1年生 その10 準備
10 準備
イシュア国貴族の社交シーズンは、豊作祈願祭と収穫祭が終わってからのそれぞれ3ヶ月間。4月から6月と11月から1月の期間に各種パーティーが開催される。
4月、貴族の令息令嬢が学園に入学すると同時に、社交界にデビューするため、お披露目会が開かれる。5月は領主のための会合を兼ねたパーティーが行われて、領地間の貿易などの取り決めがなされる事が多い。また、成人をとなった未婚の男女の出会いの場になる事も多く、社交界での噂が飛び交う時期でもある。6月は前半シーズンの終わりになるので、消化できなかったパーティーが開催される。この時期に注目されるのは派閥関連の晩餐会で、春に新たな関係を作った絆を確認するために行われる。領地経営を主軸に生活している貴族の多くが、重要ないくつかの晩餐会に参加してから帰領する
後半戦スタートの11月は、収穫を得た貴族と物流の拠点でもある王都の商人達が交流するパーティーの他には、裕福ではない騎士爵家の子供達が大貴族や商人達の支援を受けてのお披露目会が開催される。12月は出会いを求めるためのパーティーが集中的に開催される。1月に行われる新年を祝う国王主催の宴を前に、王都を離れる事ができない貴族たちが時間を持て余すからである。1月は新年を祝う上級貴族主催のパーティーが行われて、王国内の序列を確認するパーティーが行われる。
シーズン外の7月第2週のパーティーでは、宰相派の貴族であっても欠席する者が出てくるかと推測していたが、公爵家の新たな姫君のお披露目会という事もあり、欠席の旨の返事が来る事はなかった。
大規模なパーティーを取り仕切るのは、宰相自身ではなく、その孫であるロイドであった。ロイドの父母は領地経営を指揮しているため、王都にいるのは宰相とその孫だけであり、その英邁なる孫は13歳で社交界デビューすると、表立って宰相家が取り仕切るパーティーを実施するようになっていた。
その宰相の孫は、見慣れた公爵邸で茶を飲んでいた。セーラの部屋の前に長机が置かれて、その真ん中に座っていた。両手に花とも言える美男子を左右に従えて、頼りとなる将来の弟達に一番大事な事を聞いた。
「セバスチャンが迎えに出ていなかったが。今日は何の仕事だっけ?」
「今日はお休みで、買い物するために商業区画に行くって言ってた。」
「もう出かけたのか?」
「僕は分からないけど。」
「先程、屋敷を出ていくのを見ました。何か御用でしたか。兄さん。」
「うん。用という程の事は無いんだけど。」
ロイドは1歳の時にレイティアと婚約して、4歳の頃から公爵邸に通うようになっていたため、アランもエリックも自分の可愛い弟にしか思えなかった。兄弟の方も、兄として慕っていたし、戦闘は別として様々な事を教えてもらっていたし、たくさん遊んでもらっていた。
セーラの扉が開く音が聞こえると、メイドの1人が声を3人に報告する。
「着替えが終わりました。ご入室ください。」
3人とも騎士の礼服で普段と違った凛々しさを見せていたが、報告をしたメイドが、その姿に眼福を感じる様子はなかった。お嬢様達を美しく飾り立てて、自分達の任務を果たした報告に来たのに、申し訳なさそうな表情をしていた事が、ロイドの不安をかきたてた。ただ、こういう状況の場合、金髪青目の第一公女が、悪意のない非常識行為を実行している事が多いと知っていた。覚悟を決めて、ロイドは入室した。
部屋の大きさに比しての、家具の少なさは、贅沢にあまり価値を見出さない公爵家の姫君の定番で、その光景にロイドは慣れていた。国内最上位の貴族は、一番貴族らしからぬ生活をしている事にも、もう慣れていた。慣れてはいたが、この部屋の主と母と姉の装いには、頭痛を感じた。
「ロイド、どう?」
嬉しそうに一回転して見せるレイティアに、いつもの対話に加えて、お説教が必要である事に頭を抱えそうになった。水色のワンピースもどきの庶民服に毛が生えたような簡素な衣装、ウエストの締めるためにコルセットではなく、紺色の細い帯を巻いていた。そこには手の込んだ刺繍がなされていて、金髪を一本にまとめている赤いリボンとの組み合わせが、彼女の美しさを確かに増していた。
「綺麗だよ。似合っているよ。」
もちろん、素材が最上級の美貌なのだから、この衣装に多くの者が目を奪われるであろうことには同意できたが、衣装だけを見れば、庶民の娘が収穫祭のお祭りにおめかししてでかける装いであって、貴族の衣装とは言い難かった。そして、サファイアブルーと灰青色の瞳の色だけが異なっている双子母娘の母親の装いも同じだった。基本の形状が同じで、水色が濃い青色に変わり、紺の細帯が白に変わっているだけだった。同じように腰まで伸びた金髪を赤いお揃いのリボンで1つにまとめていた。
「公爵夫人も、相変わらず美しいです。」
