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依頼① > 廃校 > 遺品 ⇒②

依頼人:佐藤由美

依頼内容:娘が使用していたクラリネットの回収

回収対象:クラリネット

対象特徴:“佐藤梨穂”の刻印

募集人数:6人

募集要項:過去、辿陽高等学校に在籍したことがあり、それを証明することができる者

報酬:340万円

(PM:17時50分)

 いくばくもなく、6人は辿陽高等学校廃校舎の門を潜り抜ける。見方によっては、登校とも言えるその光景には、どこか不思議さを感じずにはいられない。

 また、そこに広がる廃校舎もそうだ。千風(ちかぜ)や望結(ゆみ)が、この高校に通っていた時と何も変わっていない。植物こそ校庭や通路を侵食していたが、校舎本体には目立った変化が見られない。まさに、年に数回、清掃されていたかの如き白い壁を体現しているようだ。


 千風(ちかぜ)は、この明確な違和感をあえて頭から切り離す。また、素直に受け入れていた。この世には人間の理解の範疇を超越するものが存在するのだと、先のメールや、音質の悪い男の声を放つドローンなどから学んだからだ。一方、これは自分の脳を、多大な情報量から守るためでもあった。

 しかし、千風(ちかぜ)はそのようなことよりも、依頼開始の合図が出されて以降、背中に引っ付いて隠れている望結(ゆみ)が気になって仕方なかった。

 何があるのか分からない恐怖か、はたまた全くの他人と共に行動する緊張なのか。千風(ちかぜ)の経験則からして、その両方が該当するのだろうが、割合は4対6と言ったところだろう。


 また、他4人もまた、何も話そうとしない。ただただ校舎を遠くから見つめるばかりであり、積極的に行動する者はいない。

 当初、5人を率いていたギルも、何も話そうとしない。

 このままでは時間が過ぎていくばかりであり、早くこの空気を破らなければと千風(ちかぜ)は考える。普段は前に出ようと考えないが、こればかりは前に出なければならないと考える。


 しかし、「……1つ、忠告させていただきたい」という声が、千風(ちかぜ)よりも早く、沈黙を切り捨てた。

 声の主は、結乃(ゆの)。彼女は振り向くことなく、また隠す気もなく「まず、前提として私はこの系列の依頼に、過去3回ほど参加している」と、重要なことを当たり前のように言う。

 そのまま彼女は続ける。

 「そして、経験則からするならば、約30分後以降は命の保証ができないと考えてくれていい」


 “命の保証ができない”と、彼女ははっきりと断定する。無論、その言葉により周囲は凍りついてしまう。まるで、ゲームで言う状態異常にでもなってしまったかのようだ。

 結乃(ゆの)はそれを見かねたのだろう。「続きは歩きながら話すから、今は外の探索を行おう」と言った。

 その言葉に反論する者は誰もおらず、タイムリミットとの戦いが始まった。


(PM:17時55分)

 かつて舗装されていた道であったものの上を歩きながら、結乃(ゆの)は続けた。

 「私は、この系列の依頼に、過去3回ほど参加している。だから、そこそこ法則性は把握しているんだ」

 またも、彼女は平然とそう言い切る。この時には、もう誰も事情について考えようとはしなかった。考えたところで頭がパンクするからである。


 「……それと命の保証ができない関係性はどこに?」と、青人(じょうと)が問う。それに対しても、結乃(ゆの)は隠す気もなく言った。

 「経験上、最初の30分はチュートリアルみたいなものだ。ある程度、周囲を探索できるように作られている。まあ、参加者が最初から全滅したら本末転倒だからな」

 「待ってください。それってどういう……」

 「単刀直入に言う。私たちが踏み入れているこの空間には、どこかに殺人鬼が潜んでいる」


 その言葉に、全員が瞳を細める。衝撃と恐怖が、5人の心臓を鷲掴みにした。その一方、足は自然と歩みを進めていた。

 結乃(ゆの)は、はじめからそうなることを理解していたかのように「無理もない」と言う。続けてこう言った。

 「私たちの目的は、依頼人の要求を満たすことに変わりない。だが、よく考えてみてほしい。廃校に忍び込むくらいで340万円もの報酬が出るなんておかしくないか?」

 「それはそうですが……」

 「それに加え、私たちの動きは常に監視されている。さっきのドローンもそうだが、ありとあらゆる場所に監視カメラが仕掛けられている。おそらく、依頼人との仲介を担っている存在が、私たちを監視している」


 結乃(ゆの)の言葉を聞き、5人は周囲を見渡した。よく見ると、外壁に一定の間隔で監視カメラが取り付けられているのを発見する。

 最後の卒業生である千風(ちかぜ)や望結(ゆの)がここに在籍していたときですら、それらは存在していなかった。ゆえに、結乃(ゆの)の言葉の現実性を、5人は受け入れるしかなかった。

