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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
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1年生 その9 宰相の孫

9 宰相の孫


 大陸の暦は、7日を1週間、4週間を1か月、12カ月を1年として季節が巡る。イシュア国では、月、火、水、木、金の5日を働く日、土、日の2日を休息の日として生活のリズムを刻んでいる。そして、25年に一度、新月の真夜中に訪れる魔獣達の大発生が世代ごとの時間の大きな流れを刻んでいる。

 イシュア暦365年7月金の日第1週。

 5日目の授業後、休憩室の丸テーブルを4人の少女が囲み、昼食と談笑を楽しもうとしていた。

 1人だけ際立った美貌の女性は楽しみで仕方がない笑みで籠の中身をテーブルに手早く並べていた。セーラ以外の2人は、その存在に少し慣れていて、硬直するような事はなかったが、その美しさには慣れきっていないので、この瞬間も見惚れていた。

 金髪も青目もキラキラ光っているように見えた。女性らしい膨らみのあるプロポーションを羨ましく思うだけでなく、触れてみたいと考えてしまうのは、幼き頃の母性を求めた記憶が戻ってきたのか、魔性の美貌に女性ながら惑わされたのかは分からなかったが、レイティアに対してだけに感じる何かを2人は持っていた。

美人は数日で飽きるという言葉があるらしいが、それは美貌に惑わされ過ぎて、ときめきのような感情の発露が麻痺してしまったのではないかと、キャロットは考えていた。しばらく見つめていると、正面の美女の向こう側にある休憩室の扉が開いた。

申請する事によって使う事ができる個室に入ってきた男性が声をかける。

「レイティア。」

レイティアと呼び捨てにできる人間の数が少ないからではなく、その声色で誰が来たんか分かった美女が、セーラの友達に見せていた表情とは全く別の笑顔を見せながら振り返った。

「ロイド。」

 婚約者の名前を美しい声で奏でると、宰相の孫である男子は微笑みながら部屋の中央へと歩み寄ってきた。婚約者ではなく、その妹とその友人達に対して、騎士の礼で挨拶をした。

「お嬢様方、始めて御目にかかります。ロイド・ファロンと申します。」

 急いで立ち上がった3人は、淑女の礼と共に名乗った。

「ロイドと呼び捨てでも構わないんだが、気になるなら。先輩と呼んでくれればいい。」

「セーラは、お兄様でもお兄ちゃんでもいいわよ。」

「はい。」

 屋敷で見つめてきた姉の美しさとは全く異なる笑顔を見せている第1公女から、恋する乙女が別人になるという事実を学んでいた。姉がこんな風に笑うのか、と知る事ができたことは嬉しかった。そして、姉の恋人を兄と呼ぶ事ができる資格を得た事もセーラには喜ばしい事だった。

「呼び方は好きに呼んでもらって構わない・・・。それよりも、レイティア。」

「はい。」

「休憩室で食事をするのであれば、連絡して欲しかった。」

「あら、伝えてなかったかしら。」

「ああ、今週は一度も会ってなかったから。」

「そんなはずは・・・。」

「レイティアが、妹に夢中になるのは分かるし、私の存在を失念したのも分かるが。」

 セーラが来るまで、レイティアの生活の半分は婚約者のためとの時間を確保する事に注力されていた。1歳年下であるため同じ教室で学ぶ事ができなかった2人は、1日も欠かさず一緒に昼食をとっていた。週休2日の片方は必ずどちらかの屋敷で同じ時間を過ごす事は確定事項であり、その1日に何らかの用事が捻じ込まれた場合、捻じ込んだ人間はレイティアにもう猛烈な抗議を受けることになった。抗議を受けるのは、ほぼ宰相だけであり、公女に猛烈な抗議を受けるのは、孫に仕事の手伝いをさせている祖父の役目であった。

 それが常識になっている婚約者ロイドにとって、接触するために自分を探そうとしないレイティアは新鮮であり、そうさせている第2公女セーラの存在を気にせざるを得なかった。

「失念なんか、していません。ロイドは酷い事をいうのね。」

 拗ねた表情を見せた頼れるお姉様の様子に3人は驚くと同時に、セーラとロイドに対して向けている、妹への愛情と混釈者への愛情、それぞれの愛情の深さを確認できた。

 ロイドは同級生の平均より長身であり、レイティアの隣に立つと、そのシルエットだけはお似合いの姫と騎士のように見えた。しかし、宰相の孫として英才教育を受けてきた彼の頭脳は申し分ないが、騎士としての強さは全く持っていなかった。一般兵士と同様の事はできるが、大陸最強の公爵とその家族の強さに比べると、戦力は0に等しいと評価を受けた。だから、姫と騎士との評価は、見た目についてだけであった。

