第二十六話 詮索
無数の建物が立ち並ぶ城塞都市フランクアルトには、終日日陰の狭い路地が無限大に広がっている。幼子が迷い込んだり、ギャングが住まうなど日常茶飯事である。評議会も手を焼いており、路地とのイタチごっこが続いていた。
そんな路地の中を、1人の男が走っていた。行き先など無い。狭い路地を右へ左へ縦横無尽に逃げ回る。とにかく追い付かれないことに必死だった。
「な、なんで……なんで、見られてるんだっ……!」
足の速さにはそれなりに自信があったし、少なくとも追っ手より早く走っている筈だ。なのにずっと見られている感覚が消えない。その眼差しが自分に向けられ続けている。分かっているぞ、とでも言う様に。
「ちくしょう……まだ死にたくねぇよ!」
……少し速度に遅れが出てきた。
「……まず……い……!」
やがて男は袋小路に詰まってしまった。周りは5、6階立ての建物があり登ったりも難しそうである。大慌てで来た道を振り返ると、自分を追ってきた人物がいることに気づいた。
「うわあああああ!」
男は大声をあげてその場に座り込む。腰が抜けてしまったようだった。人影は鞘から日本刀を抜くと、ゆっくりと男の元へ歩いてくる。男は必死に逃げようとするが、恐怖で体が思うように動かない。
「観念しろ、時間の無駄だ」
赤い鬼の仮面を被った巫女装束の人物…モミジは冷たく男に言い放った。男は恐怖に支配されており、返答する余裕もなくただ逃げようとするだけだった。
グサッ
「あ、ああああああ痛えええええ!」
モミジが近づいて男の右足を斬りつけると、男は雄叫び声を上げる。いよいよ男は動けなくなってしまった。モミジは男の髪の毛を握ると、そのままヒョイと持ち上げて正面から相対する。鬼のお面を間近に見せられた男は、痛みも忘れて言葉を失っている。
「……間違いない、ザグタス・サイファーだな。貴様のことは神様が熱心に探していてな」
「た、たす、助け、て」
「案ずるな、殺しはしない。まあ……死んだ方がマシだったかもしれないが」
その時だった。路地の建物の上から何者かが乱入する。モミジは咄嗟にザグタスを放り投げて、侵入者に臨戦態勢を取る。だが、降りてきた侵入者は煙玉を出して、周囲一体を煙幕で囲った。
「やはり……仲間がいるのか」
モミジは周囲の音に警戒しながら体制を整えていたが、視界が良好になる頃には周りには誰もいなかった。標的を逃したことに軽く舌打ちをしたが、日本刀をゆっくりと鞘に納めて鬼の仮面を外したのだった。
「早苗様ごめんなさい、しくじりました」
「あーうん、大丈夫だからそんなに落ち込まないでネ。モミジチャンで無理なら、他の人ならもっと無理だろうしネ……」
報告内容に落ち込みポロポロと涙するモミジに、早苗はテーブル上の事務作業を止めて労いの言葉で励ます。こちらに無礼だからと報告する時は必ず素の状態で来るのだが……成功しても失敗してもこの調子なので、早苗は毎回優しく声を掛ける必要があった。
「それに、収穫はあったんでショ?やっぱりザグタスクンも首輪あったんだネ」
「はい、それは間違いありません。この目で確かに確認しました」
モミジがザグタスを持ち上げたのは勿論顔を確認する為でもあるが、それ以上に首輪を確認する為だった。
「これで3人目カ。まあ、おおよそ検討はついてきたカナ?」
やはり、裏で暗躍する人物がいる。そう確信した早苗はテーブルに散らばる無数の紙を見て、情報の吟味を始めるのだった。
この世界にも四季はあるらしく、太陽が煌々と照りつけ蒸し暑い。そんな中、楓斗はアレスとラミアを連れて都市北部の運動公園に来ていた。沢山の遊具を前に興奮して遊ぶ2人を眺めながら、ベンチに腰掛ける。
カトレアには付いてきてもらっていない。2割にしてもなおデスハウンド討伐の報酬額はとんでもなく、その状態でギルドの施設を空にするのはあまりに綱渡りすぎるので、ガロンと共に留守番してもらっている。
「タッチー! お兄ちゃんの負けー!」
「ラミア強すぎるよー、ちょっと手加減してー」
……どうやら2人は鬼ごっこをしていたらしい。ここにきてから1時間ぐらい経つが、バテる様子の無い2人に感心させられる。
「隣、失礼するね」
突如、ベンチの隣に誰かが座った。
「何しに来たスケベ妄想野郎。報告なら済ませたぞ」
「……あれ、楓斗君以外と根に持つタイプなんだ。わーん、私悲しいな」
隣に座る胡桃は泣く様な仕草を見せるが、1ミリも泣いてないのは明らかだ。
「で、何の要件だ」
「もう君の周りイレギュラー塗れなんだよね」
相変わらずどストレートに言いたい事を言ってくる。こんなんで評議会纏められてるのか疑問だ。
「デスハウンドが出たし、しかも討伐したって何? 幾ら早苗向かわせたとは言え、普通ならその前に全滅してるところだよ? 死者ゼロ、討伐も成功、何してくれてるのかな?」
「何するも何も、生き残ろうとしただけだ」
「生き残るだけなら第二層の初心者達囮にするでしょ。わざわざ闘った理由は?」
一瞬、睨み合いになる。
「……そんな非人道的な選択肢が取れるか。ここで抑えるしか無いと思ったんだよ」
「それは結果的に楓斗君達が生き残ったから言える事だよ。楓斗君達がやられて、第二層も襲われてが最悪のパターンなんだからね」
「……何が言いたい」
「自分達の価値を自覚して欲しいなって。今回の一件で楓斗君達のギルド順位第4位に修正したから」
「……」
「自覚無いんだろうけど、楓斗君にカトレアちゃん、それにあそこにいる子達にシュトレーベの末裔。あまりにも、あまりにも洗練された戦闘集団なんだから失う訳にはいかないのよ」
胡桃が立ち上がり、顔をこっちに寄せてくる。その瞳は心配と打算が入り混じっていた。
「評価に値すると見られたのは嬉しいが、だからってお前に指図される言われは無い。俺は俺なりの考えで動く」
「ふふ、だよねー」
胡桃はにんまりと笑顔になった。それなりに整った顔で至近距離だからか、少しドキッとする。胡桃はベンチに座り直した。
「そんな気はしてたんだ、楓斗君達は。まあ私達の依頼さえこなしてくれれば文句は言わないから」
「……この間イレギュラーの原因かみたいな尋問してきた癖に今更何を」
「ああ、あれならほぼ君達じゃないって証拠集まったから大丈夫だよ」
ガタン。
楓斗は思わず立ち上がり、胡桃を至近距離からマジマジと見つめる。胡桃は少しだけ驚いていたが、やがてふふふと笑い始めた。
「……何を掴んだ」
「それは流石にまだ教えられないけど……まあ兎に角、楓斗君達への疑惑の目は無くなったよ」
「そう……か」
ベンチに座り直す。取り敢えず安堵した。
「じゃあ、私は失礼するね。兎に角、無理はしないでねお願いだから」
胡桃は立ち上がりスタスタと歩いて行くが、立ち止まりこちらを振り向いてきた。
「あ、そうそう。武闘大会には参加してよねー!」
それだけ言うとまた歩いて行った。楓斗は
「……あれは評議会としての依頼なのか?」
と考える羽目になった。




