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第7回:【急募】超優秀な兵糧係。若き曹操のスカウト

 劉大発(りゅうたいはつ)に「十日で結果を出さねば首を刎ねる」と脅され、役所の裏にある荒れ果てた庭園を託されることになったみのりとたくみ。

 しかし、中身が五十代のベテラン夫婦であるふたりに、悲壮感はまったくなかった。


「たくみ、こっちの土に混ぜる堆肥(たいひ)の仕込みは終わった?」


「バッチリだよ、みのり。馬糞と藁(わら)の比率は、張大(ちょうだい) の集落でやった時と同じだ。地中の温度は現代の温床並みに上がってる。現地の野生の菜っ葉の根をこっちの土壌に植え替えたから、あとは即席マルチを被せるだけだ」


「よし、じゃあ、お昼ごはんにしましょう!」


 ふたりは劉大発から支給された材料を前に、厨房の土間で腕をまくった。

 配給されたのは、パサパサに乾燥して誰もがそのまま煮て不味そうに貪っている粟(あわ)と、わずかな塩気のある泥のような大豆の発酵調味料「醤(ジャン)」。そして役人たちが「こんな硬くて生臭い部位は食えん」と捨てさせた、野生のイノシシのあばら骨の端肉(クズ肉)だけだった。冷害の不作もあって、屋敷の者たちはただの生臭い醤煮の汁物ばかりを食べていたのだ。

 だが、みのりの五十年の主婦としての料理の引き出しが、ここで爆発する。


「たくみ、役所の生け垣の隅に自生してる山椒(サンショウ)と、野原にある野蒜(ノビル)を引っこ抜いてきて! あと、たくみがさっき裏山で見つけた、野生の蟻(アリ)の卵の巣も少し混ぜるわよ!」


 みのりは厨房の大きな土鍋を借りると、まずイノシシの骨とクズ肉をじっくりと時間をかけて煮込み、濃厚どぶ濁りの骨スープを抽出した。そこに、アク抜きした野生の葛(くず)の粉を絶妙な加減で混ぜて熱々のとろみをつけ、醤の塩気と、蟻の卵が持つ独特の濃厚な旨味をベースにする。さらに、すり潰した野蒜のガツンとした風味と山椒のピリッとした辛みを加える。最後に、庭園の間引き仕事で出たアブラナ科の菜っ葉の硬い下葉を細かく刻んで放り込み、パサパサだった粟をその濃厚なスープで炊き上げたのだ。

 出来上がったのは、冷害の寒さを一瞬で吹き飛ばす、スタミナ抜群の「猪骨と野蒜の熱々クズ雑炊」だった。


「な、なんだこの、部屋中に漂う官能的な匂いは……!?」


 匂いにつられて厨房を覗きにきた劉大発と、その配下のゴロツキたちが、ゴクリと生唾を飲み込んだ。彼らが普段食べている、生臭くて冷たい汁物とは次元が違う、濃厚でスパイシーな香りが鼻腔を強烈にくすぐる。


「はい、劉大発さんもゴロツキのあんたたちも、お腹が空いてるでしょう。温かいうちに食べなさい!」


 みのりが笑顔で器を差し出す。劉大発は躊躇しつつも、胃袋の誘惑に負けて一口すすった。


「――っ!? う、美味い、美味すぎる……!」


 劉大発の目が、驚愕で見開かれた。濃厚な肉の旨味と、野蒜の豊かな風味、それから山椒の刺激が、寒冷化で凍えていた五臓六腑を内側からカッと熱くしていく。


「身体が、芯からポカポカと温まっていく……。こんな美味、これまでの人生で食したことがないぞ!」


「美味いニャ! みのりの料理は世界一ニャ!」と、みのりの膝の上できなこが我が物顔で鳴いた。


 食の力は凄まじかった。これ以降、屋敷のゴロツキたちはみのりのおいしいご飯に完全に胃袋を掴まれ、「みのり姐さん! 次の堆肥、どこから運べばいいっすか!?」と、喜んでふたりの手足となって働くようになったのだ。荒んでいた人間たちが、温かいグルメの力で自然と協力者に変わっていく。


 そして十日後。

 みのりの温床農業により、劉大発の死にかけていた庭園には、青々と見事な冬菜が実った。さらに、たくみの「この不作の時期は、中央へ無理に穀物を納めるより、庭園の蘇生実績を木簡に記録して、天災への緊急適応の最中であると言い訳を呟いたらどうですか?」という地政学的なアドバイスによって、劉大発は中央政府への税の帳尻を合わせ、自らの破滅を免れることに成功した。


「ははあ……! 疑って悪かった、あんたたちは本物の神童だ……!」


 劉大発はふたりの前に平伏し、約束通り、不吉の妖獣とされていた黒猫の「玄(げん)」を差し出した。みのりが玄の足元の赤黒い鎖に触れると、パキィン! と鎖が弾け飛んだ。玄は毛並みを揺らし、たくみとみのりを見上げて言った。


『助かったぞ、たくみ、みのり。ボクを縛るお天気ストレスを消してくれたな。これからはボクの知恵をお前たちに貸すことにしよう』


 だが、悪代官をも胃袋と知略で動かし、冷害を跳ね返した少年少女が北にいるという噂は、口コミで周辺に広がり、ついにこの地方へ黄巾討伐の命令を受けて赴いていた、とある騎都尉(きとい)の耳へと届いてしまった。


 次の朝、劉大発の屋敷の門前に、数騎の馬を連れた、ひときわ鋭い眼光の若き武官が姿を現した。

 劉大発が慌てて平伏し、「こ、これは頓丘(んきゅう)の令を勤められ、いまは騎都尉であられる、曹(そう)家の……!」と男の掲げる軍旗を見ながら声を震わせた。


 その名と、男が自ら「曹操、字(あざな)は孟徳である。天候の巡りを読み、凍土から糧食を生み出す神童に会いに来た」と冷徹に名乗った瞬間、たくみは脳内で激しい衝撃を受け、絶叫した。


(うわあああ! 本物だ! 20代の、まだ歴史の表舞台にのし上がる前の、若き日のあの曹操だ……!!)


 不敵に笑う曹操。有名人を避けて静かにスローライフを送りたかった夫婦だったが、ふたりの農業と食の奇跡は、ついに三国志の主役を引き寄せてしまった。

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