 恋する乙女が語るロイドは、美しく流れるような銀髪、エメラルドのようにキラキラと輝く瞳、優しくも凛々しい視線を持っていた。もう少しふっくらとした顔立ちだったら、さらに優しさがにじみ出るようになるのに、あのすらっとした所がそれを妨害しているの。だけど、それが凛々しさを見せてくれるから、それはそれで素敵なのだけど。と語る度に嬉しさを溢れさせる姉に、セーラは慣れ始めていた。

「酷いとかの話を置いといて、私の事もとりあえず後にして、セーラの社交界デビューの話をする機会を作ってもらわないと困るのだが。来週の土の日の夜だと分かっている?」

「もちろん、分かっています。ねえ、セーラ。」

「はい。」

「じゃあ、セーラは何色の、どんな感じのドレスを着る予定?」

「屋敷にあるドレスの中から選ぶに決まっているわ。どれも素敵よ。セーラにはどれを来てもらおうかしら。何でも似合うから、迷ってしまうわ。」

 レイティアは妹のドレスの全てを把握していて、頭の中で着せ替えを楽しんでいるのがロイドには分かるが、それではパーティーを主催する側としては困った。第2公女をお披露目するのだから、会場の全てが、赤髪赤目の少女を引き立てるために存在するのだが、その効果を上げるためには準備が必要で、主人公の装いが決まらなければ、周囲の者は動く事ができなかった。

「いや、だから、どれにするのか決まっていないって、事で、いいのかい。セーラ。」

「はい。ドレスは決まっていません。メイドさん達がそろそろ決めた方がいいと何度か話をしてくれましたけど。」

「セーラを責めているの?いくらロイドでも、理不尽な事を言うのなら、許しません。」

「誰かを責めているんじゃない。とにかく、明日、公爵邸にお伺いして、ドレスを決めてもらうから。もちろん、夜会の打ち合わせもするから。レイティア、確認しておくよ。公爵様にも、公爵夫人にも、アランとエリックにも、明日の事をきちんと伝えてくれ。」

「分かったわ。お父様にもお母様にも伝えておくわ・・・。怒ってるの?」

「怒っていないよ。ただ、セーラの大切なお披露目になるから、十分な準備をしておきたいんだ。」

「ありがとう、ロイド。」

「ありがとうございます。」

「感謝してもらえるのはありがたいのだけど。準備ができないのが現状だから。それだけは忘れないでくれ。とにかく、明日の朝にお伺いすると、くれぐれも公爵夫妻に伝えておいてくれ。セーラにも頼めるかい。」

「はい。」

「伝言ぐらい、きちんと伝えます。」

「そうは言うけど、セーラのドレスを早めに決めて欲しいとレイティアには伝えておいたけど。」

「もちろん、伝えておいたわ。だけど、どれも似合うから、迷っているだけよ。」

「うん。分かった。明日決めればいい事だから。」

絶世の美女の母娘は悪性の人間ではなかったが、世間の常識とは離れた次元を生きていた。それは世間に知られる事はほとんどないが、婚約者として公爵邸を出入りしているロイドにはよく分かっていた。他の多くの人間が考えなければならない事を考えずに済む2人が、世間からずれた思考を持つのは当然であり、配慮するべきは周囲の人間であると改めて思いなおした。

「リリア嬢も、キャロット嬢も、日の日にはセーラのドレスの概要を伝達するから。それと被らないように衣装の準備をしてもらいたい。」

「分かりました。」

「分かりました。」

「え、2人も参加してくれるの?」

「もちろん、2人にも招待状を送っているからね。セーラも友達が一緒で楽しみだよね。」

「はい。」

 セーラの料理を堪能した後、休憩室を延長で借りたロイドは、将来の嫁と妹に社交界についてのレクチャーをする事にした。

 妹の方は庶民として生きてきた常識があるため、貴族特有の知識を教えれば、それを吸収して上手に対応できるようになるとの確信はあったが、姉の方は常識を学ぶ事はできても、その上の思考体系を持っているため、一般常識を教える事がどれだけ意味を持つかは分からなかったが、自分から何かを学ぶ事を喜んでくれる婚約者の笑顔のためにも、するかしないかではなく、必要であると考えた事を教える事にした。


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