 「……私はこれまでに、3回ほど依頼に参加したと言った。そこで知り合った参加者の内、生き残ったのは私ともう1人しか存在しない。3人生きていれば万々歳だ」

 「……ちなみに、当時の参加者の数は?」

 「1回目、3回目が8人。2回目が12人だ」


 青人(じょうと)は、軽々しく聞いたことを後悔するかのごとく、苦悶の表情をその顔に宿す。無論、それは本人だけでなく、聞いている他の4人も同じであった。

 望結(ゆみ)の手に入る力が強くなる。千風(ちかぜ)の肩に、頬をつねられたときよりも僅かに強い痛みが走った。そして一言、「16分の1……」と、言葉を零した。

 その言葉に、「そうだ」と、結乃(ゆの)が返す。彼女は続けて言った。

 「最も、あくまでも客観的な確率に過ぎない。そこは殺人鬼の強さやプレイヤースキル、地形によるアドバンテージにも左右される。今回は廃校だと言うこともあるから、“角待ち”と“逃走経路”に気をつければ問題はないと見た。障害物も多いだろうから、最悪の場合、ロッカーに隠れてやり過ごす手もある」


 結乃(ゆの)の迷わない説明と判断力に、千風(ちかぜ)は唖然とするしかなかった。この依頼を熟してきたベテランとはこのようなものなのかと、思い知らされたような気がしてならない。 

 「千風(ちかぜ)……で合ってるか?」

 「え、は、はい!?」

 結乃(ゆの)の突然の呼びかけに、千風(ちかぜ)は面食らった表情と共に声が裏返る。それを聞いた結乃(ゆの)は呆れ顔で「そんなのじゃ、この先やっていけないぞ」と言う。

 彼女はそのまま続けて言う。

 「先に断言しておく。他人の命なんて考えるな。そんなことに気を配っていては、死者に足元をすわれるぞ」


(PM:18時05分)

 「……つうか、どうして結乃(ゆの)はそこまで焦ってるわけ?」

 突如、今まで黙りきったままの紗希(さき)が声を上げた。その瞳は、とても鋭利なナイフのように研ぎ澄まされている。

 「焦っているとは?」

 「なんか言葉遣い荒いなって思ったから」

 「なぜ、そこから焦りに結びつくのだ?」

 「長い目で見れば、そういう人は大体焦ってることが多いってだけだよ」

 「…………」


 返ってきたのは、長い沈黙だった。歩みは留めない。だから、一切の音が無くなったというわけではない。

 しかし、結乃(ゆの)は少しの後に言った。

 「どうにも、こんな気がしてならないのだ。ここが、私の死に場所になるのではないかと」

 「……それはどうして?」

 「今までが上手くいきすぎたんだ。だから、私ごときではもはや生き続けられないと思ってな」

 「じゃあ、どうしてこんな危険な依頼を何回も?」

 「とにかく金が必要なんだ」

 「何のために?」

 紗希(さき)の言葉に迷いが生まれる。それでも、結乃(ゆの)は平然を装いつつ「……植物状態の両親を、目覚めさせたいだけだ」と、言う。

 そこから彼女は少し間を置いて、「夢を諦めざる得なかった娘なりの恩返しだよ」と、小さく言った。


 それ以上、結乃(ゆの)に何も聞かなかった。分かりきったことだ。これ以上、彼女の領域に踏み込むべきではないと。

 4人もそれぞれ事情を抱えている。無論、そこには知られたくない内容も多く蔓延っている。その不可侵の領域の境界を、4人は諒解したのだ。


(PM:18時22分)

ついに、依頼の品が校舎外で見つかることはなかった。元より広い敷地であるため、結乃(ゆの)の言う“チュートリアル”の時間をほとんど消費してしまった。

 結乃(ゆの)は理解していた。この懐かしく恐ろしい校舎こそ、殺人鬼が棲み着いている巣窟なのだと。

 4人は察した。校舎に一歩でも踏み入れば、ここに戻ってこれる確証が無いのだと。


 決して誰も「行こう」などとは言わない。代わりにそれぞれが瞳を合わせ、縦に頷くだけであった。

 そしてすぐに、結乃を先頭に挑戦者は歩みを進める。死神が手招きするのを見た上で、その手招きに乗ったのだ

 もはや、黒い鎖鎌は挑戦者の喉元に鋭利で恐ろしくも、どこか哀しげに刃を突き立てていた。それは、死神が死を拒絶するかのごとく、本来あり得るはずのない事象であった。

生存者:6/6人

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