第6回:黒猫の玄(げん)救出と、豪族の天罰
「おい、ガキども! 逆らわずにおとなしく役所までついて来い!」
武器を振り回すゴロツキたちの怒号が響き、集落は一触即発の緊迫感に包まれた。張大たちが錆びた農具を握り直して前に出ようとしたが、たくみはそれを手で制した。
「みんな、手出しはしないでくれ。僕たちは大人しく従う」
ここで無謀な抵抗をして、自分たちを信じてくれた農民たちを巻き添えにするわけにはいかない。みのりもまた、クワをそっと地面に置き、肩の上のきなこを落ち着かせるように優しく撫でた。
「みのり様、たくみ様! すまねえ、あの奥にいる小役人の劉大発って豪族の仕業だ!」
連行されていくふたりの背中に向かって、張大が悔しそうに叫んだ。
ふたりはゴロツキたちに乱暴に背中を押されながら、泥小屋の並ぶ境界の村で一際目立つ、頑丈な木と土壁でできた劉大発の簡素な屋敷へと連行された。
薄暗い役所を兼ねた広間に押し通されると、そこには寒冷化の冷気に身を震わせ、何枚も分厚い麻布を重ね着した劉大発が、不景気そうに座っていた。
「ふん、民を惑わす神童とやらの正体が、こんな小汚いガキどもだったとはな」
劉大発はふたりを見下し、冷酷に言い放った。
「お前たちが北の集落で行った妖術の『秘密』をすべて口隠さず吐き出せ。さもなくば、この場で命はないと思え」
文字の読み書きができる者が限られたこの時代、役人はふたりに書かせるのではなく、口頭で白状させようと鋭い目を向けた。
たくみは怯えるふりをしながらも、歴史オタクとしての視線で劉大発の様子や、机の上に乱雑に積まれた不揃いな木簡の山を鋭く観察していた。
(……おかしいな。あれだけ農民から容赦なく食料を絞り上げている割には、役人自身の顔色も悪い。中央政府から求められる定額の税が、この長引く不作のせいで完全に劉大発の許容量を超えているんだ。こいつ自身も、中央から処刑される恐怖で破滅寸前なんだな)
その時、広間の隅から『フシューッ!』という、低く鋭い動物の威嚇音が響いた。
みのりが驚いて目を向けると、そこには竹を編んだ頑丈な檻が置かれていた。中に閉じ込められていたのは、ツヤツヤとした美しい黒猫だった。
「きなこ、あれって……!」
みのりが息を呑むと、みのりの肩にいたきなこが『玄お兄ちゃんニャ!』と脳内で叫んだ。
黒猫の玄は、劉大発によって「冷害を招いた不吉な妖獣」として捕らえられ、まもなく天への生贄として殺される寸前だったのだ。玄の足元には、きなこと同じ赤黒い環境ストレスの鎖が絡みつき、地面に強く縫い付けられていた。
みのりは意を決し、劉大発に向かって凛とした声を上げた。
「劉大発さん。あなたの言う『妖術』なんて存在しないわ。私たちはただ、長雨で『酸性』に傾いて腐った土を灰で『中和』して、藁で寒さを防いだだけ。でも、そんなことより大変なのは、あなたのそのお庭のほうじゃない?」
「な、何をわけの分からぬ呪文を唱えておる……! さんせい……ちゅうわ……!? 妖術の呪言か!?」
劉大発はみのりの口から出た現代の未知の言葉を完全に怪しげな呪文として捉え、顔を恐怖で引きつらせた。周囲のゴロツキたちも怯えたように一歩退く。
すかさず、たくみが一歩前に出て、大人の立ち回りで交渉を滑り込ませた。
「劉大発様、こうすればいいのでは? 僕たちを殺すのではなく、その死にかけたお庭の生産力を僕たちの『知恵』で蘇生させる。その代わり、その黒猫を僕たちに引き渡してほしい。僕たちの知恵が本物かどうか、あなたの庭の作物を十日で救ってみせます。これなら、あなたも中央への面目が立ち、破滅を免れるはずだ」
劉大発は激しく動揺した。ふたりを殺しても冷害は解決しないが、この奇妙なガキどもの知恵が本物なら、自分の命が助かる。
「……よかろう。十日だ。もし失敗すれば、猫もろともお前たちの首を刎ねる!」
こうして、ふたりは自分たちを殺そうとした悪代官の屋敷で、お天気と戦うための奇妙な「協業」をスタートさせることになった。みのりはさっそく、怯える役人の前で、現代の知識を用いた「あるグルメ」の仕込みを開始する。




