顔見せか。そういや調合屋の方はどうなん?」
「そっちは利益出てるから問題ない。というか楓斗ももっと買ってくれよ。お前なら友達のよしみで少し安くしてやるって言ってるだろ」
「って言われても、ポーションが必要になるような事態が現状無いからな……」
先日の西の洞窟での一件を除き、楓斗のギルドパーティが躓くようなことは基本無い。予備として俊足などは多少持つようにしているが、ほぼ使わずに済んでいる。
「強すぎるんだよなぁ。ギルド順位1位の早苗でももう少し買ってくれるのに」
「それは値引きされてるってだけじゃ」
「それを言うな!」
涼夜が立ち上がり叫ぶ。賑やかに雑談をしていた他の客達が静かになり、その視線が涼夜に集中する。涼夜は慌てて座り込んだ。やがて元の賑やかな雰囲気に戻る。
「……なんか申し訳ねぇよ。半分俺のせいだろ」
「いや、楓斗は悪くない。俺が早苗を見誤っただけだから」
涼夜はハンバーグに付いているポテトを口に運んだ。やけにしっかり噛みながら飲み込む。
「そういやさ、早苗ってなんで楓斗に甘いんだ?」
「……さあ? 俺が聞きたいぐらいなんだが」
「ええ? 楓斗も知らないのか?」
「そもそも早苗って俺に甘いのか?」
「馬鹿なのか? 楓斗の特集記事書いたり、救う為に最強戦力を躊躇いなく投入したりしてもらっといてさぁ」
それは利益になるだけじゃないか?としか思えない。涼夜にとってはそうでも無いかもしれないが。
「……あいつ記事のインタビューに来た時、噂に反した記事の方が伸びるって言ってたけど」
「……そう、なのか? 素人だから何とも言えないけど」
ハンバーグを切って口に運ぶと、少し冷め始めていた。まずい。早く食べないと。
「とりあえず食おうぜ。冷めて上手くなくなる」
「それもそうだな」
2人でそそくさと食べ始めた。周りの談笑が、やけに大きく聞こえる。
「で、武闘大会のアテはついたのか?」
食事を終え、喫茶店を出たところで先程聞けなかったことを聞く。目の前を馬車が忙しなく通り過ぎていく。
「まあ、なんとか」
「ユーリとサマルか?」
「いや、サマルには拒否されちゃってさ。代わりにメイが出る。配合にしか興味のない子だからめっちゃ断ってたけど、ユーリが口説き落とした」
初めて聞いた名前だ。
「……そうか。当たったら容赦はしないからな」
「そりゃそうだ。まあ、その場合こっちは胸を借りるつもりで挑む事になるけども」
「貸せるような胸持ってねぇよ」
盛大にため息された。
「やっぱりさ、楓斗お前馬鹿だろ。巷じゃ早苗と並ぶ優勝候補って言われてること知らないだろ?」
楓斗は思わず涼夜の顔を覗き込む。嘘では無さそうだ。
「……期待されてるのかな」
「当たり前だろ。俺の方は泡沫候補とか言われてんのに。羨ましくて仕方ない」
「いや、涼夜のとこも全然強いだろ……」
「うちはあくまで本業は調合屋だからな。鍛えてないとは言わないけど。それに、ユーリが病み上がりだからってのもあるかな」
先日のデスハウンド戦での一件か、と聞くと涼夜はこくりと頷く。
「ま、そんな評価だからこそ、それをぶち壊す楽しみがあるってことさ。楓斗と早苗にさえ当たらなければ、勝機はあると思ってるから」
「それを俺に向かって言うなよ」
「実際勝ち上がろうとするとそうなるからね。楓斗と早苗が1回戦で潰しあってくれればベストだけど」
「早苗相手じゃ俺もボコられるだけだぞ……」
デスハウンド戦で出てきた巫女装束の少女なんか特にヤバそうだし。
「あ、やべ。次の販路交渉に行かないと。じゃあ楓斗、またな」
「お、おう」
涼夜は大慌てで走って行った。急に1人残されて、馬車が走る音や人々の喧騒だけが場に流れる。
「……とりあえず、帰るか」
そして、帰路につくのだった。




