第5回:噂の「神童夫婦」と、地方豪族のイライラ
「おい、聞いたか? 北の果ての限界集落に、天の呪いを解く少年少女がいるらしいぞ」
「カチカチに凍った土から、一瞬で瑞々しい緑の菜っ葉を生やしたそうだ。神仙の類いに違いない……」
そんな突飛な噂が、冷害に喘ぐ周辺の村々を駆け巡るのに、さして時間はかからなかった。
高度な科学知識など存在しないこの時代、みのりの「草木灰による土壌中和」と「藁による保温マルチ」、そしてたくみが泥の奥から掘り起こさせた「葛の根のスープ」の奇跡は、尾ひれがついて完全な神話と化していた。
ふたりが身を寄せる限界集落には、いつしか飢えた流民や、生きる希望を失った近隣の農民たちが、救いを求めて次々と集まり始めていた。
「みのり様、たくみ様、どうか俺たちの畑も救ってくだせえ……!」
すっかり毒気の抜けた張大たちが、今や熱烈な信者のようにふたりの手足となって働き、みのりの主婦の知恵を周囲の畑へと広げていく。おかげで、この一帯だけは異様な活気に満ち、餓死者が一人も出ないという奇跡が起きていた。
だが、そんな庶民の熱狂を、苦々しい裏切りの目で見つめる男がいた。
この地方を治める後漢の末端役人であり、同時にその権力を利用して周辺の土地を囲い込んでいる地方豪族、劉大発である。
「……北の集落で、餓死者が消えただと?」
豪奢なはずの屋敷の奥で、劉大発は冷え切った贅沢な絹の衣服に身を包み、イライラと机を叩いていた。
この大寒冷期による連年の不作は、彼にとっても財政的な危機だった。中央政府からは容赦なく定額の税を求められるが、彼が抱える広大な土地は冷害で死に絶えている。それなのに、周囲からは飢えた流民が増え続け、屋敷の周りを取り囲むように群がっているのだ。対処に窮した劉大発が、この危機を乗り切るために選んだ手段は、人災そのものだった。すなわち、生き残っている僅かな農民層への過酷な重税と、容赦のない土地の強制接収である。
農民が飢えて絶望し、土地を投げ出して自分の奴隷になるか、のたれ死ぬか。そうして地方の富を強引に独占することこそが、彼の生存戦略だった。
それなのに、どこの馬の骨とも知れぬ妙に若い小僧どもが、勝手に飢えを救い、農民たちに生きる知恵を与えて団結させている。これでは、農民からこれ以上の富を搾り取れなくなるではないか。
「小癪な若造どもめ。天の呪いを解くだの、実りの神だの、民を惑わす妖術使いに違いあるまい。おい、あの生意気なガキどもを叩き捕らえてこい。そのやり方を吐かせ、従わねば、見せしめに首を刎ねて畑に晒せ」
劉大発の冷酷な命令により、彼が日頃からわずかな食料で飼い慣らしている、質の悪いゴロツキの集団が動き出した。手にしているのは錆びたナイフや不格好な棍棒、木製の槍などだが、法も秩序も通用しない荒くれ者たちだ。理性を失った農民よりも、明確な悪意を持って手慣れた暴力を振るうゴロツキの方が、はるかに性質が悪い。
その頃、みのりの膝の上で丸くなっていた茶白の子猫、きなこが、突然『ウニャアアア!』と鋭く鳴いて、みのりの肩へと駆け上がった。
きなこの前脚を縛る光の鎖が、禍々しく赤黒い光を放って締め付けを強める。
「きなこ、どうしたの!?」
みのりが驚いて抱き上げようとした瞬間、集落の入り口から、張大の悲鳴が響き渡った。
「みのり様! たくみ様! 大変だ、豪族に飼われてるゴロツキどもが、武器を振り回してこっちへ向かってくる!!」




