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第14回:二元政治の構造ハック

 大掘割(おおほりわり)の湿地から採れた野生のセリと野草を、貴重な米とともに炊き上げた特製のお粥(かゆ)。みのりから差し出された温かい土器を、10代半ばの少女――のちの女王である卑弥呼(ひみこ)は、かじかんだ手で震えながら受け取った。


 一口、また一口と、お粥を口に運ぶ。冷害の泥水に負けず自生していたセリの爽やかな苦味と、お米の優しい甘みが、冷え切っていた彼女の身体にじわじわと染み渡っていく。張り詰めていた少女の目から、堰(せき)を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。


「おいしい……。お腹が、あったかい……」


 周囲で囲い込みの機を伺っていた周辺の長(おさ)たちは、その様子に息を呑んだ。天の声を聴く孤独な神子(みこ)が、ただの野草のお粥でここまで素直に心を許すなど、想定外だったからである。


 お粥を食べて少しだけ落ち着きを取り戻した卑弥呼を見つめながら、18歳の少年として佇むたくみの脳内ハードディスクは、彼女が抱える環境ストレスへの恐怖の構造を完全に弾き出していた。


(彼女は一人で責任を背負い込みすぎているんだ。弥生時代のこの寒冷期では、天候不順による不作の責任はすべて神の代弁者である神子に向かう。このまま単独のカリスマとして君臨すれば、いずれお天気がさらに悪化した時、民の不満の矛先となって破滅してしまう)


 歴史オタクとしての知識が警告を鳴らす。たくみは、卑弥呼の隣で甲斐甲斐しくお粥の器を片付けているみのりと視線を合わせ、小さく頷いた。今ここで彼女をハックし、失敗のリスクを分散する仕組みを提案しなければ、この列島の内戦は終わらない。


 たくみは静かに卑弥呼の前へ進み出ると、周囲の長たちにも聞こえるよう、明瞭な声で語りかけた。


「卑弥呼さん。天の声が聴こえないからって、自分を責める必要は全くありませんよ。お天気のリスクを、たった一人の女の子が全部抱え込むなんて、そもそも社会の構造として間違っているんです」


「社会の、こうぞう……?」


 卑弥呼は涙を拭い、不思議そうにたくみを見上げた。たくみは地面の泥に、再び木の枝で一本の大きな線を引いた。


「天候による不作の責めを減らすために、これからは役割を二つに分けましょう。卑弥呼さんは、これまで通り『天の声を聴く、みんなの心の拠り所』の役割に専念すればいい。高度な祭祀(さいし)だけを行うんです。そして、実際の村の泥土作業や、大掘割の管理、他国との交渉といった『まつりごと(実務)』は、卑弥呼さんの信頼できる――たとえば、あなたの弟さんのような男性にすべて任せてしまうんです」


 たくみが提案したのは、のちに中国の史書『魏志倭人伝』にも記述されることになる、女王卑弥呼が「男弟(だんてい)ありて国を治めるを助く」という、日本古代の二元政治の構造ハックであった。


「役割を二つに分ければ、もし実務で失敗しても、それは弟さんの責任になります。卑弥呼さんの神聖さは傷つかないし、弟さんも卑弥呼さんの権威を後ろ盾にして、自信を持って実務に集中できる。お姉ちゃんが神託を行い、弟が実務をこなす。この二つの車輪で国を動かせば、天候不順のストレスに国全体が振り回されることはなくなります」


 その鮮やかな呟きは、卑弥呼の心を縛っていた重い鎖を、根本から木っ端微塵に打ち砕いた。


「私が……全部を決めなくて、いいの……? 姉上と一緒に、負担を分け合えば……」


 卑弥呼の瞳に、初めて絶望ではない、未来への希望の光が宿った。


 その瞬間、みのりの足元で丸くなっていた茶白子猫のきなこが「それが一番良いニャ! 二人でやれば百人力ニャ!」と誇らしげに鳴き、黒猫の玄もまた「ふん、仕組みによる負担の分散だな。これであの過酷な神託とやらに怯える必要もなかろうな」と満足げに尻尾を振った。


 卑弥呼の背後の影から、姉を心配して遠巻きに様子を見ていた彼女の弟が、雷に打たれたような顔で飛び出してきた。彼はたくみの前に進み出ると、震える声で叫んだ。


「そなたの知恵……この胸に深く刺さりました! 私は、姉上を孤独な恐怖から救うためなら、どんな泥仕事でも、実務の責任でも背負う覚悟がございます!」


 姉弟の強い絆が、たくみの現代の知恵によって一つの統治システムへと昇華された瞬間であった。これには、二人を囲い込もうと青銅の剣を構えていた周辺の長たちも、完全に圧倒されて声を失うしかなかった。


「あらあら、良い弟さんじゃないの。じゃあ決まりね。お姉ちゃんを助けて、しっかり畑と水路を整備するのよ」


 みのりはいつもの母親の調子で弟の背中をポンと叩くと、すでに次の「冷害に負けない、藁や馬糞を使った温床インフラ」のレクチャーへと意識を向け始めていた。


 お天気バラエティの知恵によって、孤独な神子はついに救われ、邪馬台国連合は内戦の危機を脱して、新たなる安定の時代へと地続きの答えを見出し始めるのだった。

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