エリス様と呼ばずに公爵夫人と呼んだ事は、庶民の未婚の娘が着るような衣装に対しての攻撃であるのだが、それが伝わっていない事をロイドは確信していた。32歳とは思えない若々しさと美貌を持った公爵夫人は、時々見た目と同じような小娘としか思えない思考と言動を選択する事があった。特に、自身を着飾るという点においては、無頓着であると同時に、公爵夫人と言う肩書を捨ててしまったかのような選択をする事が多かった。もちろん、素体の美しさ合あるため、庶民が着るような服装であっても、美しいという評価を得る事はできるし、神々しさを感じるという者もいた。
「ありがとう。セーラはどう?とても美しいと思わない?」
エリスの問いかけにセーラの方を向くとロイドは安心できた。新たな公女が積極的に選んだかどうかは分からなかったが、貴族令嬢というに相応しいドレスを纏っていた。
庶子として侮られる可能性の高いセーラが、庶民が着るような服装でパーティーに出る事は自殺行為に等しく、その愚行を選ぶ人間がこの部屋にはいなかっただけは、良い事であると主催者は安堵していた。
「美しいです。セーラ姉さん。とても・・・。花の妖精のような、何だろう。褒める言葉がうまく出てこない。」
アランが褒めている姿にロイドは驚いた。初めて見る光景だったが、他の家族と3人のメイドの様子を伺うと、特別に驚いている様子は無かったため、これがセーラを前にしたアランの普段の行動らしかった。善悪で分ける行動ではなかったが、この場には、3人の姫君たちに小言を言えるのが、自分とエリックだけになった事を意味していた。
「美しいと思うが。3人とも。今回のパーティーには相応しくありません。エリックもそう思わないか。」
レイティアとの1対1になるのを避けるために、早々に援護射撃を要請した。
「うん。母さんも、レイティア姉さんも、それはダメだと思うよ。」
「今回は、セーラのお披露目です。2人の衣装は周り者が着ないものなので、とても目立ってしまいます。今回一番注目を集めるべきはセーラです。それに、その衣装からイメージするは、簡素な美しさです。言い方を変えれば、庶民のような簡素さを連想する者もいます。それがどういう風に見られるのかは、言わなくても分かりますね。」
血の気が引いた真っ白な表情で泣きそうな表情を見せたエリスを前にして、誰もフォローする事ができなかった。だが、誰かが指摘しなければならない事で、それをロイドがした以上、その後も誘導するのが当然だった。
「もう一度衣装を変えてもらいますが。形の次に大切なのは色です。セーラの赤い髪とお揃いの色にするためのリボンなのは分かります。セーラの黄色のドレスが、金髪の色に合わせたのは分かります。ですが、今回の主役はセーラです。セーラが最も美しくなる衣装を選び、色選びをしなければなりません。それが決まってから、レイティアと公爵夫人は、セーラの邪魔にならないように、衣装選び、色選びをするのです。いいですね。」
入場時にセーラをエスコートするのは父親である公爵で、濃い青と白を基調とした騎士礼服で、公爵としての金色の勲章も飾りとして胸に2つ付ける事になっていた。
「赤い髪と同じ赤系で、鮮やかな色のドレスがいいのだけど。エリックは、セーラが持っているドレスの色は知ってる?」
「うん。黄色より、オレンジのドレスがいいと思うよ。色が薄めで、淡い感じがあって、赤髪にとっても似あう。」
「それなら、花そのもののように美しく見えました。」
2人のサポートを受けて、良い流れを掴んだロイドは、エリスには紺色を基調としたドレス、レイティアには水色を基調としたドレスをまとうように明確に指示を出した。その上、髪を編み上げて、赤い小さな宝石の付いた髪飾りを前から見えるように付けるようにと伝えた。赤色でつながりを示したいのであれば、正面から見えるようにしないと意味が無い事もきちんと伝えた。
3人がメイドを伴ってそれぞれの部屋で着替える中、再び廊下に出た3人は先程とは違って黙ったまま思考していた。特にロイドはセーラと言う少女がこの屋敷でどのような立場を得ているのかが気になっていたが、レイティアが聞かせてくれたように、皆に愛されているという事がはっきりと分かった事は、純粋に良かったと思えた。
昨日の昼に会った快活な義妹を見た事でも、それは分かっていたが、今日は頭を悩ませる光景を見てしまった。それは、セーラが公爵夫人の前で、演技をしているかのような態度を取る事だった。そして、それは公爵夫人の方も同様で、義理の娘に対して、どのように接すればいいのかを迷っているように見えた。
セーラは姉と弟達から向けられる家族の愛情は何の抵抗もなく受け入れていたが、父と義母からの愛情を受け入れる事には抵抗があった。嫌だからと完全に拒否している訳ではなかったが、無条件で受け入れる訳でもなかった。
公爵夫妻が、ミーナという女性を通してセーラを見ていて、ミーナの存在が家族としての絆を作ってはいたが、セーラと言う少女自身が公爵夫妻と絆を作ってきた訳ではないため、親子の関係をどのようにすればいいのかが分かっていなかった。
