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第3回:西暦184年、蒼天が死んだ凍土

「ヒャッハー! 肥えた若造どもだ! 衣服も食い物もすべて置いていけぇ!」


 乾いた地鳴りのような怒号が、凍てつく荒野に響き渡った。


 凄まじい土煙とともに私たちを包囲したのは、頭に黄色い布をボロ切れのように巻きつけた、異様な男たちの群れだった。


 その姿が視界に飛び込んできた瞬間、みのりの全身の毛穴という毛穴が恐怖で一気に開き、血の気が引いた。男たちの目は一様に血走り、頬は飢えで異様なほどにコケ、剥き出しになった歯茎からどす黒い唾液が垂れている。それは映画や漫画で見るような格好いい「反乱軍」などでは断じてなかった。ただ、飢餓によって人間としての理性を完全に失い、目の前の肉を貪ろうと迫り来る、獣そのものの狂気の集団だった。


 彼らが手にするのは、実戦用の鋭い刀剣ではない。赤錆がこびりついた不格好な鍬(くわ)や、先端を不揃いに削っただけの、今にも折れそうな竹槍だ。しかし、そのお粗末な凶器を握る手は、生きるための執念と殺意で激しく震えていた。


「ひぃっ、た、たくみどうにかして……!」


 みのりは恐怖のあまり声が裏返り、隣に立つ少年の腕にしがみついた。その肌の感触も、私の記憶にある50代の夫のそれではなく、18歳前後の瑞々しくも細い少年の腕だった。


「み、みのり、落ち着け……いや、落ち着けるわけないだろこれ、本物だ、本物の暴動だ……!」


 たくみはガタガタと歯の根を鳴らし、今にも膝から崩れ落ちそうになりながら、かろうじてみのりの前に身体を滑り込ませた。現代ののどかな田舎で「歴史が好きだ」と本や映画をのんびり眺めていた時のおじさんの知識など、目の前で獣のように唸りを上げる「本物の狂気」の前には何の役にも立たなかった。男たちの放つ、何日も風呂に入っていない饐(すえた体臭と、焦げた土の匂いが混ざり合った異臭が、容赦なく私たちの鼻腔を突き刺し、現実の恐怖を突きつけてくる。


 先頭に立つ、一際体格の良い剥き出しの肉体を持った大男が、濁った目でみのりたちを睨みつけ、錆びた鍬を大きく振り上げた。


「片田舎の若造が……! 穀物はどこだ! 隠しているんだろう! 出さねば叩き殺して肉を貪るぞ!」


 その瞬間、みのりの肩に必死に爪を立ててしがみついていた茶白の子猫、きなこが『危ないニャ! 殺されるニャー!』と脳内で悲鳴を上げた。


きなこの小さな前脚を縛る光の鎖が、激しく火花を散らしている。この世界を覆う最悪のお天気ストレスが、目の前の男たちを限界まで狂わせているのだ。


 振り下ろされる、重い鉄の塊。

 頭が真っ白になり、心臓が口から飛び出しそうなほどの極限状態の中で、みのりの網膜に異様な解像度で飛び込んできたのは、その大男が振り上げた「鍬の刃」だった。


(なにあれ……土がべっとりついたままじゃない)


 その瞬間、恐怖が限界を超えて脳の回路が奇妙なバグを起こしたのか、みのりの「主婦としての、そしてベランダ菜園のプロとしての意地」が、あり得ない角度から爆発した。


「ちょっとあんた! 鍬の使い方が全然なってないわよ! そんな手入れの届いてない道具で土が耕せるわけないでしょうがぁ!」


「……は?」


 凍てつく荒野に、15歳の少女のみずみずしい、けれど凄ましじいドスの効いた怒声が響き渡った。


 あまりの怒気と想定外の反応に、大男の鍬がみのりの頭上わずか数十センチのところでピタリと止まった。周囲を囲む飢えた男たちも、あまりの狂気(?)に呆気に取られ、動きを硬直させている。


 みのりは男が呆然と緩めた手から、強引にその重い鍬をひったくった。身体は15歳のはずなのに、なぜか不思議な力が漲っている。そのまま、足元のカサカサに乾いた寒冷土壌に、渾身の力で鍬を突き立てた。


「いい!? 今は夏のハズでしょう! なんで土の表面がこんなに冷たくてカチカチなのよ! 長雨のせいで地中の水分がよどんじゃって、土壌が完全に酸性に傾いて苗が根腐れを起こしかけてるじゃない! だから不作になるのよ、この大馬鹿者!」


 都会のマンションの、日照不足でコンクリートの照り返しがキツいベランダという悪条件の中で、何度もトマトや小松菜を病気から救ってきたみのりのリアルな知恵。


「怯えて殺されるくらいなら、こいつらの頭を現代の農業知識で怒鳴りつけてやる!」


 みのりは泥まみれになりながら、飢えた暴徒たちを「畑の基礎すら分かっていない最低の初心者」として扱い、猛然と、必死の説教を始めた。

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