着替えが終わったセーラのドレス姿を褒めちぎったメイドは、すぐに3人を呼び入れた。満足げな表情を見せながら、3人に褒めるように促す視線を送った。ロイドがそれに応じしようと口を開く前に、アランが絶賛の言葉を並べ始めた。
女性が喜ぶ褒め言葉大全集なる書物で読んだような言葉を立て続けに発するアランは、恥ずかしさを微塵も感じないように熱弁を奮った。最初は嬉しそうに笑顔を見せたセーラであったが、さすがに恥ずかしくなり真っ赤な顔で俯きそうになった。
「はい。そこまで、褒めるのは十分だから、ちょっと確認してみよう。一応、私が一番背が高いから、公爵様の代わりで並んでみるから、2人は何か足りない所があったら、言ってくれ。いいかい。褒め言葉はもう十分だからな。」
2人が腕を組んでエスコートしながら歩いている時に部屋に入ってきたレイティアが、婚約者の自分がいながらと抗議をしたが、セーラが申し訳なさそうに謝罪すると、すぐに収まった。
それからエリスがセーラの部屋に入ってくると、注文通りの装いをロイドはアランばりに褒めちぎった。ただ、5人に並んでもらうと、何かが足りないように感じていた。
「首飾りを付けてもらうとかがいいかな。そんなに高価で大きなものでなくていいんだ。サファイアの付いた髪飾りとか持ってないかな。青の色合いが欲しいから、お揃いでなくてもいいんだ。」
「お揃いのがあるわ。セーラとレイティアに付けてもらいましょ。」
エリスの言葉の最後に被せるようにセーラが拒絶の言葉を発した。高く透き通った声は大きくはなかったが、屋敷中に広がるような鋭さがあった。
「あれは、私のものではありません。」
先程は一瞬で表情を戻したエリスは、今までとは別人のように見える程、怯えた表情で誰もいない床をじっと見つめていた。そして、4人の子供達も何かに取りつかれたように硬直した。
「エリス様。その首飾りは、大切なもので、青い宝石は大きなものではありませんか。それであれば、今度のお披露目会では不適切です。大切な宝石を娘に譲り渡すのは、婚約が決まるか、結婚する時が相応しい。それまで、お待ちください。お揃いというのであれば、片方はレイティアが譲ってもらい、もう片方がセーラに譲られるということで。それでいいですね。」
ロイドの確認にエリスが小さく頷いた。4人の子供達の硬直は解けたが、どうすればいいのかが分からなかった。ロイドも何が正解かは分からなかったが、半分家族半分他人とも言える自分が動くしかないのは分かった。
「であれば、明日。首飾りを買いに行きましょう。公爵様も明日なら時間が取れるだろうから。皆で買いに行きましょう。娘のデビューには新しいドレスや貴金属を家族が送るのが習わしです。記念品にもなりますから。」
「私はもらってない。」
「レイティア、忘れたの。私が送ったのを。」
「え、忘れてはいないわよ。お父様とお母様からは何ももらっていないから。」
「それはレイティアが必要ないと断ったと、本人から聞いたんだが。」
室内の温度が平常に戻ろうとしていた時、扉をノックする音がした。
「セバスチャンでございます。衣装合わせで、皆様こちらにおいでになるとの事。入室してもよろしいでしょうか。」
ロイドがセーラに視線を送る。
「入って、セバス。」
「失礼します。」
ワゴンと共に何かを運んできた家令はロイドにとって救世主になった。
「それはなんだい。」
「はい。セーラお嬢様の社交界デビューに向けて、使用人一同から贈り物を献じたいと思い準備いたしました。今日、注文したものを受けとり、持参いたしました。」
「3つ、あるようだが。」
「はい。レイティア様にも奥方にも受けとってもらいたいのです。レイティア様にも、デビューの時にお贈りしようと考えたのですが、必要ないとおおせでした。ロイド様からの贈り物以外はいらないとおおせで、あの時は遅れませんでした。」
「お母様の分も?」
3人のお揃いにレイティアは嬉しさを爆発しそうになっていたが、母が受け取りを拒否する発言をさせたくなかった。
「はい。20年以上前になります。エリス様のデビューの際にも使用人一同で贈る予定でしたが、必要ないとおおせられた事がありまして。古株の私としては、悔いがありましたので、今回はぜひ受けとってもらいたい。」
「セバスチャンを筆頭に、公爵家の使用人は、主を敬愛し、主を思う立派な使用人だ。まさか、受けとらないと言うことはないと思うが。セーラ嬢、この素敵な贈り物を受けとってくれるね。来週のお披露目会で身につけてくれるね。」
「はい。」
「レイティアは?」
「もちろん受け取ります。セバス、皆もありがとう。大切にする。」
老紳士の20年前の思いを込めた優しい問いかけが、恐怖に怯えていた公爵夫人を救いだした。
「エリス様も、受けとってくださいますか?」
「はい。」
セバスが3人に首飾りを付ける姿を見つめながら、ロイドはこういう年の重ね方をしたいと考えていた。祖父のように仕事優先ではなく、大切な人に思いやりを見せる事ができる大人になりたいと強く願っていた。




